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透明の心臓【外典】  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ【外典】ダーク・ハート

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エピローグ

春の陽射しに近い柔らかな光が、ソムニウムの家々の屋根に差し込んでいた。


窓際に座るノヴァの髪は、すっかり金の色を取り戻していた。


塔から落ちた夜、灰にまみれて失われていた色──けれど今は、陽の光を吸い込むように明るい金。


頬もほんのり丸みが戻り、目元は幼い子どもの柔らかさを帯びていた。


リリカがそっと笑う。


「ノヴァ、ちょっと髪、切ろっか。 長くて、目に入っちゃうでしょ」


ノヴァは膝を揺らしながら嬉しそうに頷いた。


「きって! きって! りりかにきってほしい!」


「はいはい、ちゃんと座ってね」


小さな背中がちょこんとまっすぐになる。窓辺で風が揺れ、金色の髪をそよがせた。


リリカは布を肩にかけ、指先でそっと髪をすく。


一房ごとに光がこぼれた。


「きもちいい……」


「ふふ、よかった」


慧吾は壁にもたれて、静かにその光景を見ていた。


ノヴァが生きて笑っている。それだけで胸の奥があたたかい。光が半分に減った夜から、慧吾は毎日、この光景を夢見ていた。


けれど──その胸の奥には、別の感覚も芽生えていた。


“風が抜けるような、空洞”。


「命を分けた」ノヴァの、光が伸びゆくその影で、何かが欠けた、奇妙なゆらぎ。


金色の髪が落ちるたび、慧吾の視界もふっと揺れる。


思わず額に手を当てた。


(……また、少し……)


立ちくらみのような薄い眩暈。胸の光が、呼吸のたびにふっと弱まる。


ジャックが横目で見た。


「……おい。まだ無茶してんのかよ」


「無茶はしていない」


「じゃあその顔色はなんだ。生きてねぇ」


慧吾は目をそらし、息を整えた。


「……少し“揺れる”だけだ」


ジャックは舌打ちした。


「その“少し”がいちばん信用ならねぇんだよ、お前は?」


慧吾は何も言わなかった。


けれどその沈黙が、誰よりも彼の状態を物語っていた。


「けいごー!」


ノヴァが髪の切れ端を持ちながら嬉しそうに走ってきた。


「みて! きんのかみ、かるくなったよ!」


慧吾はしゃがんで目線を合わせた。


「……似合ってる」


ノヴァは満面の笑み。


「りりかがきってくれた! ぼくね……また、“ひかる”ってかんじがする!」


慧吾の胸の奥の光が、反応するように一瞬だけ強く脈を打つ。ほんのわずかに表情が曇るのを、慧吾は見せないようにしていた。


風がノヴァと慧吾の間をすり抜けた。


リリカはその気配を感じ取り、小さく息を呑んだ。


(……やっぱり…… ノヴァが笑うと、慧吾の光が……揺れる)


「慧吾」


リリカが柔らかな声で名前を呼んだ。


「あとで……ノヴァと一緒に、ごはん食べようね。 外で食べたら、きっと気持ちいいよ」


慧吾は小さく頷いた。


けれどその手の指先は、少し震えている。


ジャックはそれに気づいて眉をひそめた。


「……あいつ……」


「……うん……」


ジャックとリリカは、それ以上言えなかった。視線が静かに交わる。


慧吾は気づいていないふりをした。


切り落とされた金色の髪が、窓辺から一筋の風に乗って舞い上がる。


ノヴァが指差して笑う。


「かぜ、はこんでる!」


慧吾も、その風を見つめた。


胸の奥の光が、かすかに疼く。


(……ノヴァがいる限り、俺は……まだ……歩ける)


風が、優しく二人の頬を撫でた。


その風はまだ細く、不安定で──けれど確かに“生きていた”。


やっと明るさを取り戻した、ソムニウムの空の下で。


Fin.

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