第19話:開戦前の軍議①
大名の鴻巣討伐、そして運転免許の玉璽接収。
その総司令官に任じられた大宮は、高崎線を北上しながら鴻巣市を目指していた。
上尾軍を加え、その後も桶川駅で桶川軍、北本駅で北本軍を加えた。
こうして三市の軍勢が集結し、大宮率いる連合軍が完成したわけだが。
上尾軍の出兵は20000、桶川は5000、そして北本は“100”しか兵を連れてこなかった。
その事実に武将の上尾は、不機嫌そうに眉をしかめる。
「北本、どういうことだい? 僕は20000もの兵を出している。君と人口規模が近い桶川だって5000だ。それなのに君は100? ふざけているのかい?」
その指摘に同意するように、桶川も困ったように視線を下げる。
無視できないくらい、北本軍はあまりに少なすぎる。
北本は頭をかきながら弁明した。
「すまん。ちょうど市の特産トマトの収穫時期と重なってしまって。民はみんな畑に出払っていて忙しい。兵として100出すのも大変だったんだ」
その100人、気力も低そうだった。
あくびをする者が目立ち、戦に出る兵士としてのやる気が感じられない。
桶川は不満を胸の内へ押し込めた。
思うところはあるが、ここで他市を責めても士気が下がるだけだ。
一方の上尾はそうはいかない。
「北本、君の市だけが大変だとは思わないでほしいな。大宮様、帝都へ帰ったら是非ダ・サイタマ王へお伝えください。北本はずいぶん非協力的だったと」
「それだけは勘弁してくれぇ~!」
北本は両手を合わせて情けない声を上げた。
大宮は苦笑しながら二人の間へ入る。
「まあまあ、上尾殿。各市にはそれぞれ事情がある。実際、帝都から来ているのも私一人だ。大目に見てあげてくれ。勿論、20000もの兵を出してくれた上尾殿の貢献は、しっかり報告する」
そう言って、大宮は改めて集結した連合軍を見渡した。
三人の武将。
上尾(埼力23万)、桶川(埼力7.4万)、北本(埼力6.5万)。
そして総勢25100の兵。
「心強い。皆の協力に感謝する。この戦、力を合わせて鴻巣殿を討とう」
総司令官らしい力強い言葉だった。
しかし上尾はまだ北本を根に持って、睨みつけている。
北本は冷や汗を流しながら必死に愛想笑いを返していた。
連合軍の結束には、もう少し時間がかかりそうだ。
「大宮様」
不意に桶川が声を上げた。
「どうした、桶川殿?」
桶川は黙って前方を指さした。
その先、なんと高崎線の線路が無残に寸断されているではないか。
さらに大量の瓦礫が積み上げられ、まるでバリケードのように進路を塞いでいる。
すぐに復旧できる状態ではない。
桶川はしゃがみ込み、歪んだレールを指でなぞった。
「……これでは鉄路での進軍は不可能です。一体誰がこんなことを」
上尾が肩をすくめた。
「決まってるでしょう。鴻巣ですよ。我々討伐軍の進軍を止める為です」
大宮は黙って破壊された線路を見つめる。
時間稼ぎか、それとも何かの策へ誘い込む布石なのか。
北本が総司令官に訴えた。
「これじゃ北伐も足止めですな。今回は引き返して様子を見ましょう」
「いや」
大宮は軽く一蹴した。
「全軍、国道17号へ転進し北上を続ける。一般車両は直ちに通行止めとし、軍用道路へ切り替える」
北本はうなだれた。
ほどなくして国道17号には交通規制が敷かれ、一般車両の姿は消えた。
広い道路はそのまま連合軍の進軍路となる。
先頭を行くのは大宮。
その後ろに上尾軍。
続いて桶川軍。
最後尾を、肩を落とす北本軍100人が、とぼとぼと続いていく。
上尾はちらりと振り返った。
「北本の兵は本当に士気が低いな。主将がしっかりしないから!」
「いや、俺やる気ありますよ……」
やがて一行は、鴻巣市との境界へ到達する。
ここから先は敵領なのだが周囲に敵兵の姿はない。
大宮はここに陣営を敷くと命じた。
「各軍、偵察隊を出してくれ。敵は地の利を持つ。慎重に敵の配置、兵力、伏兵の有無を確認しよう」
三人の武将は頷いて従った。
上尾、桶川、北本、それぞれが自軍から偵察隊を送り出す。
辺りは夕暮れへと染まり始めた。
各軍はそれぞれ陣営の準備に取り掛かる。
野営テントが張られ、篝火が次々と灯された。
炊事班が飯盒へ米を入れ、湯気を立ち上らせ始める。
兵たちは自然と小さな輪を作り、火を囲みながら夕食の支度を進めた。
周囲には住宅街があり、飲食店の明かりも見える。
だが大宮は兵たちへ厳命した。
民間の店は利用禁止、住民との接触も最小限に。
しばらくすると近隣住民だろうか、何人かが恐る恐る近づいてきた。
「兵隊さん、大変でしょう。よかったらこれを――」
おにぎりや飲み物を差し出そうとする。
その善意に兵たちは顔をほころばせるが。
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ頂きます」
丁重に頭を下げ、すべて辞退した。
鴻巣市民が一丸となって抗戦している。
事前にそう聞いている以上、善意であっても不用意には受け取れない。
ここはもう敵地なのだ。
夜の帳が下りる中、兵たちの夕食が終わる。
大宮は折りたたみ椅子を並べ、アウトドアテーブルに地図を広げた。
上尾、桶川、北本の三将を集め、軍議を始める。
「偵察隊の報告を待って作戦を固めるが、その前に大まかな方針だけは決めておこう」
会話する四人の顔を、篝火が照らしている。
そこへ偵察が駆け込んできた。
最初に戻ったのは、北本軍の偵察隊だった。
「報告します。運転免許センターに敵陣あり、兵数はおよそ5000」
大宮は首を傾げる。
5000……少ないな。
「『鴻』の将旗は確認したか?」
「申し訳ありません。夜闇が深くて確認できませんでした」
「ふむ。ならば鴻巣殿の本隊とは限らないな」
しかしそこで北本が身を乗り出す。
「5000程度なら、こちらが総攻撃すれば十分勝てます! 今こそ好機! “後ろを振り返らず”に全軍で一気に攻め込みましょう! 免許センターを押さえれば、玉璽も手に入ります!」
その時だった。
「失礼します!」
再び偵察が飛び込んでくる。
今度は上尾軍の偵察隊だった。
「報告! 免許センターに兵、およそ5000! 更にエルミこうのすショッピングモールにも兵、およそ5000を確認! ただし、大将の鴻巣がどちらにいるかまでは確認できませんでした!」
その報告を聞き、軍議の空気が変わる。
「……二拠点か」
大宮は地図へ視線を落とした。
兵力を一か所へ集めるのではなく、二つの拠点へ分散させている。
これは偶然ではない。鴻巣には何か狙いがある。
上尾が地図を見つめながら口を開く。
「このまま国道17号を真っすぐ進めば、左右から挟撃されますね」
大宮は頷いた。
国道17号の東側には免許センター、西側にはエルミこうのす。
どちらにも兵が5000。
どちらが本隊で、どちらが囮なのか。
鴻巣は兵力で劣ることは承知しているはずだ。
援軍も期待出来ない。
つまり、ただの籠城戦ではジリ貧となり自滅する。
だからこそ、この布陣には必ず狙いがある。
桶川が腕を組み、考え込む様子で意見を述べる。
「片方へ攻め込めば、もう片方が背後を突いてきます。こちらも軍を二手に分けて対処するのが妥当でしょう」
上尾は余裕そうに言葉をつないだ。
「総兵力はこちらが25100だよ。向こうは10000。5000ずつに分散しているなら、片方を牽制しながらもう片方を一気に叩くことが出来るよね。いや兵力差が大きいから牽制なんてせずに、同時に攻めても数で押し潰せそうだけど……」
駆け足が近づいてくる。
「報告!」
一番最後に帰ってきた桶川軍の偵察隊だった。
武将たちが囲む地図へ走り寄り、免許センターとエルミの中間地点を指さす。
「ここです! クレア鴻巣文化センター。建物全体に迷彩幕が被せられてました」
「なんだと?」
「建物へ出入りする武装兵を確認。我ら偵察隊は気付かれませんでした。兵数、およそ5000!」
上尾は唸る。
「伏兵だね……」
桶川が応えた。
「我が連合軍を免許センターかエルミへ攻め込ませ、その隙にクレアが奇襲をかける。遊撃部隊と考えて良いと思います」
大宮は地図へ視線を落として黙ったままだ。
やはり鴻巣は正面決戦を考えてはいない。
兵力差を埋めるため、伏兵を使った攪乱戦を狙っている。
上尾は目を細めて問い質す。
「妙だね。うちの偵察隊はクレアを見落とした。その拠点、ただの補給所だった可能性は?」
桶川軍の偵察兵は首を横へ振った。
「確かに武装した兵が巡回していました。補給所ではありません。それに……」
「それに、何?」
「免許センターやエルミにいた鴻巣兵とは、少し雰囲気が違いました。服装も違えば、装備も。正規軍には見えません」
「まさか鴻巣が雇った傭兵部隊ってこと?」
「そこまでは判断できません。深く調べれば、こちらの存在に気付かれる恐れがありましたので。あと……」
「あと、何?」
「その兵たちは、“トマト”を食べていました」
空気が止まった。
沈黙、誰も喋らない。
篝火がぱちりと音を立てる。
トマト……。
上尾が振り返る。
桶川も振り返る。
大宮も地図から顔を上げた。
三人が、ほぼ同時に北本を見た。




