第17話:鴻巣と北本の友情
『エルミこうのす』ショッピングモール。
平時には多くの買い物客で賑わう施設である。
だが今や鴻巣軍の兵站拠点と化していた。
食糧や医薬品に武具の数々。
店舗群にはそれら物資が積み上げられ、通路では兵士たちが慌ただしく行き交っている。
集結した兵は、およそ10000人。
戦闘に従事しない者、女性、子ども、そして老人は立入禁止となったが、誰一人として不満を口にしなかった。
「私たちの分まで頼みます!」
そんな非戦闘民の言葉が将兵たちを勇気づけた。
帝都さいたま市より下された王命。
運転免許センターの移設と、運転免許の玉璽の献上。
ダ・サイタマ王は鴻巣に時間的猶予を与えた。
しかしその時間は、結果的に徹底抗戦の為に鴻巣市が一致団結する期間だったと言える。
玉璽は渡さないし、免許センターも渡さない。
その決意は、大名である鴻巣だけのものではない。
鴻巣市そのものの総意となっていた。
伝令が駆け込んでくる。
「ご報告! 帝都さいたま市より四天王の筆頭、大宮が進発!」
その報を聞いた瞬間、鴻巣の心臓の鼓動が狂ったように早まった。
埼玉最強の武将が直々にこちらへ向かってくる。
その事実に身体の震えが止まらない。
これは断じて恐怖からくるものではない。
猛る武者震いなのだと、鴻巣は自身に言い聞かせた。
ダ・サイタマ王に逆らう。
埼玉国の一領主として、遂に一線を越えたのだ。
自らの信念を貫く覚悟。
もう引き返せない、引き返す気もない。
鴻巣の民も同じ思いだった。
エルミこうのすの一階セントラルコートには、ひな人形を乗せたピラミッド型のひな壇がある。
高さ31段、7メートルにも及ぶ圧巻の大きさで、何百もの精巧に作られたひな人形が並んでいた。
まるで鴻巣市の歴史そのものを見守る守護者のように。
周囲が慌ただしく戦支度に追われる中、鴻巣はひな壇の前で足を止めた。
そして深く頭を垂れる。
「どうか、我らを見守っていてください」
目を閉じて静かに祈りを捧げるその背後で、誰かが足を止めた。
鴻巣が気配を察して振り返ると、そこには深くフードを被った人物。
将兵の身なりではない。
「誰かな? この施設は戦闘要員以外の立ち入りを禁じている。危険だから速やかに立ち去ってくれ」
その人物は返事をせず、辺りを見回した。
近くを通る将兵たちが充分離れているのを確認すると、そっとフードを持ち上げる。
よく見慣れた顔だった。
「……き、北本!? どうしてここに??」
鴻巣は思わず声を上げた。
そこにいたのは隣の市である北本市の大名、北本だった。
「よう、鴻巣。お忍びってやつだ。いやぁ、大変なことになったな。まさかお前が本当に帝都へ盾突くとは」
北本は古くからの友人で、苦楽を共にしてきた仲だった。
だから鴻巣は期待してしまう。
「もしかして、援軍に来てくれたのか?」
北本は、申し訳なさそうに首を横へ振る。
「いや違う、説得しに来た」
「なんだって?」
「今からでも遅くない。帝都に従えよ。運転免許の玉璽なんか渡してしまえ」
鴻巣は溜め込んだ息を一気に吐き出し、落胆する。
今回の騒動の発端もまた、ダ・サイタマ王の理不尽な要求によるものだと、各市町村は分かっているはずだ。
しかし皆が傍観の姿勢で、誰も鴻巣市を助太刀しようと動かない。
鴻巣はそれを薄情だとは思わなかった。
情勢を鑑みるに、仕方がないことなのだ。
「北本、わざわざ忠告に来てくれたんだね。ありがとう。でも――」
鴻巣はひな人形たちが見守るひな壇へ視線を向けた。
「家臣も、民も、皆が戦うと決めた。わたし一人の意地じゃない。鴻巣市そのものが、もう帝都の横暴には従えないと答えを出したんだ」
「おいおい、だからって何とか出来る相手じゃないだろ?」
「免許センターも、玉璽も、鴻巣市の誇りまでダ・サイタマ王に捧げる気はない」
鴻巣の毅然とした態度を見て、北本は頭をかいた。
反抗の意志は覆りそうもない。
旧友を失いたくないのだが。
「帝都から大宮が進発したのは、もう耳に入っているな。あの大宮だぞ。高崎線を北上して、上尾、桶川の軍勢を引き連れてこちらへ向かってくる」
北本は一度言葉を区切ってから、気まずそうに言う。
「……俺にも王命が下った。大宮の軍に加勢し、鴻巣討伐に参加せよとな」
鴻巣の表情が曇った。
「だからお前に“万に一つ”も勝ち目はないんだって! なぁ鴻巣、俺はお前が間違っているとは思わない。だがな、ここが引き際だ!」
俯いた鴻巣を前にしているうちに、北本の方が落ち着かなくなってくる。
「本当は俺だってお前のところへ駆け付けて、一緒に戦ってやりたい。だが、それは出来ない。俺まで帝都から逆臣扱いされてしまう」
北本の脳裏に、幼い頃の記憶がよぎる。
幼少の頃から鴻巣と共に過ごしてきた。
荒川でよく水遊びをした。
ポピー畑でかくれんぼもした。
自然観察公園で一緒に森林セラピーもした。
大人になり互いに領主となった今でも、会えば昔と変わらぬ笑顔で酒を酌み交わす仲。
だからこそ――鴻巣を失いたくない!
「ありがとう」
鴻巣が顔を上げる。
眩しいくらい朗らかな表情だった。
そこに迷いはない。
「でも、わたしたち鴻巣市は一丸となって抗うよ。理屈じゃないんだ」
澄み切ったその声に、北本は息を飲んだ。
もう友を説得することは叶わないと悟った。
「……分かった」
しばらく黙り込んだ後、北本は意を決するように口を開いた。
「北本市にもな、お前らを放っておけないと思う者が大勢いる。もし彼らが勝手に鴻巣市の加勢に向かったとしても……俺は関与してないのだから知らん!」
鴻巣は一瞬きょとんとした。
そしてその意味を理解した途端、表情が満開の花のように明るくなる。
「つまり、秘密裏に義勇兵を送ってくれるということか!」
鴻巣は勢いよく北本の両手を握った。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
北本はぶんぶんと両手を上下に振り回される。
「お、おい、喜びすぎだ! 忘れたのか? 俺の本隊は、面目上は大宮の軍に加わるんだぞ」
鴻巣は悪戯な笑みを浮かべる。
「でも、その本隊も本気では戦わないんだろ?」
「お前ってやつは……そういうことを皆まで言うなよなぁ〜」
こめかみを押さえる北本と、顔を綻ばせる鴻巣。
ひな壇に並ぶひな人形たちが微笑むように、二人の様子を見守っていた。




