表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明の心臓【外典】  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ【外典】ダーク・ハート

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/18

第11章 帰る風

街の門番が最初に気づいた。


朝もまだ明けきらぬ薄明の中、霧のような風を切って──小さな“影”が揺れながら歩いてきた。


ふらふらと、今にも倒れそうな足取り。だが、止まらなかった。


「……お、おい……誰か来てくれぇ!! 子どもだ!!」


その声に、街はざわめき立った。


慧吾の胸が“跳ねた”。


(……来る)


外套を掴む手が微かに震える。風の流れが、胸の奥の光が、一つの方向を指し示していた。


ジャックが慧吾の横に立つ。


「……まさか」


慧吾は答えず、ただ全力で門へ走った。


広場に辿りついたとき――人々が囲むその中心に、痩せた小さな身体が横たわっていた。


すすけた髪。泥にまみれた手足。ぼろぼろの靴……いや、片方はもうなかった。


慧吾の足が止まる。


胸の奥が痛むでもなく、光るでもなく──


空いた欠片が、そっと埋まる感覚があった。


リリカが駆け寄り、その子の肩を抱き起こした。


少年のまぶたが震え、ゆっくりと開いた。


薄い灰色の瞳。記憶の色を失った空のような目。


少年はぽつりと呟いた。


「……あったかい……」


その一言で、リリカの瞳から涙が落ちた。


「……ひかり……よんでた…… がんばって……きた……」


慧吾の胸が強く鳴った。


(──やっと見つけた)


ジャックが後ろで小さく息を吐いた。


「生きて……たか」言葉はそっけないのに、声だけは震えていた。


リリカは涙で笑った。


「お名前、わかる……?」


少年は少し考えるように目を細め、首をかしげた。


「……の……?」


慧吾の息が止まりそうになった。


(覚えていない……?)


少年は震える声で続けた。


「……“ノヴァ”……って……ひかりのなかで…… だれかが……よんだ…… きがする……」


リリカの涙が溢れた。


「そう……そうよ…… あなたはノヴァ。 ノヴァなのよ……!」


ノヴァは困ったように微笑んだ。


「ぼく……ノヴァ……なんだ……?」


慧吾の胸の奥に、風がそっと吹き込んだ。


失われた記憶。悲しみと、それでも帰ってきてくれた喜び。


どちらも混ざって胸に押し寄せた。


ノヴァは慧吾を見た。不思議そうに、じっと見つめた。


「……あなた…… なんだか……しってる……あったかい……」


慧吾の喉が震えた。ノヴァは小さく呟く。「……ぼく……ここにいても、いい……?」


慧吾はゆっくりと膝をつき、その小さな頭を、大きな掌で包む。そしてその問いに、深く頷いた。


「──当たり前だ、ノヴァ。 ここがお前の居場所だ」


ノヴァの瞳がまた涙で滲み、それでも、笑顔を作る。


その涙を見た瞬間、慧吾の胸の空洞に、ようやくわずかな“風”が戻った。


その日、ソムニウムに新しい朝が訪れた。


エコーズの影は遠のき、塔の脈動は静まり返り、街はゆっくりと息を取り戻す。


そして皆、知っていた。


この小さな命が戻り、この街にも、慧吾にも、風がふたたび吹き始めたことを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ