第26話:独立の決意
埼玉国の西部、山々に囲まれた秘境の“秩父地方”。
その盆地の南東、秩父市と横瀬町にまたがる段々畑のような独特すぎる異形の大山。
地域の象徴として、堂々と君臨していた。
『武甲山』
かつて日本武尊が甲冑を納めた伝説を持ち、秩父神社の神山体として古より崇められてきた。
同時に、高純度の石灰石を大量に埋蔵するこの山は、近代以降セメント会社の設立とともに絶え間なく削り出されている。
まさに地場産業の要そのものと言えよう。
その武甲山の頂に、横瀬(埼力:7500)はいた。
横瀬にとって、ここは馴染みの場所だ。
山頂から見下ろす眺望を、何よりも愛していた。
埼玉国の領土は約61%が関東平野で占められているが、ここ秩父地方のように風光明媚な山々も存在する。
横瀬は着ていた服を一枚、また一枚と脱ぎ捨てる。
瞬く間に、生まれたままの姿となった。
山の下から吹き上げてくる風が、裸の肌を撫でる。
身を切るような冷たさが、たまらなく心地良い。
そして視界いっぱいに広がる絶景。
まるで彩の大地と一つになれるようなこの開放感こそ、横瀬の求める至高そのものだった。
全裸のまま、横瀬は東の方角へ視線を向ける。
はるか遠く、帝都さいたま市のある方角だ。
埼玉国は、いつも関東平野の東側だけで動いている。
あらゆる政治や施策が勝手に進められていく。
まるでこの秩父地方など、存在しないかのように。
しかし、それ自体に横瀬は不満はなかった。
問題は苛烈な税だ。
蚊帳の外に置かれているようなここでも、税金だけは容赦なく徴収される。
それに対しては、腑に落ちなかった。
埼玉国の王が決めたことなら仕方ないと、従ってきたのだが。
いつからだろうか。
横瀬の心の中で、忠誠心が薄れ始めていた。
帝の位にいるコバトンに対しては、今なお深い敬意がある。
では現体制を統べるダ・サイタマ王に対してはどうだろう。
一応は王なのだから従わねば。
そう自分を納得させていた心が、霞んでしまった。
「横瀬~っ!」
山の下から、大声が響き渡った。
見下ろすと、荒い息を吐きながら登山道を登ってくる秩父(埼力:60000)の姿。
「これは秩父殿!? 少々お待ちを!」
全裸を思い出し、慌てて服を着ようとする横瀬。
しかし登り切った秩父は、片手を挙げてそれを制した。
「いや、そのままでいい」
「え、そうですか?」
困惑する横瀬だったが、秩父がそう言うならまあいいかと、思考を放棄した。
「いやぁ、登山はやはり良いものだな! この武甲山の頂から見る景色もまた最高だ」
「ええ、本当に」
「……で、横瀬。さっき景色を眺めながら黄昏れていたようだが、何を考えていた?」
「それは、えっと。この埼玉国の行く末について、ですかね」
その言葉を聞いた秩父の表情は、神妙な面持ちへと変わる。
「……そうか。今のこの国では、誰もが“埼玉国とは何か?”という問いを突きつけられているのかもしれんな」
場の空気が重くなった気がした。
が、秩父は思い出したように腕時計へと視線を落とし、重苦しい顔を崩す。
「腹が減ったな。ちょうどお昼時か。横瀬、昼食は持ってきているか?」
「ペットボトルのお茶と、おにぎりが2つほど」
「それではいかにも寂しいな。どれどれ~」
秩父は背負っていた登山バッグを下ろして中を漁り、なんと郷土グルメを取り出した。
「みそポテトに、わらじカツ丼だ。ほれ、横瀬にも分けてやる」
「わざわざ山頂まで持ってくるとは……さすが秩父殿」
眼下に広がる雄大な絶景を前に、秩父と横瀬は屹立した岩の頂きに並んで座る。
咀嚼する音と風の音。静かな昼食だった。
ふと、わらじカツ丼を頬張っていた秩父が箸を置き、口を開く。
「コバトン様が帝へと退かれ、ダ・サイタマ王がこの国の実権を掌握してからは、その傍若無人ぶりが目立つな。今や埼玉国の民は奴の奴隷のようだ」
全裸の横瀬は、みそポテトで頬を膨らませながら秩父の話に耳を傾ける。
「先の件は耳にしているな。鴻巣が誇るあの“免許センター”も、帝都さいたま市……いや、ダ・サイタマによって強奪された。いまや市町村の象徴たる施設でさえ、王の専横に踏みにじられるがままだ」
「そうですね。痛ましいことです」
横瀬は思った。
ダ・サイタマ王への忠誠が薄らいでいるのは自分だけではないのだと。
埼玉の三種の神器(埼器)を手中に収めているからこそ、民はダ・サイタマを王と認め、従っていた。
神話の時代から伝わるその掟も、今や崩れ去ろうとしているのかもしれない。
「横瀬よ。ダ・サイタマ王も我々も、元を正せば同じ帝であるコバトン様の臣下だとは思わんか?」
「それは確かに」
「我らは対等な臣下のはずだ。あくまでダ・サイタマは王という役職だからこそ、我々は従ってきた。たとえ暴君であっても黙って服従することが賢い生き方だと、民はそう刷り込まれてきたが……その歪みはもはや無視できぬほど膨れ上がっている」
山底からまた風が吹き上げてきた。
風が止むのを待ってから、秩父は眼に鋭い光を宿して告げた。
「わしは……この秩父地方において、国を起こしたい。帝都の支配する埼玉国から、独立を果たす!」
「な、なんと!?」
横瀬は冗談だろうという思いで視線を秩父に向けた。
秩父の表情は穏やかだったが、本気を感じさせる顔つきだった。
おもむろに秩父が立ち上がる。
「いかん。夢を語っていたら、身体が熱くなってきた」
そう言うと、秩父は着ていた服を脱ぎ捨てる。
露わになったその肉体は、まるで山々のようにゴツゴツして鍛え上げられていた。
武甲山の頂に、二人のすっぽんぽん。
「勘違いするなよ、横瀬。コバトン様は帝としてこれまで通り変わらぬ敬意でお慕い申し上げる。その上でダ・サイタマのいる帝都の支配から脱却し、わしはこの地に『秩父王国』を建国しようと考えている」
横瀬は驚愕していたが、胸の奥からじわじわと感動が押し寄せてきた。
「秩父殿。肉体のみならず、その志まで逞しい!」
秩父は力強く語り継ぐ。
「かつてこの地は知知夫国と呼ばれ、古の知知夫国造が治めていた。わしにはその血が流れている。断じて、ダ・サイタマのような暴君に成り下がるつもりはない。わしはこの地の王として、秩父地方の民を今よりも必ずや幸せにしてみせる!」
「おお!」
「その過程には、帝都やそれに従う市町村からの弾圧や攻撃というリスクも伴うだろう。それを承知の上で……仲間たちには立ち上がってもらいたい!」
「仲間とは、具体的に誰でしょうか?」
「わしと横瀬、そして小鹿野、皆野、長瀞、東秩父……この地のすべての領主たちだ! ともに決起して秩父王国の建国に力を貸してくれ!」




