第20話:開戦前の軍議②
「北本殿……」
大宮に名前を呼ばれ、北本は肩をビクッと震わせる。
「えっ? な、何でしょう?」
「北本市はトマトの名産地だったな」
「はい……それが?」
北本の額を、一筋の汗が伝う。
険しい顔をした諸侯たちの疑いの視線。
一際厳しい形相の上尾が、訝しげに北本を問い質した。
「まさかとは思うけど、クレアこうのすの伏兵に何か心当たりは?」
一同が息を飲む。
北本は脂汗で滲む拳を握りしめ、盛大に首を横に振るった。
「いや、いやいや! 北本市と鴻巣市は隣町ですよ? 交易も盛んでした! うちのトマトが鴻巣市へ流れていても何も不思議じゃありません! その伏兵がトマトを食べているのも、別に不自然な話ではないでしょう!?」
苦し紛れの表情で弁明する北本。
水を打ったような静寂の後、大宮たちは顔を見合わせた。
「……確かに、それもそうか」
大宮、上尾、桶川は渋々といった様子で頷いた。
どうやら納得してもらえたようだ。
北本の背筋は凍りつき、とても生きた心地がしない。
危なかった。
クレアに潜む5000の兵。
あれは鴻巣軍ではない。
北本が密かに送り込んだ義勇兵たちだ。
この事実は、絶対に連合軍にばれてはいけない。
「それにしても――」
上尾が感心したように息を漏らす。
「桶川軍の偵察隊は見事だったね。クレアの伏兵。うちの偵察隊は存在に気付けなかった」
上尾の偵察隊の腕が劣っていたわけではない。
それだけ桶川軍の索敵能力が高かったということだ。
桶川は照れくさそうに笑う。
「我が桶川市には『桶川飛行学校平和祈念館』があります。軍の偵察隊は、そこで調練を積むのです」
「“飛行”、学校?」
「ええ。『偵察は“空”から敵情を把握するイメージで!』というスローガンを掲げ、地形や自然のわずかな違和感から敵の潜伏場所を見抜く訓練を徹底しています」
「なるほど、そうなのか。やるじゃないか桶川!」
上尾は称賛するように手を叩いた。
大宮も絶賛する。
「助かったぞ、桶川殿」
北本だけは腑に落ちない様子で、心の中でつぶやいた。
――そういうものなのか?
上尾が地図へ目を戻す。
「敵の布陣も分かりました。こちらも陣形を整え、攻撃を始めますか?」
大宮はその問いに応える代わりに、目をきつく閉じた。
集中している。
誰もそれ以上声をかけず、邪魔はしない。
篝火の音だけが聞こえる。
しばしの沈黙の後――
大宮はゆっくりと目を開いた。
鋭い眼光が、場の空気の密度を何倍にも跳ね上げた気がした。
威圧ではない。凄まじいほどの埼圧。
上尾も、桶川も、北本も、息をするのを忘れるほどだった。
これが帝都さいたま市の四天王。
これが埼玉国最強の武将。
これが大宮という男。
今まで気さくに話しかけていた相手が、急に別人に見えた。
この男が敵でなく味方だったことに、三人は心の底から安堵した。
大宮という傑物を敵に回した鴻巣に、万に一つも勝ち目はない。
市の誇りなど、そんなものは綺麗さっぱり捨ててさっさと投降するべきだ。
北本はそう思った。
大宮は総司令官として告げる。
「私は敵が隠した戦力こそ、敵の要だと思う。だからクレア拠点を最優先で潰す!」
上尾と桶川が頷いた。
「主力の上尾軍20000はクレアを包囲し、徹底的に叩いてくれ。その間、桶川軍の5000は私と共にエルミと免許センターを牽制し、両拠点を抑止する」
大宮が真顔で北本へ振り向く。
「北本軍は……待機。この陣営で留守番を頼む」
「お、お待ちください!」
北本が慌てて声を上げた。
「敵が隠したクレア拠点は、むしろ我々に攻めさせたい場所とも考えられます! 本命は運転免許の玉璽がある免許センターのはず! そこを突くのが合理的です!」
大宮は首を横へ振った。
「いや、クレアを潰せば敵の遊撃は消える。鴻巣殿の策略は崩壊し、残されたエルミと免許センターの敵は戦意を消失すると私は考える。だからクレアだけは――徹底的に潰す!」
北本の顔から血の気が引いた。
手が、足が、全身が震える。
鴻巣を案じているのではない。
本当に案じているのは、クレアこうのすに潜む伏兵5000。
北本が密かに送り込んだ義勇軍であり、北本の民なのだ。
このままだと、北本市民だけが戦いの犠牲になる。
鴻巣市を守る為に北本が送り込んだ5000は壊滅させられて、鴻巣正規軍の10000はそのまま生き残る。
大宮は折りたたみ椅子から立ち上がった。
「これにて軍議を終える。夜戦は行わない。地の利は鴻巣殿にあるからな。夜襲には十分警戒してくれ。立哨を増やし、篝火は広範囲に」
大宮は全員を見渡した。
「我々は混成軍であっても、今は正規の帝都軍と同義である。我が軍を他の市町村も見ていることだろう。攻撃は明日の朝。正々堂々と鴻巣軍に当たろう。それでは解散!」




