表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明の心臓【外典】  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ【外典】ダーク・ハート

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/18

第8章 ひかりの形

指先は、届かなかった。


ノヴァの小さな背中が、塔の闇の中へと吸い込まれていく。

ふらつきながらも駆け上がる足音だけが、石の階段に反響していた。


「ノヴァ……!!」


慧吾は、崩れ落ちた体を無理やり引きずり起こそうとした。

だが、胸の光がひときわ強く脈を打つたび、視界が白く弾ける。


「く……っ!」


手が、地面の砂を掴んだ。


その肩を、ジャックが乱暴に掴む。


「動くな!お前が死ぬぞ!」


「離せ……ノヴァが……!」


「行けねぇんだよ!」


ジャックが歯を食いしばる。


「見ろ!」


崩れた塔の入口。

そして、その奥──

階段の先にも、ひび割れた石がむき出しになり、

足場は子どもの体重しか支えられないほど脆くなっていた。


「大人が乗ったら、まとめて崩れ落ちる。

 ……あれは、ガキしか通れねぇ道だ」


塔そのものが、

ノヴァひとりだけを呼んでいる。


慧吾の指先から、力が抜けた。


(……また、ひとりで行かせるのか)


あの日、誰にも救われなかった自分と同じように。

今度は、自分が、救えない側にいる。


胸の奥が、焼けるように痛んだ。



塔の内部。


ノヴァは、息を切らしながら狭い階段を登っていた。


足元が揺れる。

壁の石が泣くように軋む。


でも──止まれない。


(いそがなきゃ……

 ぼくが……まにあわなかったら……

 また、けいごが……いたいの、がまんして……)


胸が、熱い。


“戻れ。壊せ。混ざれ。帰ってこい”


叫び声が、頭の中でぐるぐる回る。

それなのに──


(……ぼく、やだ。

 みんなをこわしたくない。

 ぼくの中にいる“これ”が、いやだ)


涙を拭う暇もなく、

ノヴァはさらに上へ向かった。


螺旋階段を抜けた先──


そこは、塔の心臓部だった。


天井は砕け、夜空が近かった。


塔の中心には、

白と黒の光が渦を巻いている。


地の底から伸びてきたような黒い脈動と、

ソムニウムの風が孕んだような白い光。


それらがぶつかり合い、

空気そのものを軋ませていた。


ノヴァの胸が、激しく唸る。


「……ここ……」


ノヴァは、その瞬間、理解した。


(ここが、“ぼくの中のこれ”の……

 かえりたい場所なんだ)


足元が震える。

塔がノヴァを中心に、呼吸するように揺れている。


ノヴァは、震える手で自分の胸を押さえた。


「ぼくは……。

 ここに……いたい。

 でも……“これ”は……」


顔を上げる。


渦が、ノヴァを見つめ返すように脈動した。


「ぼくが、つれていくよ」


塔の下。


慧吾の胸が、焼け付くように痛んだ。


「ッ……!」


地面に手をつく掌が震える。

中から、何か大切なものが剥がされていくような感覚。


「……ノヴァ、なにを……」


ジャックが奥歯を噛み鳴らす。


「上だ……塔の中枢で、何かやってやがる……!」


その時。


街全体が、ぞくりと震えた。


塔の頂上。


ノヴァは、光の渦の目の前に立っていた。


黒い影が囁く。


“壊せば楽になる。

全部、終わらせろ。

もともとお前は、そう創られた”



ノヴァの喉が震えた。


(そう……なんだ)


自分が何者かなんて、

本当は最初からわかっていた。


βの欠片。

吸い込んだ、闇。

ちぎり取った命。


でも――


胸の中に浮かぶ顔があった。


けいご。

りりか。

ジャック。

たっつぁん。

てっぺー。

りょうすけ。


(ぼくは……「ノヴァ」だ)


ひとりぼっちじゃない。

名前を呼ばれた。

抱きしめられた。

「ただいま」と言える場所をもらった。


だから、大丈夫。


ノヴァは、一歩、渦の中へ踏み込んだ。


胸が焼けつく。


「いた……いっ……!」


両膝が折れそうになる。


それでも、両腕を広げた。


「ぼくが……

 いま、かえしにいくよ」


声は震えていたけれど、

言葉だけはまっすぐだった。


「まちも……

 みんなも……

 けいごも……だいすきだから……」


涙が、頬から光の中へ落ちていく。


「ぼくがいなくなったら、

 けいご……きっと、いたくなくなる。

 だから……」


ノヴァは、笑った。


子どもの顔で。

でも、どこまでも覚悟を孕んだ笑みで。


「……さよなら、は、いわないよ。

 “いってきます”だから」


光が弾けた。


塔の外。


夜空が裂けた。


白と黒の光が混ざり合い、

巨大な柱となって天へと駆け上がる。


慧吾とジャックは、その直下で吹き飛ばされた。


「くそっ!!」


ジャックが地面を転がりながら、慧吾を庇う。


耳をつんざく轟音。

塔が嬌声を上げる。


「ノヴァ!!」


慧吾の叫びは、風に飲まれていく。


塔の先端が、

ゆっくりと──そして、あまりにあっけなく折れた。


砕けた石と一緒に、

光の塊が夜空へ散る。


リリカが駆け込んできたのは、その直後だった。


「慧吾!! ジャック!! ノヴァは──」


目の前で崩れ落ちる塔の先を見て、

膝が抜けた。


「……いや……いや……いやだ……ノヴァ……!!」


崩れた石のどこを探しても、

小さな身体は見つからない。


夜空だけが、

まだ残響のように白く揺れていた。


その時。


ひとつだけ、

形を保ったままの光の欠片が現れた。


小さな、小さな光。


それは塔の上から滑り降りるように、夜空を斜めに走り──

街の外れの闇へ向かって飛び去っていった。


それに気づいたのは、ジャックだけだった。


「……あ……?」


息が止まる。


(今のは──)


ただの光ではない。

“帰り道”を覚えている光だ。


ジャックは、誰にも聞こえない声で呟いた。


「……あいつは、大丈夫だ」


慧吾は地面に手をついたまま、

砕けた塔と空だけを見上げていた。


胸の奥で、

光がかすかに脈を打つ。


痛みと共に。

けれど、完全な喪失ではない何かを孕んで。


風が吹いた。


泣いているような、

でも、どこか抱きしめるような音で。


リリカは嗚咽の合間に、かすれた声で問う。


「……ノヴァ……!!」


リリカの呼び掛けに、慧吾は答えられなかった。


ただ、胸の奥に残った微かな光に手を当てる。


(……お前は……どこまで行っても、俺の“風”の中だ)


声にならない言葉が、

夜の闇に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ