第13話:埼玉人は運転免許取得の為に鴻巣市へ
埼玉国民の忠誠を結集する神器(埼器)、さいたまオーブ(埼の玉)にひびが入った。
数センチほどの亀裂だが、それでも無視できない異常事態だった。
埼玉の王ダ・サイタマは、急いで埼玉全土のホームセンターから最も強力な接着剤を取り寄せた。
神官長はまるで重大手術に臨む執刀医のように、額に汗を滲ませながら慎重にひびに接着剤を塗布して塞いだ。
しかし修復したとしても、ひびそのものを無かったことにできるわけではない。
さいたまオーブの傷が、埼玉国にどのような影響を及ぼすのか。
表向きは、世の中は何も変わっていない。
少なくとも、今のところは。
この件は、その場に居合わせた岩槻とオーブを安置する氷川神社の神官団、そして他のさいたま四天王にだけ知らされた。
彼らに対し、ダ・サイタマは他言しないよう厳命した。
――何故、さいたまオーブにひびが入ったのか?
『埼玉国そのものが、王に何かを訴え始めたのではないでしょうか?』
岩槻に言われたその言葉の意味を、庁舎の王座の間の玉座に腰掛けたダ・サイタマは考える。
だが依然として、さいたまオーブにひびが入った原因は不明だった。
ダ・サイタマを悩ませる懸念は他にもあった。
先日、川口から報告を受けた、三郷ジャンクションに現れた賊徒。
その一人が拳銃を所持していたという。
何故、賊徒がそのような武器を持っていたのか。
この件は与野に調査を一任してある。
帝都に搬送されたその拳銃を精査中なのだが、やはり目を引くのは見慣れない刻印。
埼玉国では見かけない刻印だった。
拳銃はそう簡単に密造できるような代物ではない。
もしかしたら拳銃は、埼玉国外からの出所物なのでは……
にわかには信じがたい仮説だった。
与野には引き続き調査を命じてある。
「失礼いたします」
王座の間へ、大宮が入ってきた。
「ダ・サイタマ様。本日もご機嫌麗しゅうございます」
「うむ」
返事はしたものの、ダ・サイタマはどこか上の空だった。
しかし大宮は、あえて触れない。
それよりも今日は以前から願い出ていた用件がある。
「かねてから申請しておりました通り、本日は有給休暇を頂戴し、私は帝都を離れます」
「ああ、そうだったな」
有給休暇の理由を詮索するのは野暮というものだ。
しかし“帝都を離れる”という言葉が妙に引っかかった。
「どこか、日帰り旅行でもするのか?」
「はい。鴻巣市へ行って参ります」
「……鴻巣市? それはまた遠方だな。花まつり、コスモスフェスティバルの時期だったか」
「いえ、運転免許センターへ行って参ります」
「は……?」
ダ・サイタマは間の抜けたような声を漏らす。
「私も車の運転免許を取得しようと思いまして。今まで私の管轄は交通網が発達しておりましたので、車を運転する必要がありませんでした。しかし今後を考え、以前から教習所へ通っていたのです。それで先日、無事に卒業いたしまして。残すは鴻巣市の運転免許センターで学科試験を受けるのみとなりました」
「待て待て、車の運転免許は教習所を卒業すれば取得できるのではないのか?」
ダ・サイタマは王の身分であるが故に、外出の際は常に従者が車を運転する。
自らハンドルを握ったことは一度もなく、車の運転免許の取得制度については知らなかった。
「教習所は実技試験のみです。卒業後、最後に鴻巣市の運転免許センターで学科試験に合格して初めて免許が交付されます」
「……ではなんだ? 埼玉国民は皆、免許取得の為に鴻巣市へ行く必要があるというのか?」
「はい、そうです」
「例えば……秩父地方の山間部の者も、南部や東部の埼玉国境付近の者も?」
「はい。もしかしたら埼玉の民は、この帝都さいたま市よりも、鴻巣市へ訪れる数の方が多いかもしれませんね」
ダ・サイタマは言葉を失っていた。
そんな……面倒な話があるか……。
ダ・サイタマは気に入らなかった。
鴻巣市は埼玉国民の運転免許取得という、人生の節目を握っている。
その事実はまるで、帝都さいたま市を出し抜いているようにさえ感じられた。
「……非効率だな。苦労に耐えん。 遠方の民は往復だけで1日を費やすではないか」
「はい、それはそうですね」
「帝都に運転免許センターを置けば済む話ではないか」
「それはできません。運転免許センターを開設するには、『運転免許の玉璽』が必要です。それは埼玉国には唯一無二の代物で、鴻巣市が代々所有管理しているのです」
ダ・サイタマは玉座から立ち上がり、高らかに宣言した。
「ならば鴻巣市から運転免許の玉璽を接収し、この帝都さいたま市に運転免許センターを移設する!」
「なんとぉー!?」




