第16話:大宮の進発、鴻巣市へ
鴻巣は、帝都の要求に応じなかった。
ダ・サイタマは、全市町村を対象としたアンケートの結果を提示して『三日以内に運転免許の玉璽を帝都へ提出せよ』と命じた。
にもかかわらず、その期限はとうに過ぎている。
更に三日が過ぎ、一日が過ぎ、すでに一週間が経っていた。
帝都さいたま市の庁舎、王座の間。
玉座に腰掛けるダ・サイタマは、苛立ちを隠せない。
足元の貧乏ゆすりが止まらず、まるまると肥えた身体が小刻みに震えている。
玉座の前に跪く大宮に、ダ・サイタマは押し殺した声で言った。
「鴻巣は帝都に逆らった。王命を拒むなど、断じて許されるものではない。埼玉国への裏切りである」
大宮は嫌な予感がしてゆっくり顔を上げた。
「大宮よ、国賊となった鴻巣を討て。運転免許の玉璽を接収せよ」
大宮はすぐに返事が出来なかった。
王命である以上、拒むことは許されない。
それが臣下であり、さいたま四天王の務め。
しかし……。
「……申し上げます。現在、一部の間者が鴻巣市へ入り、帝都へ従うよう説得を続けております。大名の鴻巣もその民も、現実を受け止める時間が必要なのだと思います。今しばらくの猶予を与えてはいただけませんか?」
ダ・サイタマの貧乏ゆすりが止まった。
「寛大な吾輩も、黙って待つ期間はとうに過ぎた。期限の倍も待ってやったのだ。これ以上の情けは不要である。もはや、帝都の威信に関わる」
ダ・サイタマは、遂に武力による解決に打って出る。
しかしながら、帝都さいたま市の兵を動員することを躊躇していた。
理由は宮殿建設の人員を減らしたくなかったから。
兵を戦へ回せば、その分だけ工事は遅れる。
王たる自分の威光を示す宮殿の完成もまた、優先すべき事業だと考えていた。
そしてもう一つ、理由がある。
「大宮よ」
「はっ」
「鴻巣程度の相手に、帝都の精鋭兵を投入する必要はないと吾輩は考えておる。さいたま市からはお前が一人出向けば充分だ。確か鴻巣の埼力(戦闘力)は、多く見積もっても12万程度だったな。難なく倒せるだろう?」
「ダ・サイタマ様。公式指標の数値は、あくまで目安にすぎません。真の埼力は実際の戦闘にならなければ分からないものです」
「……ふん、謙遜するな。帝都の軍を動かすまでもないと言っておる」
ダ・サイタマは玉座から立ち上がり、大宮に真っすぐ手を差し向けた。
「行け! 大宮。お前を鴻巣討伐ならびに運転免許の玉璽接収の総司令官に任ずる!」
王座の間の空気が張り詰める。
「高崎線を北上せよ。道中、上尾軍、桶川軍、北本軍を順次合流させる。各市の大名には通達しておく」
ダ・サイタマは脂ぎった顔で不敵に笑った。
「大義名分はこちらにある。王命に背いた逆臣・鴻巣を、皆で叩き潰せ!」
庁舎を後にした大宮は、大勢の将兵が整列し敬礼して道を作る中、駅の改札を抜けた。
遠征の知らせを受けた高崎線が、まもなく到着する。
大宮がホームで待っていると、一人の男が近寄ってきた。
同じ帝都さいたま市の四天王、岩槻だった。
「見送りとは、ありがたいな」
大宮が穏やかに笑うと、岩槻は肩を落として小さく俯いた。
「気が進まぬ役目だろう。しかし何故、鴻巣は従わなかったのだろうか」
「仕方ないと思う。免許センターの帝都移設など、勝手なのはこちら側なのだから」
「……そうだな」
しばらくの沈黙。
「浦和と与野は?」
「浦和は南部国境の視察だ。賊徒の動きが活発化しているらしい。与野も内政に追われている。見送りに来られぬことを残念がっていた」
大宮は苦笑した。
「皆、それぞれの務めを果たしているということか。岩槻も大変だろう? 北東部の市町村は落ち着いているそうじゃないか。さすが岩槻の手腕だな」
「いや、私はまだまだ……」
ちょうどその時、高崎線がホームへ滑り込んできた。
ブレーキ音が高らかに響き、車両が二人の前で止まる。
大宮が乗車口へ向かう。
その背中へ、岩槻が声を掛けた。
「……大宮。もし、本当に鴻巣と開戦してしまったら――」
大宮が振り返る。
「どうか、鴻巣の“ひな人形”だけは傷つけないでやってくれ」
一瞬だけ大宮は言葉を失うも、すぐに微笑んだ。
「そうだったな。岩槻も『人形のまち』を謳っていたな。分かった、約束しよう。何があっても人形だけは傷つけない」
岩槻は深く一礼した。
「……かたじけない」
そう、戦は人だけではないのだ。
町が積み重ねてきた伝統、文化、歴史までも巻き添えにする。
発車アラームが鳴り、ドアが閉まる。
高崎線はゆっくりと動き始めた。
列車がホームを離れ、小さくなっていく。
やがて目に見えなくなっても、岩槻はしばらく線路の先を眺め続けていた。




