エピローグ
春の陽射しに近い柔らかな光が、ソムニウムの家々の屋根に差し込んでいた。
窓際に座るノヴァの髪は、すっかり金の色を取り戻していた。
塔から落ちた夜、灰にまみれて失われていた色──けれど今は、陽の光を吸い込むように明るい金。
頬もほんのり丸みが戻り、目元は幼い子どもの柔らかさを帯びていた。
リリカがそっと笑う。
「ノヴァ、ちょっと髪、切ろっか。 長くて、目に入っちゃうでしょ」
ノヴァは膝を揺らしながら嬉しそうに頷いた。
「きって! きって! りりかにきってほしい!」
「はいはい、ちゃんと座ってね」
小さな背中がちょこんとまっすぐになる。窓辺で風が揺れ、金色の髪をそよがせた。
リリカは布を肩にかけ、指先でそっと髪をすく。
一房ごとに光がこぼれた。
「きもちいい……」
「ふふ、よかった」
慧吾は壁にもたれて、静かにその光景を見ていた。
ノヴァが生きて笑っている。それだけで胸の奥があたたかい。光が半分に減った夜から、慧吾は毎日、この光景を夢見ていた。
けれど──その胸の奥には、別の感覚も芽生えていた。
“風が抜けるような、空洞”。
「命を分けた」ノヴァの、光が伸びゆくその影で、何かが欠けた、奇妙なゆらぎ。
金色の髪が落ちるたび、慧吾の視界もふっと揺れる。
思わず額に手を当てた。
(……また、少し……)
立ちくらみのような薄い眩暈。胸の光が、呼吸のたびにふっと弱まる。
ジャックが横目で見た。
「……おい。まだ無茶してんのかよ」
「無茶はしていない」
「じゃあその顔色はなんだ。生きてねぇ」
慧吾は目をそらし、息を整えた。
「……少し“揺れる”だけだ」
ジャックは舌打ちした。
「その“少し”がいちばん信用ならねぇんだよ、お前は?」
慧吾は何も言わなかった。
けれどその沈黙が、誰よりも彼の状態を物語っていた。
「けいごー!」
ノヴァが髪の切れ端を持ちながら嬉しそうに走ってきた。
「みて! きんのかみ、かるくなったよ!」
慧吾はしゃがんで目線を合わせた。
「……似合ってる」
ノヴァは満面の笑み。
「りりかがきってくれた! ぼくね……また、“ひかる”ってかんじがする!」
慧吾の胸の奥の光が、反応するように一瞬だけ強く脈を打つ。ほんのわずかに表情が曇るのを、慧吾は見せないようにしていた。
風がノヴァと慧吾の間をすり抜けた。
リリカはその気配を感じ取り、小さく息を呑んだ。
(……やっぱり…… ノヴァが笑うと、慧吾の光が……揺れる)
「慧吾」
リリカが柔らかな声で名前を呼んだ。
「あとで……ノヴァと一緒に、ごはん食べようね。 外で食べたら、きっと気持ちいいよ」
慧吾は小さく頷いた。
けれどその手の指先は、少し震えている。
ジャックはそれに気づいて眉をひそめた。
「……あいつ……」
「……うん……」
ジャックとリリカは、それ以上言えなかった。視線が静かに交わる。
慧吾は気づいていないふりをした。
切り落とされた金色の髪が、窓辺から一筋の風に乗って舞い上がる。
ノヴァが指差して笑う。
「かぜ、はこんでる!」
慧吾も、その風を見つめた。
胸の奥の光が、かすかに疼く。
(……ノヴァがいる限り、俺は……まだ……歩ける)
風が、優しく二人の頬を撫でた。
その風はまだ細く、不安定で──けれど確かに“生きていた”。
やっと明るさを取り戻した、ソムニウムの空の下で。
Fin.




