第25話:富や名誉より大切なもの
帝都さいたま市の新都心、庁舎の最上階にある王座の間。
玉座には、埼玉国の王ダ・サイタマが深々と腰を下ろしていた。
免許センターと玉璽を巡る鴻巣討伐を終え、帝都へ帰還した大宮は、一連の顛末を報告する。
報告を聞き終えたダ・サイタマは、ねっとりとした笑みを浮かべた。
王としての威厳よりも、権力者としての愉悦が滲む。
その手にあるのは、鴻巣市から接収した運転免許の玉璽。
「ふふ……ようやく手に入ったか。直ちに免許センターの移設を進めよ。候補地は?」
ずらりと並ぶ官僚たちが一斉にひれ伏した。
「桜区あるいは浦和区に、適した土地と建物を確保しております」
「どちらでも構わぬ。最も効率の良い場所を選ぶのだ」
一方、鴻巣は反逆者として帝都の留置所ではなく、いきなり刑務所へ放り込まれた。
本来ならばダ・サイタマは即刻、鴻巣を粛清するつもりだった。
王命に逆らえばどうなるのか、その末路を各市町村へ示す必要があるからだ。
しかし、大宮を筆頭に四天王に強く諌められた。
鴻巣は最後には降伏した為、情状酌量の余地がある。
また、今ここで鴻巣を粛清すれば、市は混乱して統治にも悪影響を及ぼすという。
理屈としては正しかった。
鴻巣を処すのを一時保留にしたダ・サイタマだが、そのまま生かしておくつもりなど毛頭ない。
事情聴取や裁判など、体裁を整える為の手続きだけは表向き執り行う。
結果は粛清、それ以外に考えていない。
今回の反乱では鴻巣市民もまた、大名と心を一つにして帝都へ抵抗したという。
ならば、その代償は支払わせねばならない。
ダ・サイタマは鴻巣市の民に更なる重い増税を課した。
余力があったからこそ、反乱を起こせたのだ。
今後、二度と帝都に歯向かわないよう、徹底的に気力を削いでやる。
すでに鴻巣市では、帝都から派遣されたダ・サイタマに忠実な官僚が代理領主として政務を執っている。
いっそ鴻巣市そのものを解体し、帝都さいたま市へ編入してしまうのも面白い。
これからの状況次第だなと、ダ・サイタマは思った。
とにかく帝都にとって、今回の戦は大勝利だった。
各市町村へ、服従こそが安寧なのだと十分にアピールされたことだろう。
ダ・サイタマは、今回の鴻巣討伐で兵を差し出した諸侯たちを王座の間へ呼び寄せた。
功ある者には褒美を授ける、それもまた王の器というものだ。
無論、その褒美の財源は敗者となった鴻巣市に負担させる。
まず最初に玉座の前へ出たのは、上尾だった。
「上尾よ。そなたは二万もの兵を率い、この戦に力を貸したそうだな。その忠節、見事であった」
「ははっ!」
「褒美として上尾市の交通網を強化する。駅前再開発に関して、帝都が全面的に支援しよう」
「ありがたき幸せ! 上尾市は今後ますます発展してまいります」
今度は桶川が玉座の前に出た。
「桶川よ。そなたの偵察隊は敵の伏兵を見抜き、鴻巣の策を破ったと聞いた。その働き、実に見事であった」
「ははっ!」
「吾輩は先日まで、WEB小説投稿サイトを見ていた。目を通した作品はどれも“文学”を感じさせるものだった」
「は……?」
「武だけで国は栄えぬ。知恵ある者がいてこそ国は発展する。そなたの偵察隊も、武ではなく知恵をもって功を立てた。知恵を育てるには文字を読むこと、即ち読書であると吾輩は考えている」
桶川は黙って耳を傾ける。
「聞けば、桶川市には市民ホールに併設された『さいたま文学館』があるそうだな?」
「はい」
「ならばその文学館、さらに充実させよ。埼玉全土から文人が集う学びの館とするのだ。その為の支援を約束する。市民ホールとともに、埼玉国の文学活動を支える拠点となれ」
「ありがとうございます! 我ら桶川の民もこのご厚情、大いに喜びましょう!」
「うむ」
最後に、北本が前に出た。
ダ・サイタマは玉座から北本を真っ直ぐ見据える。
「北本。この度、最も大きな功績を挙げたのは、そなたである」
その言葉に、上尾も桶川も肯定するように頷いた。
誰もが認める戦功。
敵陣へ単独で潜入し、運転免許の玉璽を奪取。
更に敵将・鴻巣を単身で連合軍の陣営に誘い出したのだ。
「そなたのお陰で連合軍は一兵たりとも失うことなく玉璽を接収し、鴻巣を捕らえることが出来た」
「お見事……」
「策士だ……」
「大宮様以上の働きではないか……」
官僚たちもまた、小声でヒソヒソと囁いている。
ダ・サイタマは満足そうに笑みを浮かべ、玉座から身を乗り出した。
「ゆえに北本。吾輩は特別に、そなたの望みを何でも一つ叶えてやりたいと思う」
“何でも――?”
その一言に、王座の間がざわめく。
ダ・サイタマがここまでの恩賞を約束するのは極めて異例だった。
北本は俯いたまま動かない。
考え込んでいるのか。
ダ・サイタマは愉快そうに口元を綻ばせた。
「望みは何だ? 富が欲しいか? ならば北本市名産であるトマトを埼玉国全土にもっと広く流通させてやろうか?」
北本は答えない。
「それとも名誉が欲しいか? あの鳥……いや、コバトン帝へ奏上し、そなたへ官位を賜るよう取り計らうこともできるぞ」
王座の間にいる誰もが、羨望の眼差しを北本へ向ける。
「さあ、北本よ。遠慮するな。望みを申してみよ」
静寂。
北本は長い間、俯いたままだったが――
意を決するように、顔を上げた。
「ダ・サイタマ様。本当に“何でも”よろしいのでしょうか?」
「無論だ。吾輩の名に懸けて約束しようではないか」
北本は大きく息を吸うと、深々と頭を垂れた。
「では……お願いがございます」
場の空気がぴたりと止まる。
「――どうか鴻巣を、許してやって下さい」
刑務所の門が、地を揺らすような音を立てて開く。
鴻巣はおぼつかない足取りで外へ出た。
疲れ切った表情、久しぶりに浴びる陽の光。
あまりの眩しさに思わず手をかざし、目を細めた。
生きて出られるとは思わなかった。
極刑は免れない、そう覚悟していた。
なのに、どういう経緯があったのだろうか。
執行猶予付きの判決が下され、鴻巣は釈放されたのだった。
刑務所の前で待つ、一人の男。
「よう」
聞き慣れた声。
片手を軽く上げ、いつもの調子で笑っている。
北本の姿を見て、鴻巣は安堵なのか落胆なのか、深いため息をついた。
しばらく見つめ合う二人。
やがて鴻巣から口を開いた。
「わたしは今回の戦で、全てを失った」
「何言ってんだ? 命は失ってねえだろ」
「大名の座は剥奪され、これからのわたしは領主ではない。ただの鴻巣市民だ。罰として課された増税を払いながら、余生を過ごすことになる」
その声はどこか空っぽだった。
北本は苦笑してしまう。
「いいじゃねえか。大名じゃなくたって、お前はお前だ。“一人の人間”として生きられる」
鴻巣の表情は晴れない。
北本は困ったように頭をかき、ふと空を見上げた。
「ほら、今日はいい天気だ。お前も空を見上げてみろよ」
言われるまま、鴻巣も顔を上げる。
二人の視線の先には、どこまでも続く青空。
しばらく二人は何も言わず、その景色を眺めていた。
「なあ、鴻巣。車の運転免許は、違反するとゴールド免許じゃなくなるだろ? でも安全運転を続けていれば、いずれまたゴールド免許に戻れる」
北本は照れくさそうに笑った。
「だからさ、お前も同じだよ。また頑張れば、きっと立ち直れるさ」
鴻巣は空を見上げたまま、黙ってその言葉を聞いていたが。
やがて――
「……そうだな」
ぽつりと呟くその口元には、小さな笑みが浮かんでいた。




