第14話:埼玉全市町村にアンケート調査
鴻巣市文化センター『クレアこうのす』
数ある会議室の一室で大名の鴻巣を囲み、家臣たちが険しい表情をしていた。
帝都さいたま市の埼王ダ・サイタマから突然の布告が届いたのである。
『埼玉国民の利便性向上の為、並びに唯一無二の施設は首都にこそ置かれるべきとの判断により、運転免許センターを帝都さいたま市へ移設する。これに伴い、鴻巣市は“運転免許の玉璽”を速やかに帝都に提出すること』
会議室に家臣たちの憤りの声が響く。
「なんという横暴だ!」
「運転免許の玉璽は我らが代々所有し維持管理してきたものです!」
「左様! 我らは民を導く責務を果たす為にのみ用い、一度たりとも市利市欲の為に利用したことはありません」
「免許センターを守れ! 玉璽を帝都へ渡すなー!」
勇む家臣たちを、大名の鴻巣は手を上げて制する。
会議室が静かになると、鴻巣は落ち着いた様子で口を開いた。
「どうも帝都は免許センターそのものというより、権威を欲している気がする。到底受け入れられるものではないけれど――」
家臣一同が息を飲む。
「ここで感情に任せて要求を拒絶するのは、わたしは得策ではないと思う。どんな報復が待ってるか怖いからね。だからまずは返書を送ろう」
「返書、ですか?」
「そう。運転免許の玉璽は代々我らが管理し、埼玉国民の免許取得の際の節目に貢献してきた歴史がある。その伝統を丁寧に説明しよう。そのうえで、今さら免許センターを帝都へ移設する法的根拠と正統な理由を示して頂きたい、と申し上げる」
「それが示されない限り、我らとしては応じかねると?」
「そういうこと」
鴻巣は筆を取り、丹精を込めて返書を書き上げた。
速達書留で帝都へ送る。
帝都さいたま市の庁舎にある王座の間。
ダ・サイタマは玉座に座り、その届けられた返書を見ていた。
鴻巣市名産の花が押し花として、一枚添えられている。
ダ・サイタマは一瞥すると、それを床に落として靴底で踏みにじった。
「大人しく渡せばいいものを……」
そう言ってから、鴻巣からの返書を床に放り投げた。
玉座の前に居合わせていた与野が、床に落ちた返書を拾い、内容に目を通した。
「与野よ。鴻巣はどうやら反逆する気らしい。身の程を弁えず、埼玉の王である吾輩の布告に従わないのだからな。処罰すべき対象だとは思わぬか?」
「いえ、思いません。鴻巣の言い分は至極もっともでありましょう」
今までなら、多少理不尽な命令でも各市町村の大名は従ってきた。
不満を抱えながらも、最後は膝を折ってきたのだ。
それがどうだ? 今回は違う。
鴻巣はあれこれ言い訳を並べているが、つまりはっきりと“拒否”を示したのだ。
もしかしたら埼玉国民の忠誠が、揺らぎ始めているのではないか。
ダ・サイタマは低い声で唸るように言う。
「先日のさいたまオーブのひび割れが影響しているのかな?」
与野は肩をすくめながら、両手を持ち上げた。
「さぁどうでしょうか? オーブ自体は機能して埼玉国民の忠誠を結集し続けているとは思いますが」
ダ・サイタマは考えた。
今ここで武力を用いれば、鴻巣など一捻りだろう。
何か理由をつけて重税で脅してやっても良い。
そうやって無理やり従わせても良いのだが――
鴻巣からの返書。
『免許センターを帝都へ移設する正当な理由を示せ』と一丁前に書いてあったな。
愚かな鴻巣よ。
ダ・サイタマは頬の贅肉を揺らして微笑む。
他の市町村にも、正義が帝都にあることを示す良い機会かもしれぬ。
「吾輩は民を本気で思っている。利便性を考えて免許センターがある場所に相応しいのはどこか再考すべきとな。埼玉全土の民がわざわざ鴻巣市まで行く苦労を思うと胸が痛い。遠方の民はそれこそ免許取得が大遠征となってしまう」
「それで、ダ・サイタマ様はどうされるおつもりで?」
「与野よ、至急、埼玉全土の市町村にアンケートを取れ。運転免許センターは鴻巣市にあった方が良いか、それとも帝都さいたま市にあった方が良いかだ」
「……承知しました」
こうして前代未聞のアンケートが実施される運びとなった。
埼玉国すべての市町村に問う、
『運転免許センターを帝都さいたま市へ移設すべきか?』
アンケート実施の報告を受けて、鴻巣は笑っていた。
その顔には自信が溢れている。
「なんだこのアンケートは。愚問だな」
運転免許の玉璽は代々鴻巣が管理し、免許センターを運営してきた。
他の市町村も、その重みを理解しているはずだ。
全会一致……とはいかなくても、圧倒的多数で鴻巣が支持されるだろう。
数日後。
ダ・サイタマの手元に急遽実施されたアンケートの集計結果が届けられた。
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賛成:42
反対:21
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ダ・サイタマは今回、裏で操作などまったくしていない。
質問の仕方や権力によって、結論を誘導するような根回しは一切しなかった。
無論、アンケートは匿名だったが、反対票を投じること自体に圧力を感じる市町村もあったかもしれない
だが一応は、アンケート結果は民意の結果だといえる。
帝都さいたま市に免許センターがあれば、多くの市町村からアクセスが良くなると考える。
鴻巣市の伝統や歴史よりも、自分たちの利便性を優先する市町村が多かったということか。
ダ・サイタマは、そう解釈した。
集計結果に目を通したダ・サイタマは、満面の笑みを浮かべる。
「これが民意の形だ。埼玉国民は免許センターを帝都さいたま市へ移すことを望んでいる。吾輩はその意思を尊重したいと思う」
「……それは」
聞いていた与野は、民意という大義名分をわざとらしく振りかざすダ・サイタマに言葉が詰まった。
――いいのか、これで。
「与野よ、この結果をすぐに鴻巣へ届けてやれ。多数決で決まったのだ」
「……多数決は万能ではありませんが」
「何を言うか。これぞ民主主義。鴻巣も否定できまい。がっはっは!」
王座の間に高らかな笑い声が響く。
その場に居並ぶ官僚たちのほとんどが同調せずに沈黙していた。
一部のダ・サイタマに媚びる取り巻きだけが慌てて声を上げる。
「さすがダ・サイタマ様!」
「まことに、その通りでございます!」
「平和的解決でございますな!」
ダ・サイタマはひとしきり勝ち誇るように笑った後、与野に告げた。
「しかし鴻巣にも準備があるだろう。三日の猶予を与える。与野よ、三日以内に運転免許の玉璽をレターパックで帝都へ送るよう通達せよ!」
「……承知しました」




