能力
今回はちょっと長めです。
───『能力』
それはフィナリエント帝国が開発した、最重要テクノロジー。
永久戦争とも呼ばれる戦いの中、劣勢に立たされた帝国が未だに戦争を継続できている最大の理由。
それがこの、『能力』開発だ。
帝国軍人は入隊と共に、とある特殊な遺伝子を組み込まれる。それは組み込まれた者に最も適する能力として発現する。
一人として同じ遺伝子を持つものはいない。だから、一人として同じ『能力』を持つものはいない。
この技術は帝国軍を著しく強化させた。
それは敗北の瀬戸際にあった永久戦争を拮抗させるまでには持ち直した。
しかしそれは、脱走兵たちによる犯罪率の増加ももたらした。
力を手にした者の優越。
それは力なきものへの暴力と自らの欲の達成へと向けられた。
彼女──レアリス・シャードバースが挙動不審な彼を見てすぐさま暴力による制圧を行おうとしたのも、そんな背景があってのことだった。
「───御名答。私の能力は蒼炎を身に纏うというものだ。私はそれを『蒼き煉獄』と名付けた」
レアリスは腰を少しだけ落とす。すると、彼女の軍服から蒼い炎が顕れる。
「ハッ、良い能力持ってんなァ」
あっという間に燃え広がったそれは軍服を包み込み、蒼き炎のコートへと姿を変えた。
「私の能力を見破ったことは褒めてやろう。その対策を思いつき、すぐさま行動に移したこともな。───だが…」
彼の打撃が当たらなかった理由。それはレアリスが熱をもって作り出した陽炎によって、光が屈折し、彼には実際の位置とズレて見えたからだ。
その攻略法は1つ。──最初からズラして殴る。
殆どビギナーズラックに近い手法。
繰り返しても勝ち目は薄いだろう。
彼が取ったのは、そんな方法なのだ。
「…私はもう貴様を侮らない。
全身全霊を持って───灼く………!!!」
ハッ…
彼は微かに笑みを漏らす。それは余裕ではなくそれは引き攣った笑み。
希望は薄いと理解った上の笑み。
しかし、諦めや安らかなそれとはまるで違う笑み。
「やってみろよなァ……三下ァァ!!!!」
それは生への執着の笑み。それは生き残ることへの渇望の笑み。
それは───生存へ向けた笑み。
「燃え尽きろ。『炎塵』……!」
離れた場所からでも彼女が腕を振るうのが分かる。
ゴォォォォォッッッ!!!!
視界を──否、世界を─────炎が舐めた。
それまで彼らがいた狭い路地が炎で覆い尽くされる。
「反則だろ───バカげた範囲だ」
迫りくる蒼炎。圧倒的な高温と破壊力を伴ったそれは、周囲の建造物さえ焦がす勢いだった。
「まともに相手に出来ないな」
彼は迷いなく背を向けた。
───逃亡。
彼の目的は唯一つ───生き残ること
先程の挑発もその布石と言っていいし、そもそも戦闘の意思などさらさらない。
それが己の生き残る道ならば。
それが己の生きる方法ならば。
背中を向けることに、逃げることに何の躊躇も抱かない。
「あの広範囲攻撃。あいつも蒼炎に視界が覆われてるはずだ」
彼はそんなふうに分析する。
彼女──レアリスが言った。彼女の『能力』は蒼炎を身に纏うことだと。
つまりレアリスが生み出すのは何の特色もない蒼炎、完全燃焼だと推測。ならばこちらから彼女が見えないように、彼女からもこちらが見えないのだと推測できる。
そこで、先程の挑発が生きてくる。あそこまで挑発して戦闘の意思を見せたのだ。まさか彼女も、自分を三下呼ばわりした者が敵前逃亡を図るとは思うまい。
「俺の反撃を恐れて迂闊に動けねえよな」
逃げ切るまでの時間稼ぎ。誤用でも正しい意味でも両方の意味での姑息。
およそ軍人向けの性格ではないが、戦場で『自分』の死に様を幾度となく見てきた彼にとってはごく当たり前の判断。
自分がどの程度で死ぬか理解っている。そんな彼だからこその判断だ。
走り回ること数分。路地を幾度も曲がり、あの軍人を撒いたあと。ようやく大通りへと繋がる道を見つけることができた。
大通りに出れば再び雑踏の中。多くの民間人がいればいかにバカげた威力と範囲での攻撃を実施しているあの軍人といえども火力を弱めざるを得ないはずだ。自分はその隙に民間人に紛れて逃げればいい。
「勝ったな────」
逃亡成功を半ば確信した───その時だった。
頭上で、何かが爆ぜる音がしたのは。
思わず天を仰ぎ見る。そして──絶句する。
そこには────蒼き炎と怒気を纏ったレアリスが浮かんでいたのだから。
「逃げ切れると……本気で思ったのか?」
───炎の放出による反動か!
彼女が宙に浮いている仕組みに気がついた時にはもう手遅れだった。レアリスはその右手に炎を収束させる。
「─────散れ」
炎の放出反動、そして周囲の外壁を蹴って加速をつけた一撃は、重力も伴ったその速度は、彼に瞬きの間すら与えなかった。
「終わりだ───」
暴力的。いっそそんな風に表現したほうが適切かと思えるほどの純粋な蒼。その色に伴う圧倒的な破壊力が彼を骨すら残らず焼き払────わなかった。
パチン
「────お前がな」
「…………っ!」
レアリスは驚愕に息を詰める。それもそうだろう。
レアリスの片手に収束していた蒼炎が────まるでまさしく陽炎のように───かき消えたのだから。
ドッッッ!
炎が消えたレアリスの勢いを利用して、レアリスの身体を地面に叩きつける。
「馬鹿な……」
「ハハッ。驚いたかァ!?どうしてテメエの炎がかき消えたのか!」
パチン
どこかで、シャボン玉が割れたような音がする。
「炎ってのは御大層な知りものだよなァ……自分で二酸化炭素垂れ流すくせによォ………二酸化炭素が多くなると消えちまうんだからなァッッ!!」
「しかし…………いやまさか………有り得ない」
有り得ない。
レアリス・シャードバースはそう言った。
そう。有り得ない。通常ならば。
気体は循環する。混ざり合う。
密封空間でもない限り。密閉空間でもない限り。
炎が燃えるための酸素が不足するなんてことは。
有り得ない。
なぜなら世界には、莫大な量の酸素があるから。
野外において、燃えるための酸素が不足するなんてことは。
周囲が酸素以外の気体で満たされるなんてことは。
有り得ない───はずだった。
「不思議そうだなァ高級将校。それが俺の『能力』だ」
パチン
また何処からか、そんな音が聞こえる。
「今、お前の周囲のみ二酸化炭素が充満している。なぜそんなことができるのか?」
彼は人差し指を宙に向けた。否、正確には───宙に無数に浮いているそれらに。
「こいつに二酸化炭素を閉じ込めてテメェの近くで破裂させた───呆れるくらい単純な仕掛けだろ。こいつら───シャボン玉にな」
シャボン玉。
戦場には───否、一般の日常生活においてでさえ不自然で不似合いな、そんな名詞。
けれど彼が指さしたそれらは、彼が用いたそれらは───どうしようもないくらい平凡な、シャボン玉だった。
「これが俺の能力───『泡沫』。シャボン玉を作り出すだけの雑魚能力だ。ふざけてるよなァ………こんな能力持たせて戦場に投入するんだからよォ……」
一人として同じ遺伝子を持つものはいない。だから、一人として同じ『能力』を持つものはいない。
本当にそうだろうか?
なら彼らは?『i』たちは────?
108000体全ての能力───『泡沫』。
対機械獣用に造られたはずの彼らが殆ど全滅を喫した最大の理由。
司令部が彼らに勝利を期待せず、ただ『死んでこい』とだけ伝えた最大の理由。
彼らは───軍部の虎の子の量産兵だった彼らはしかし────戦闘用クローンとして、どうしようもないほど、失敗作だったのだから。




