表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明の心臓【外典】  作者: 水瀬 悠里
Ⅳ【外典】ダーク・ハート

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/18

第7章 塔の心臓に触れる影

※作者より


物語には、ここから分岐した、もうひとつの流れがある。

それは、“もしもあの日、彼の手が届かなかったら。”“もしも違う運命が、回り出したなら。”という、別の風が吹いた世界。

私はこれを、『透明の心臓【外典】』 として紡ぐ。


(これより前のお話は、「透明の心臓」ⅠからⅣ-6までをお読みください。)

塔は、夜の闇に沈みながら――まるで巨大な心臓のように、脈動していた。


ノヴァの小さな足が石段を駆け上がるたび、その脈は強まり、風が塔の周囲を巻き込み、古い瓦礫が震えた。


「……やだ……でも……いかなきゃ……」


ノヴァの声は震えている。涙で視界が滲んでいる。


それでも足は止まらない。


胸の奥で鳴り続ける声があった。


“戻れ。壊せ。混ざれ。帰ってこい。”


声が重なり、揺れ、ささやき、叫ぶ。ノヴァには意味がわからない。でも──


その声が 慧吾の痛みと同じ“場所”から来ていることだけは、直感でわかっていた。


だからこそ、逃げられなかった。


塔の入口に辿りついた瞬間。


ノヴァの膝ががくんと落ちた。


「……いたっ……」


胸が激しく痛んだ。慧吾と同じ場所。同じように光り、同じリズムで脈を乱す。


“ひとつの心臓が、ふたつの身体に分かれたように。”


ノヴァは苦しさに涙を落としながら、震える声で呟いた。


「けいご……すごく……いたい…… ぼくも……おんなじ……いたい……」


塔の扉は静かに、音もなく開いた。


中は暗闇。冷たい石の匂い。そして、底から響く脈動の音――


ドン……ドン……ドン……


ノヴァの光と完全に同期していた。その中心へ――ノヴァが足を踏み入れようとしていた。


塔は、夜の中でも浮かび上がるほどに白く、その真下に近づくほど、胸の光が痛んだ。ノヴァが足を踏み入れると、塔がぐにゃりと揺れ、まるでノヴァを歓迎しているかのようだった。


(けいご……ごめんなさい……ぼく……ぜんぶ、こわした……)


ノヴァは涙をぬぐった。その顔は幼くても、決意の影があった。


慧吾は夜道をふらつきながらも走っていた。痛みはもはや波ではない。胸の光が、悲鳴そのものだった。


「ノヴァ……待て……!!」


ジャックが後ろから叫ぶ。


「慧吾!速度落とせ!!肺が破れるぞ!!」


慧吾は振り向かず、絞るように答えた。


「……“呼んでる”んだ……ノヴァが……!」


ジャックは舌打ちした。


「……あのガキ……自分のせいだと思ってやがる……!」


慧吾の心臓が一瞬で凍るような痛みを走らせた。


ノヴァが“自分が悪い”と感じている──それが慧吾の一番の恐怖だった。


慧吾は歯を食いしばり、胸を押さえながら走り続けた。


塔の根元に、ノヴァの小さな影が見えた。


慧吾は息が切れ、地面に倒れ込みそうになりながらも叫ぶ。


「ノヴァ!! 戻れ!!そこは危ない!!」


ノヴァは振り返った。涙で濡れた目。でも──笑った。


「……けいご……」


その声は震えていた。


「ぼくね……すっごく……こわかったの……こわい声がして……壊せって言って……まちがゆれて……それで……けいごが……すごく痛くて……ぼくが……全部……!!」


慧吾は首を振る。


「違う!!それはお前のせいじゃない!!共振は俺の──」


ノヴァは叫ぶようにかぶせた。


「だって!!……けいご……ぼくが呼んだら……痛がった……!!」


その瞬間、慧吾の呼吸が止まった。


(──あの日の俺と同じだ)


自分のせいで誰かが傷つく。だから自分はいない方がいい。その思考の落とし穴を、慧吾は痛いほど知っている。


「ノヴァ……聞け……お前は──」


そこまで言ったとき。


塔が鳴いた。


ゴォォ……ッ!


塔の奥底から、白と黒の渦が唸り声をあげる。ノヴァを呼ぶように。


ノヴァの髪が逆立ち、胸の光が共鳴して脈打つ。


「……呼んでる……ぼくの……なかの……“これ”が……また……暴れちゃう前に……ぼくが連れていかないと……!」


慧吾の叫びが夜に裂けた。


「ノヴァ!!お前がいなくなったら意味がない!!俺は──“お前に生きてほしい”んだ!!」


ノヴァの目が大きく揺れた。


涙がポロポロと、こぼれる。


「……ぼく……いきてて……いいの……?」


慧吾は駆け寄ろうとした。だが胸の痛みで足が折れるように崩れた。


「……ああっ……!!」


ジャックが叫ぶ。


「おい慧吾!!お前も限界だ!」


慧吾は地面に手をつきながら、叫びに近い声を絞り出した。


「ノヴァ……生きろ……お前がいない世界なんて……俺は望まない……!!!」


ノヴァは震えた。


けれど──笑った。


大粒の涙を湛え、悲しい、優しい、子どもらしい笑い方で。


「……ありがとう……けいご。だいすきだよ……」


そして──塔へと駆け上がる。細い細い、天へと続く尖塔へ。黒い渦の待つ、その先へ。


塔が、息をするように揺れる。その幼い姿を隠したまま、入口が大きな音を立てて崩れた。


慧吾は手を伸ばす。


「……ノヴァぁぁぁあッ!!」


その指先は、届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ