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透明の心臓【外典】  作者: 水瀬 悠里
Ⅴ【外典】終焉の環

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プロローグ|第1章

※本編とは異なる【外典】となります。重く、切ない展開を含みますので、ご自身の心の状態に合わせてお読みください。

プロローグ


花が咲き乱れ、木々にたくさんの実がなる季節がやってきた。今日は、あたしが務める学校の運動会。


二ヶ月前から、子どもたちは懸命に練習を重ねてきた。その中に、新一年生になったノヴァの顔もある。


「僕、鼓笛隊の隊長をするんだ」

その時の少し誇らしげな笑顔を思い出す。


そしていま、鼓笛隊の先頭で指揮をとるノヴァが、観客席のあたしを見つけて全力で手を振った。つられて会場中に笑顔が広がる。


「慧吾も、来られたらよかったのにな……」

あたしも笑いながら手を振り返し、胸の奥で小さく呟いた。でも、すぐに首を振る。


──きっと、彼は見ている。

ノヴァの光を、感じている。


「あの時の慧吾、すごく嬉しそうだったな」

思い出すたび、胸の奥がじんわりと温かく、同時に痛む。


同じ“光の心臓”を持つ者同士だからなのか、あたしにはわかっていた。慧吾の命の光が、少しずつ削れ始めていることを。


そのたびに涙が溢れそうになる。けれど、彼が渡した半分の命は、いま目の前のノヴァに確かに宿っている。


弾み、煌めき、そして穏やかに流れるその明るい命は、慧吾が選んだ“環の形”だ。


慧吾は決して、後悔などしていない。「行け」とあたしを救ってくれた時から、そして、風前の灯だった幼い命をつないだあの時から──彼はそれを、宿命として抱いてきたのだ。


「つぎは、新一年生のリレーです」

アナウンスの声に我に返り、あたしは慌てて涙をぬぐって持ち場へ駆け出した。



昼休みを迎えた頃、丘の向こうから諒介が駆けてくる。その顔は青ざめていた。


「……また、慧吾が倒れた」


あたしの胸が一瞬で締めつけられる。

「来てくれてありがとう。慧吾の意識は?」


「辰彦と哲平がついてる」

短くそう言う諒介の目に、焦りが滲んでいた。


胸の奥に痛みが走る。

──あまり、よくない。それでもあたしは動けなかった。


「慧吾は、何かを感じ取ってるのね」

自分に言い聞かせるように呟いた。


今日だけは、ここを離れるわけにはいかない。慧吾も、きっとそう言うだろう。


「おおー、やってんなー!」


風と一緒に、聞き慣れた声が戻ってきた。大きな包みを抱えたジャックだ。


「おかえり、ジャック!」


「ちと、コレ集めんのに手間取っちまった」

彼は照れたように頭をかき、袋を持ち上げた。


「坊やの活躍、みんな見てねぇのか?」


諒介が受け取りながら笑う。

「そのうち来るさ。……ほら、まずは一緒に見ていこうぜ」


子どもたちの歓声と、花の香りを乗せて、春の風がやさしく吹き抜けていった。




第1章 黄昏の邂逅


「眠ったわ」

あたしは慧吾の部屋のドアを静かに閉め、皆の待つ部屋へ戻った。


「こっちもだ」

ジャックがノヴァの部屋から出てくる。


「……まさか、慧吾……」


ジャックの声がかすれる。あたしは頷き、言葉を探した。


「……そう。ノヴァに命を分けた影響が、少しずつ……」


最後まで言えなかった。嗚咽が込み上げて、喉の奥で途切れる。


「嘘だろ……俺が、もっと早く……」

ジャックの拳が震えている。


「いや、ジャック」

諒介が静かに言った。

「慧吾は、そういうやつだ。お前が悔いることなんて、ひとつもない」


哲平は黙って背を向け、袖で涙を拭った。辰彦がゆっくりと口を開く。


「こうは考えられんかのう。あやつはワシらと同じ、ただの“人間”に戻っただけじゃと」


その言葉には、時間をかけて自分に言い聞かせてきたような、静かな重みがあった。


ジャックが唇を噛む。

「……外じゃ、SIGMAがさらに幅をきかせてやがる……」


「だから、なのよ」

あたしは風の異変を感じ取っていた。慧吾もきっと同じだ。


「慧吾の心臓が呼応してる。倒れるのも、たぶんそのせい」


「話してくれ、ジャック」

諒介が前のめりに言う。

「お前は、ずっとSIGMAを追っていたんだろう?」


ジャックの目が見開かれる。

「なんで……」


哲平が続ける。

「わかってたよ。お前がただの放浪をしてたわけじゃないって」


「最近は、よう“イングリッシュ”を使わんしな」辰彦が小さく笑う。


「……全てバレてるな、ジャック」


不意に、閉まっていたドアが開く。慧吾が、そこに立っていた。


「慧吾!!」

あたしは駆け寄って彼を支える。頬はまだ青ざめていた。


「ごめん、騒がしくして」


慧吾は息を整えながら言う。

「いや……懐かしい声がしたからな」


ジャックが堪えきれず、慧吾の肩を抱きしめる。「俺が……」


「いいんだ、ジャック。それより──聞かせてくれ」


慧吾が穏やかに微笑み、ジャックに支えられて椅子に腰を下ろす。ジャックは深く息を吐き、タバコを取り出して……火をつけずに、また戻した。


夜の風が、静かに部屋を撫でていった。

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