第11話:さいたまオーブに不吉な兆候
それは昼時のことだった。
庁舎の王座の間で、玉座に深く腰を沈めていた埼玉王ダ・サイタマは、配膳担当の従者を前に昼食に何を用意させるか思案している。
どれどれ、たまには庶民の食でも口にしてみるか。
肉なら『安楽亭』。
魚なら『がってん寿司』。
ラーメンなら『日高屋』。
中華なら『ぎょうざの満州』。
イタリアンなら『るーぱん』。
うどんなら……まあ『山田うどん』でいいだろう。
「昼食は山田うどんにする」
「はっ! ではすぐに全店舗の中で、最も出来の良い一杯を運ばせます」
そう言って従者が退出する。
ダ・サイタマは満面の笑みを浮かべた。
まことに、埼玉国は数々の優れた外食チェーン店を創出してきたものだ。
その恩恵を、埼玉の民は感謝するがよい。
荒々しい足音。
王座の間の後方、重厚なカーテンが勢いよく開かれる。
「ダ・サイタマ様! 異常事態でございます!」
四天王の岩槻だった。
髪は乱れ、呼吸も荒い。
「何事だ? 騒々しい」
岩槻は一度、呼吸を整えてから答えた。
「氷川神社の最深部、彩宮に安置された、埼の玉に損傷が見つかりました」
ダ・サイタマが不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「損傷とは何だ? 具体的に申せ」
「神官たちが定例の巡視を行っていた際、埼の玉の表面にひびを発見したとのこと」
「何……だと……?」
ダ・サイタマの表情が、重く険しいものになる。
埼の玉。
埼玉国に伝わる三種の神器(埼器)のひとつである。
埼玉国民の忠誠を結集する至宝であり、絶大な影響力を持つ。
その埼の玉に、ひびが入っただと……。
まさに前代未聞の非常事態だった。
昼食の山田うどんのことなど、もはや頭の片隅にもない。
ダ・サイタマは玉座から勢いよく立ち上がった。
「直ちに彩宮へ向かう!」
怒号が王座の間に響くと従者たちは一斉に動き出し、王専用の輿車を持ってくる。
ダ・サイタマが乗り込むと、岩槻が先頭に立ち、氷川神社へと急いだ。
大宮公園に隣接する武蔵一宮氷川神社。
埼玉国の各地に数多く存在する氷川神社の総本山である。
それ故に霊脈が凄まじく、埼玉三種の神器(埼器)も、ダ・サイタマはここに安置し、神官たちに管理させていた。
ほどなくして、ダ・サイタマを乗せた輿車が到着する。
「ダ・サイタマ様のお成りーっ!」
先頭の岩槻が境内に声を響かせると、待ち構えていた神官たちは一斉にひざまずき、頭を垂れる。
神官長が一歩前に出た。
「ダ・サイタマ様、本日はここまでご足労いただき――」
「前置きなどどうでもよいわ! すぐに彩宮へ案内いたせ!」
「ははっ!」
神官たちが慌てて先導する。
一同は本殿の奥、さらにその地下、氷川神社の最深部の彩宮へ。
一部の者しか入れない埼玉国の聖域である。
ひんやりとした空気、肌を突き刺すような霊気で満ちていた。
突き当りまでやってくると巨大な鉄扉が姿を表す。
「埼玉ッ!!」
神官長がそう叫ぶと、重々しい音を立てて鉄扉が開いた。
目の前に広がる空間。
視界には円形の祭壇。
台座が3つ並び、その中央の台座には、緑に淡く煌めく直径20cm程の球体がある。
埼の玉である。
ダ・サイタマはゆっくりと歩み寄った。
埼の玉の表面を見た瞬間、息を飲んだ。
5cmほどの、細い亀裂が確認できる。
「……確かに、ひびが入っておるな」
ダ・サイタマのくぐもった呟きに、その場にいた全員が身をすくめた。
岩槻が近寄り、まじまじと埼の玉を見つめる。
「な、なんということでしょう」
絶句するしかなかった。
ダ・サイタマが振り返り、神官たちを睨みつける。
「正直に申せ、誰がやった? 嘘偽れば、一族ものとも皆粛清してやる」
神官たちは一斉にひれ伏した。
「我らには心当たりはまったくありません! 本日の巡視までは何の異常も無かったのです! 気づいた時にはすでにこのような状態でした!」
沈黙。
神官たちの怯えた顔、狼狽し、涙まで浮かべている。
演技には見えない。
「では何故、埼の玉にひびが入ったというのだ?」
やり場のない感情を吐き捨てるように、ダ・サイタマは悪態をつく。
岩槻は冷静にダ・サイタマの横顔を見つめていた。
普段は決して見せない焦りの表情。
どれほど強大な権力を振りかざそうとも、王自身もまた、埼玉という巨大な意思に支配されているのではないか。
そんなことすら感じさせる。
「ひびを塞げ!」
突如、ダ・サイタマは怒鳴り声をあげた。
「埼玉全土のホームセンターへ問い合わせて、一番強力な接着剤を持ってこさせよ!」
神官たちは固まる。
「……接着剤、でございますか?」
「そうだ! カインズでもビバホームでも島忠でもセキチューでも、どこでも構わん!」
神官たちが慌てて走り出した。
ダ・サイタマは更に叫ぶ。
「色付きは駄目だ。透明なやつにしろ!」
神官が一人残らず彩宮を飛び出した後、岩槻は冷ややかに言った。
「ダ・サイタマ様、埼の玉は神器(埼器)です。接着剤など、軽々しく手を加えるのはどうかと……」
ダ・サイタマは黙っていた。
しばらくの静寂の後。
「岩槻よ、お前はどう見る?」
ダ・サイタマにそう問われ、岩槻は考えた。
何故、埼の玉にひびが入ったのか。
誰かが傷つけたのでなければ、自然現象なのか。
原因は分からないが――
「恐らく……埼玉国そのものが、王に何かを訴え始めたのではないでしょうか?」
岩槻のその言葉に、ダ・サイタマは唸るようにして首を傾げた。




