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クローン兵は斃れない   作者: 雨麗亭四迷
第一章  海の向こうの殺意
24/26

ジーク・ウルフィートの追憶2

 黒い雲が蒼かった空を蹂躙し、降り注ぐ光を遮ろうとしていた。


「くっ………!」


 ジークは悔しげに歯噛みする。


 戦況は絶望的だった。


 辺りを埋め尽くすほどの機械獣(ビースト)。斃しても斃しても湧くように押し寄せる彼らに、こちら側の兵は一人、また一人と薙ぎ倒されていく。


「おい!援軍はまだ来ないのか!?」


 『能力』で眼前の機械獣(ビースト)を吹き飛ばしながら後方にいる仲間へ怒声を投げる。怒鳴られた仲間は苛立たしそうに


「知るか!遅れてるか見捨てられたかどっちかだろ!」


 と怒鳴り返した。この戦場にその答えを知るものはいない。

 息をつく間もなく『能力』を発動し続ける。小気味よい破砕音と共に小型の機械獣が紙切れのように薙ぎ払われていく。

 が─────いかんせん数が多すぎる。薙ぎ払った機械獣のいた空間も直ぐに別の機械獣によって埋められてしまう。


「クソッ!潰しても潰しても湧いてきやがって!」

「口を動かす暇があったら手を動かせ!死ぬぞ!」


 そう言った仲間の頬を機械獣の斬撃が掠めてゆく。

 通常兵器はもはや殆ど意味を為さなくなっていた。その最たる原因は弾薬不足である。この圧倒的な数の暴力の前には、一般的な戦場を想定して支給される兵器の数では焼け石に水だ。

 よって、軍の中でも数少ない戦闘用能力が発現した者が前線に投入されることになる。

 実際、戦闘用能力をもつ軍人の死亡率の高さは持たないそれと比べても一目瞭然だ。


「隊長は何やってんだ!八大英雄はこの地獄を放置してるってのか!?」

「そんなもん………俺に言われたって分かるわけねぇだろうが!!」


 八大英雄────壱番隊から漆番隊までからなる対機械獣部隊の隊長とそれらを統括する総隊長の総称だ。その圧倒的な()()は一人一人が一個師団レベルの力を保持しているとまで言われている。


 眼の前には地面を覆い尽くすほどの機械獣が蠢いている。

 ジークは後ろを振り返りながら叫ぶ。


「さっさと隊長に伝えろ!こっちはこれ以上持ちこたえられそうに────」


 そして、絶句。

 ジークの目に写ったのは、それまで叱咤しあった仲間が────機械獣によって切り刻まれている光景だったのだから。

 否─────其れだけではなく。


「な─────、古代種……………だと………!?」


 多様な姿をした機械獣。

 その中でも特に稀有なタイプが存在する。

 古代種モデル。

 その戦力は通常の機械獣とは明確に一線を画す。

 そしてこの機械獣が象られたモデルは、かつて生態系の頂点に君臨していた─────言うなれば人間の上位生物。

 機械獣(ビースト):モデル『()()()()()()()()』。


 絶望の化身とすら言えるそれは、鈍色の装甲を不気味に光らせながら獲物の隙を窺っていた。


「嘘だろ……?古代種(こんなもん)…………勝てるわけないだろ」


 もはや戦意すら消し飛んで。

 ジークは────否、兵士達は、ただ絶望を噛みしめることしかできなかった。


「■■■■■■■■ッッッ!!!」


 機械獣は──────その鋭利な牙を剥き出しにして、天へ向けて高らかに吼える。吠える。咆える。

 空を切り裂くような咆哮。

 まるで地獄への狼煙のような。


 機械獣が──────跳ぶ。

 血塗られた戦場を────圧倒的な『絶望』が蹂躙する。

 その脚が進めば蹴散らされ、その牙が振るわれれば刻まれる。

 絶大な暴力の前ではまるで塵芥のように、仲間の兵士が薙ぎ払われてゆく。


「クソッ…………クソォッッッ!!」


 『能力』、発動。

 通常の機械獣ならば軽く撃破できる力────けれど古代種の前では悲しいほどに何の効力も持たなかった。


 古代種の巨体が。

 鈍色の装甲が。

 鋭利な牙が。

 眼前に迫る。

 首筋に触れる。


 が──────その牙がジークの命を奪うことはなかった。


「炎刃──────!」


 突如鳴り響く破砕音。

 何が起こったのか分からず薄っすらと目を開ける。


 ジークの目に映り込む、こちらに背を向けて立つ金髪の少女。


 見ると、機械獣の巨体が後方に大きく傾き、装甲に巨大な亀裂が走っていた。


「遅れて申し訳ない─────援軍だ」

「レアリス────シャードバース………!」


 天才。

 彼女を表現するのに、彼女を形容するのに、こんなにも適した言葉はないだろう。

 10代半ばにして既に大尉に就任。

 幼い頃から発揮していた圧倒的な才能。

 そして()()雨龍家の子息に師事しているらしい。

 その圧倒的な実力を以て戦場を駆け回る姿は、早くも若き英雄として内外からの評価をほしいままにしていた。

 その絶対的な火力を以て機械獣(ビースト)を蹂躙する姿は、早くも味方にとって大きな希望になっていた。


 この時も。この戦場も。

 彼女が駆け付けたという事実のみで形勢が一気に覆った。

 彼女の持つ存在感。それだけで絶望に打ちひしがれていた兵士達は奮い立つことができた。

 簡単に言うと、士気が跳ね上がったのである。

 あの戦場にいた誰もが信じた。

 レアリス・シャードバースと共にいれば勝てるのだと。

 レアリス・シャードバースと共にいれば生き残れるのだと。




 地獄と形容されたその戦場は、一人の天才の到着により紙一重の勝利で幕を閉じた。




 後日。


「ふざけるな!」


 ウルフィート家。

 そこには床に引き倒されて懲罰を受けるジークの姿があった。


「レアリス・シャードバースに命を救われただと?お前はどれだけ恥を晒す気だ!?」


 怒声。そして殴打。


「このッ………………出来損ないがッ!!」


 お前なんて生まれなければ。

 私達が恥を晒すこともなかったのに。


 抵抗────しようと思えば出来たのだと思う。ジークはもう幼気な少年ではないのだし、戦場で命を張る一人前の軍人の一人なのだから。

 けれど、ジークの中にその選択肢はなかった。


「なんとか言えよ!」


 ジークにとって。

 初めて教わったのは銃の撃ち方で。

 初めて言われた言葉は「負けるな」だった。

 ずっと言われ続けて、拭い去ろうとしてもこびりつく─────自身を縛る呪いの言葉。

 ジークは否定しない。

 ジークは否定できない。

 両親の言葉を。

 両親の呪いを。


「ごめん……………なさい………」

「聞こえねぇよ」

「ごめんなさい!」


 ドンッ


 鳩尾に蹴りが突き刺さる。

 食道から熱いものがせり上がって思わず口を開いてしまう。

 嗚咽のような声が喉元から漏れる。


 ジークは子どものように身を竦ませる。

 両親の目に憎悪が滲んだように見えたから。

 そして─────さらなる懲罰を堪えるために目を瞑った。





 その日。

 両親は朝から気持ち悪いほど機嫌が良かった。

 ここ数年来見たことがないほど満面の笑みを浮かべながら、やたらと穏やかな目をジークに向けていた。

 そして朝食の席で父は、今日模擬試合を組んだとジークに伝えた。

 相手はあのレアリス・シャードバースだという。

 それを聞いてジークは再び身体が竦む。

 戦場で実感したからだ。

 戦場で理解したからだ。


 今までの模擬試合ではなく、命の奪い合いである戦場で。

 ─────凡人がどれだけ手を伸ばそうと届かない、遥か高みにいる天才を。

 けれど、


「大丈夫だ。今のお前なら絶対に勝てる」


 父はそう太鼓判を押した。疑問符が浮かぶ。奇妙だ。これまでのジークの戦績は父だって理解しているだろう。それだけ重ねてきた懲罰の回数を、まさか忘れたわけではないはずだ。

 ならばなぜ?


 その疑問は、レアリスと対峙して直ぐに氷解した。

─────彼女は明らかに精彩を欠いていたのだ。


 繰り出す技に。

 発動する『能力』に。

 駆け回る速度に。

 彼女の戦闘の全てに、戦場で見たときのような鋭さがなかった。

 剣捌きは乱雑で、遅く、ジークが軽く避けられる程度のものだった。

 火力は微弱で、小さく、ジークの『能力』を数回発動するだけで難なくいなせるものだった。

 技のキレも判断ミスが目立っていた。

 近接戦闘での遠距離攻撃に肉弾戦での広範囲攻撃。

 『能力』発動の判断も普段よりワンテンポ遅く、それまでは刃が立たなかったジークでも軽く反応できるものだった。


 この模擬試合を観戦する無責任な第三者の声が、今日は妙にはっきりと耳に聞こえてくる。


「レアリス・シャードバースってこんなものか?」


 違う。


「堕ちたもんだな、英雄サマも」


 違うだろ?


「人殺しに相応しい惨め具合だな」


 ヒトゴロシ……?

 後で父が、まるで手品の種を明かすように自慢気に話していたことだ。


 レアリス・シャードバースには師匠がいた。

 三大皇家にして『絶対』の名を持つ雨龍家の子息。当代最強と謳われる雨龍・月之丞・黎明の弟───────雨龍・月之丞・幽玄。

 しかし、この男についてのある知らせが帝国中を震撼させる。

 戦場の八大英雄に数えられるこの男が──────敵と内通している、と。一人一人が一個師団並の戦力を有する八大英雄。その一人が敵勢力に味方するということは、それだけで冗談ではなく国家の存亡に直結する。

 本人及び他の八大英雄の面々はその無罪を主張した。戦争の英雄たる彼が帝国を裏切るような真似をするはずがない、と。

 しかし帝国軍上層部は事を重く見た。

 曰く─────真実は問題ではない。そのような噂が広まったことが問題なのだ。

 八大英雄の一角。雨龍・月之丞・幽玄の処刑。

 その執行人として白羽の矢が立ったのが───────彼の弟子にして部下であったレアリス・シャードバースだったのだ。

 レアリス・シャードバースはその一件で大尉から少佐に就任。そして幽玄が処刑され空席になった漆番隊隊長にも同時に就任した。

 しかし─────『レアリス・シャードバースは上官殺し』。

 上層部の決定とはいえ、八大英雄の一角にして最も人望の篤かった男を処刑したという経歴は嫌でもレアリスについて回った。

 また、10代半ばの小娘が隊長の席に座ることへの反発もあったのだろう。

 彼女が幽玄から引き継いだ漆番隊は、一人また一人と人が去っていき、残ったのは上官殺しの汚名とかつて英雄と持ち上げられた少女への嘲笑だけだった。


 だから精彩を欠いたんじゃないか。

 心底愉快そうに笑いながら、父は初めて見せる優しい眼差しでそう言った。


「よくやった、ジーク。さすが私達の息子だ」


──────そうして噛み締めた勝利の味は、どうしようもなく救えないほど、惨めで苦い味がした。


「もう二度と、負けるなよジーク」


 特にあの英雄気取りの人殺しにはな。


────そうだ。俺はもう、二度と負けない。


 かつての英雄を倒してしまった今。

 もう誰にも、負けるわけにはいかないのだ。

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