機械獣:モデル『ウルフ』
続きです。
シュッッ!!
鋼鉄製の巨大な爪が振るわれる。
「ハッ。予備動作が大仰だなァ。感謝する!」
彼──75319番目の『i』は不敵に笑うと、爪による斬撃を躱してみせた。紙一重すら生ぬるい、ギリギリのラインであったが。
「強がるには強すぎるよな…」
なるほど眼前の機械獣は確かに動作こそ大仰で予測しやすくはあったが、それを補って余りあるスピードを正確さを兼ね備えていた。
そもそも彼と同じ技術や『能力』を持つはずの『i』達が足元で屍と化しているのも、そのスピードに対応しきれなかったが故のことだ。
シュッッ!シュッッ!シュバァッッ!
目で追いきれず、予備動作からの予測と勘でギリギリ躱せるレベル。
掠っただけで致命傷となりうる一撃だということは、命を落とした同胞たちの死に様で実証済みだ。
「おいおい、少しは手加減ってもんを弁えろよォ」
強がって軽口を叩くが、既に肩で息をしている。
「楽しそうだなァワン公…。いや嬉しそう──か?」
無論、殺戮用機械生命体である機械獣に感情はない。しかし、彼は爪をギリギリで躱しながらも話し続ける。
「任務を達成できそうで嬉しいかよ。こっちはキレそうだ…お互いに任務達成出来そうなのによォ」
それはそうだろう。彼、いや全『i』たちに出された任務は唯一つ。
──「死んでこい」
己の命を以って足止めをしろ。それが彼らに下された指令であった。
「そんな顔すんなよ犬っころ。俺だって逃げ出したいんだよ。──ほら、見てみろよ周りを」
まさか言う通り周りを見渡したりしなかったけれど、この機械獣も理解しているだろう。辺りの惨状を。
全滅。
投入された108000体のクローン兵全ては、同じく投入された同数の機械獣の前に殲滅戦を演じることになった。無論、殲滅される側である。
「iたちだって散々機械獣を殺したからなァ。心中察するに余りある。──だがな」
彼はついに膝をつく。
迫りくるのは巨大な爪。
次いで手をつくのは屍の上。
「俺は生にしがみつく………!たとえ仲間が全滅しても」
そうでなければ死んでいった『自分』たちに合わせる顔がない。
独りよがりかもしれないけれど。
それだけが────彼が生きていていい理由なのだから。
命令とは違った意味で。
宿命とは違った意味で。
そう言って『彼』が取った行動は、まともな倫理観の持ち主なら選択肢にも挙げないものだった。
それはあまりに非人道的で。
それはあまりに非倫理的で。
けれど、どうしようもなく論理的な。
そんな残酷な一手。
そんな酷薄な一手。
「オラァッッ!!」
彼は渾身の力を込めて────仲間の、否───『自分の』屍体を蹴り上げた。
「……………!」
感情が『設定されていない』はずの機械獣に驚きが浮かぶ。それは警戒しただけなのかも知れないが、少なくとも明確な想定外。
機械獣の演算能力を酷使しても読めなかった一手にして意図。
彼を、彼の行動を───測りかねる。
行動を、次の行動を───図りかねる。
「赤い雨ってのも………乙なもんだな」
そんな───狂気的で、見方によっては猟奇的な言葉を吐きながら。
彼が蹴り上げたのは胴が両断された『i』の屍体だった。
血が──赤い雨が──辺りに撒き散らされる。
そしてそれは、機械獣の装甲も赤く紅く染め上げる。
「来い、不良品。ご自慢の爪はお荷物かよ」
そう言って足元に積み重なる屍体を更に蹴り飛ばす。
ドガッ ドガッ ドガッ
腕を。足を。胴を。頭を。
いくつもの屍体が宙を舞い、真紅の鮮血で戦場を塗りつぶす。
シュヴァァァァッッッ!
一閃。
冷たい刃と表現するにはあまりに血で汚れすぎたその爪が、屍体の山を両断する。
当然の如く、屍山血河を地で行く光景が展開される。
即ち───血の海。
またの名を───地獄絵図。
「いい画だ…お前もそう思うだろ…なァ?スクラップ」
「…………」
当たり前に、機械獣は無言。
無言に、無感情に、大きな爪を振りかぶる。
冷静に、冷酷に、腰を落として構えを取る。
「来い………」
機械獣が地面を蹴る。
目にも止まらぬ圧倒的な速度。
知覚すら許さぬ絶対的な速度。
鋭く研ぎ澄まされた鉄の刃が彼に触れる。超弩級の速度と冗談級の質量を乗せて。
ズガアァァァァッッッ!!
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