表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/38

第18話:冷静と情熱の貴公子、上尾

上尾市内の日の出にある埼玉アイスアリーナ。

一年を通して一般利用から競技大会まで対応する、屋内スケート場施設である。


場内の広大な氷の上を、涼し気な表情をした一人の男が優雅に滑っている。

誰もが息を飲み、目を奪われていた。

胸元が大胆にはだけた漆黒の衣装。

流れるような水色の髪。


上尾市の大名、上尾あげおである。


氷上を舞うその姿は指先まで美しく、それでいて力強さも感じさせる。

同じリンクを滑っていた者たちは魅了され、自然と場所を譲っていた。

観覧席からは絶え間なく声援が飛んでいる。

関係者しか入れない特別席にも、上尾を見守る大宮おおみやの姿。


上尾は場内の熱い視線を一身に受け、それに応えるように速度を上げて――

高らかに跳んだ。


四回転アクセル。


宙に舞い上がった身体は、危なげなく見事に着氷した。

一瞬の静寂の後、大喝采が巻き起こる。

感動のあまり涙を流す者さえいた。


演技を終えた上尾はリンク中央で一礼すると、前髪をかき上げた。

汗をまとった端正な横顔が照明に照らされる。


「上尾さまぁ~っ!」


観覧席から、とりわけ女性たちの大きな黄色い歓声。

上尾は微笑みを浮かべ、軽く指先を唇へ添えて投げキスを送る。


「きゃああああぁぁぁぁ~っ!」


歓声は悲鳴へと変わり、女性たちは次々とドミノ倒しのように倒れ込んだ。

場内を包む惜しみない拍手はいつまでも続いた。




上尾はリンクから退場し、バックヤードへ。

そこにやって来たのは、大宮だった。


「上尾殿、素晴らしい演技だった」


スケートシューズの紐を解いていた上尾は、顔を上げる。


「おや、これはこれは大宮様ではありませんか」


白い歯を覗かせて、どこか芝居がかった口調。


大宮は少しだけ戸惑った。

以前会った時とは、まるで別人に見えたからだ。


八枝神社やえだじんじゃ祇園祭ぎおんさい

泥の中へ神輿みこしを転がす『どろいんきょ祭り』で、上尾は誰よりも泥を浴び、豪快に笑っていた。


しかし今、目の前にいる上尾は、あの時とは雰囲気がまるで違う。

先程スケートリンクで見せた姿は、豪快とは真逆で繊細だった。


“器用な男”なのだなと、大宮は思った。


上尾は大宮を見ずに、再びスケートシューズの紐解きに取り掛かった。


「ああ、分かってますって。あなたが総司令官となって、逆臣・鴻巣を討つ。だから僕の兵を貸せって、そういう話ですよね?」


その口調には、棘がある。


「自分たちは兵を出さない。さいたま市の兵は、ずいぶんと大切にされているんですね」


皮肉を隠せない物言い。

帝都は兵を温存し、地方の兵を前線へ送り出す。

その不満を上尾は抱いているようだ。


「僕の市から出せる兵は二万。正直、余裕なんてありませんよ。でも王命ですからね。体裁もありますし」


大宮は頭を下げた。


「二万も兵を捻出してもらえるとは、深く感謝する。道中で桶川おけがわ殿、北本きたもと殿とも合流する予定だ。総司令官として、各市の兵を無駄に損耗させるような戦いだけは避けたい」


その言葉を聞いた上尾は、白々しく笑う。


「大宮様もダ・サイタマ王の下で、いろいろ苦労してるんですね」


それだけ言うと、更衣室へ消えていった。

その背中を見送りながら、大宮はため息をつく。

別に、上尾の言い方を不快に感じたわけではない。





上尾軍を加えた大宮は埼玉アイスアリーナを後にする。

再び高崎線で北上を開始した。


二万人もの兵が合流したことで、車内は混雑し満員状態。

吊り革に揺られながら、上尾は大宮に問いかける。


「どうして鴻巣は帝都に逆らったんでしょうね。免許センターなんて、さいたま市にあった方が便利でしょう? ちなみに僕はアンケートで帝都移設に賛成票を入れましたよ」


「……鴻巣殿は、“市の誇り”を守る為に反旗を翻したんだと思う」


「市の誇り、ですか」


上尾が冷ややかな笑みを浮かべる。


「それで免許センターが譲れないって……。もしかしてダ・サイタマ王への忠誠が、それほど高くないんじゃないですか?」


その一言に、大宮は深刻そうに表情を硬くし口を閉ざした。

何か思い当たる節があるのか。

或いはその可能性を否定し切れないのか。


ただ一際、列車の走行音だけがよく耳に響いた。


「まあ、いいですよ。鴻巣市のことは、鴻巣市にしか分かりませんから」


上尾は車窓の外、流れる景色へ視線を移す。


「ねえ、大宮様」


「どうした? 上尾殿」


「僕の市からは、“何も取らないで”下さいね? あなたからそれとなくダ・サイタマ王にうまく言っておいて下さい」


冗談めいた口調だった。

でもその横顔は笑っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ