第24話:埼玉術式奥義、ここに解放!
鴻巣は目を閉じ、祈るように手を組んだ。
一見、何の脅威もないように見えるが、大宮は戦慄する。
鴻巣を中心に風の渦が巻き始めた。
決闘場を取り囲む兵たちはこの異様な光景に釘付けになり、ただ見入ってしまう。
「離れるんだっ!」
上尾が敵味方構わず、周囲に向かって大声で叫んだ。
その声でまるで我に返ったように、立ち尽くしていた兵たちが慌てて後方へ下がる。
鴻巣自身も、解き放たれたこの埼力を理解していない。
ただこの力の源泉には、遥か昔から知っていたかのような懐旧の念がある。
無意識に、その言葉は口をついて出た。
勇ましく、厳かに、気高い鴻巣の呪文。
埼玉市町村の奥義を発動するために――!
詠唱(埼唱)
『我が中山道に響くは、古の業。雛を顕現せし誉れ高き人形。見上げよ三十一段、天を突く赤き壇にて小さな守護者たちは真の命を宿す!』
鴻巣はゆっくりと両手を天へ掲げた。
『召喚! 自律雛人形・全機展開!!』
埼術、ここに発動せり!
轟音とともに上空が光る。
誰もが反射的に空を見上げた。
光の中から幾筋もの鮮やかな赤い敷物が、国道17号に向かって降り注ぐ。
そして後から、総勢数百体のひな人形が現れた。
親王、男雛と女雛。
三人官女、五人囃子。
随身、仕丁。
ひな人形の一体一体がまるで意思を持っているかのように、それぞれの軌道で降下する。
神々しい光景に、皆が唖然として言葉を失っていた。
だが大宮、さすが埼玉国最強の男である。
構えを崩さず、毅然として対峙する。
「鴻巣殿のこれは……彩の宝剣によって封印されていた『埼玉術式奥義』が解き放たれたというのか」
大宮の呟きをかき消すような、鴻巣の興奮の入り混じった笑い声が響き渡る。
「はっはっは! さあ我が誇りよ! 我が伝統よ! 鴻巣市を守れーっ!!」
数百体のひな人形が一斉に大宮に飛びかかってきた。
それぞれ異なる軌道で突撃してくる。
大宮は地を蹴り、跳んだ。
身をひねって先頭の数体を避ける。
別の数体が背後へ回る、さらに左右からも迫る!
避けたひな人形も急旋回し、まるで追尾するドローンのように再び大宮へ襲い掛かった。
「チッ!」
大宮が初めて舌打ちする。
跳躍。
紙一重。
今度こそ、本当の意味で紙一重だった。
360度、全方位から攻撃を受ける。
大宮は回避しながら思った。
鴻巣はひな人形を武器として、粗雑に扱っているわけではない。
ひな人形たちは己の意志で飛び、鴻巣という主を守る為に動いているのだ。
勝てる……!
あの大宮に勝てるぞ……!
鴻巣の胸が高鳴る。
男雛、女雛、三人官女、五人囃子、随身、仕丁。
数百体のひな人形は動きを鈍らせることなく、絶え間ない体当たり攻撃を繰り返す。
それぞれが異なる軌道を描き、大宮を逃がすまいと包囲する。
「殿ーっ!」
「そのまま押し切れーっ!」
鴻巣軍が盛り返し、大歓声を上げた。
一方で連合軍は騒然となる。
「大宮様!」
「これはまずい……!」
兵だけでない。
上尾も、桶川も、北本も、手に汗握り、固まったように戦況を見つめる。
大宮はひたすら避け続ける。
ひな人形の追撃を、紙一重でかわし続ける!
しかし――
やはり大宮、さすが埼玉国最強の男である。
その気になれば――
人形を掴める、払える、斬れる!
にも関わらず大宮は手を出さずに回避に専念していた。
大宮は岩槻との“約束”を思い出していた。
『どうか、鴻巣の“ひな人形”だけは傷つけないでやってくれ』
『分かった、約束しよう。何があっても人形だけは傷つけない』
帝都さいたま市から進発した時、岩槻にそう誓ったのだ。
その約束を果たす!
ひな人形を傷つけずに、この埼玉術式奥義を破る!
大宮は覚悟を決めた。
「ならば私も――」
颯爽と剣を掲げる。
切っ先は頭上から迫ってくる人形たちに向いていない。
もっと、遥か上だ。
大気が震える。
埼気が、埼圧が、天空を曇らせる。
雲が明けるとそこは……星空!?
詠唱(埼唱)
『武蔵の国を交差せし鉄路の歴史、さいたま市大宮区大成町の鉄道博物館より降臨せん! 去りし時代の記憶を乗せて、果てなき未来へ駆け抜けろ。遥か銀河の彼方まで!』
大宮の埼玉術式奥義が発動する!
『いでよ! 星界・銀河鉄道!!』
轟音。
大宮の背後の空間が歪み、光り輝く線路が姿を表す。
黄金の線路は高く舞い上がり星空へと続く。
やがて汽笛が鳴ると、光の線路を列車が走ってきた。
先頭は蒸気機関車・善光号。
次に電気機関車・ED40形。
その後にディーゼル機関車・DD13形。
最後尾に200系新幹線。
鉄道博物館に刻まれた鉄道の記憶が、銀河を駆ける列車となって姿を現したのだ!
この幻想的な光景があまりにも衝撃的で、人だけではなく、ひな人形もまた身じろぎを忘れていた。
大宮は促すように右手を差し伸べて、ひな人形たちに告げる。
「――ご乗車、願います」
その声は優しく、包容力を孕んでいた。
ひな人形たちは大宮への攻撃を止め、開かれた列車のドアや窓へ吸い込まれるように乗り込んでいった。
男雛と女雛は、最も格式高い特別客室へ。
三人官女と五人囃子は窓際の席へ腰掛ける。
最後に乗り込んだ随身と仕丁も空いてる座席へ。
ひな人形すべての乗車が終わると、ドアが閉まった。
また汽笛が鳴る。
銀河鉄道は星空に敷かれた光輝く線路の上を走り、星々の彼方へ向かって走り出した。
「ばかな……」
鴻巣は呆然と立ち尽くし、遠ざかる列車を見送る。
手元には、もう一体のひな人形もいない。
誰一体として傷つくことなく、また乱暴に扱われることなく行ってしまった。
鴻巣は大宮へ向き直り、崩れ落ちるように跪いた。
「参りました……」




