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透明の心臓【外典】  作者: 水瀬 悠里
Ⅴ【外典】終焉の環

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第6章|第7章

夜明けの風が、灰を攫っていった。

焚き火の跡が、まだわずかに赤くくすぶっている。その温もりを背に、あたしたちは塔へ向かった。


風の向きが変わった。血と砂の匂い。むせ返るような熱気が、砂嵐に紛れて吹きつけてくる。


「ああ、ここだな」


慧吾が長剣を地に刺し、砂を踏みしめた。

その目は、遠くに立つ巨大な塔を見据えている。

まるで山のような質量を持つその塔は、空の光を吸い込みながら、ゆっくりと呼吸をしていた。


「見えてきたな」

ジャックが低く呟く。

「ここから見りゃ、ただの山だ。だが近づくと、風が変わる」


慧吾は静かに頷く。

「……SIGMAの心臓部だ」


あたしは風の流れを感じながら思った。

塔の内部は、まるで“生きている”ようだった。

風が吸い込まれ、脈を打ち、吐き出す。それは、世界の巨大な心臓の鼓動のように。


慧吾が、長剣を支えに一歩前に出た。

「覚えている。俺も、ここで育てられた」

その声には、懐かしさと痛みが入り混じっていた。


諒介が目を見開く。元ソムニクスの彼もまた、何かに導かれるように前へ進む。


「おい!」

ジャックが止めようとするが、諒介は首を振る。「ここで終わらせなければならないんだ」


とたんに、周囲の砂が爆ぜた。影が蠢き、地面を這い上がってくる。それは──人の形をした“残骸”。無数のエコーズが、塔の周囲を守るように群がっていた。


「来るぞ!」

哲平が叫ぶ。


あたしたちは即座に陣を組み、慧吾の前に立った。慧吾に戦わせるわけにはいかない。


辰彦が拳を構える。

「お嬢さん!灯を!」


「わかった!」

あたしの胸の光が閃く。闇の中でその光を見たエコーズたちが、怯むように身を引いた。


「今だ!進め!」

ジャックが銃を撃ちながら叫ぶ。

火花が飛び、エコーズの頭部が砕け散る。

だが、倒しても倒しても再生する。その姿は、もはや“人”の形を留めていなかった。


慧吾が息を詰め、呟く。

「……再生を強制された者たちだ」


あたしは戦いながら理解した。これがジャックの言っていた“狂気の機構”。

壊されても、また立ち上がる。命を模倣する、終わりなき実験の成れの果て。


「行くぞ、リリカ!」

諒介の声に頷くと、あたしは慧吾の腕を支え、塔の入り口へ走った。


中に入った瞬間、空気が変わる。熱が消え、代わりに冷たい闇が肌を撫でた。


──そこは、胎内のような空間だった。黒い壁が呼吸をしている。足元の金属はぬめり、壁の奥からは心音のような音が聞こえる。


慧吾が目を細め、静かに呟く。

「懐かしい匂いだ……ここで、俺は生まれた」


その言葉に、あたしの背筋が凍る。諒介が続ける。「リリカ、気をつけろ。ここは“記憶”でできてる。 

侵入者の心を読み取って、幻を見せる」


次の瞬間、白い光が弾けた。あたしの目の前に、無数の“白い仮面”が現れた。


「ソムニクス……!」


囚われていたときの恐怖が、瞬時に蘇る。息が詰まり、手が震える。


「リリカ!」

慧吾があたしの手を掴む。

「お前の記憶は“作られた”ものだ。 だが、痛みは本物だ。恐れるな」


その手を握り返した瞬間、空間が軋んだ。仮面たちが一斉に悲鳴を上げる。白い牢の壁が波打ち、崩れ、あたしたちは足元を失った。


「逃げろ!!」

慧吾の声。直後、塔の奥で爆発音が轟いた。

衝撃波が吹き荒れ、あたしたちはくぼみへと身を投げた。


──視界が、暗転した。


◼◼◼◼


第7章 分断(静寂の章)


7-a リリカ


そこは、阿鼻叫喚の世界だった。


高い塔の内部に閉じ込められていた白い仮面たちは、落下の衝撃で動かなくなったものもいたけれど、意識のある者は迷わずあたしに牙を向けてきた。


「慧吾! 諒介!」


必死に仲間の名を呼ぶ。けれど声はすべて生きた壁に吸い込まれ、返事はない。


──わかる。あたしたちは、完全に分断された。


手を伸ばせば触れられた距離にいたはずなのに、塔がひとつ悲鳴をあげた瞬間、世界そのものがねじ切れたようにそれぞれが孤立した。


胸の奥の光が、痛みに似た鼓動で震えていた。


7-b 諒介


「リリカ! 哲平! 慧吾!!」


俺は襲い来るソムニクスの群れをねじ切り、引き戻しながら叫び続けた。ナイフを持つ指の感覚が薄れていく。


(塔そのものが、俺たちが侵入するのを見張っていやがった……)


悔しいほどに遅かった。慧吾は?リリカは?


胸の奥で不吉なものが跳ねる。


目の前のソムニクスを倒しても倒しても、塔の奥から湧き出すように現れてくる。


「くそ……リリカが光れない状態で……俺は……無力じゃねえか……!」


喉の奥で、悔しさと恐怖が同じ熱になって燃え上がった。


7-c 辰彦


「卑怯者めがァッ!!」


怒りに任せ、拳を振り上げる。戦いの古傷が悲鳴をあげても止まらなかった。


この期に及んで、なぜ老いぼれをこんな地獄へ引きずり込む。


(こんな所で……終われるか……)


7-d 哲平


「たっつぁん!! 生きてっか!!」


俺は拳が砕けようがどうでもよかった。壁を殴り、ソムニクスを殴り、血が飛び散っても構わない。


(また必ず会う……会うんだよ……!!)


心の中で叫びながら、現実ではソムニクスの数が増えていく一方だった。


慧吾……。諒介……。たっつぁん……。


誰ひとり、姿が見えない。


「頼む……!誰でもいい……返事してくれよ……!!」


叫びは虚空に消え、ただ塔の脈動だけが不気味にこだまを返していた。


7-e ジャック


「……だったらよ……」


ジャックの世界は、音を失いかけていた。


銃声だけが乾き、ソムニクスが倒れるたびに煙が散った。


「俺様を舐めるのも……いい加減にしろやァッ!!」


叫び、射ち、殴り、視界の端で崩れる塔の壁が落下していく。


だが、この狭い空間はジャックの動きを封じた。得意の間合いが取れない。足元は崩れていく。


「くっそ……慧吾……リリカ……哲平……」


胸がざわつく。


(頼む……俺が辿り着くまで……どうか……生きていてくれ……)


ジャックは血のついた拳を握りしめ、崩れていく塔の奥──慧吾がいるはずの方角を睨みつけた。

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