ジーク・ウルフィートの追憶
三大皇家。
かつてこの帝国に存在した『皇帝』。その血を継ぐ3つの一族だ。そして、今なお帝国の中枢に深くその影響力を持つ、誰もが認める三大勢力。
『絶無』の名を持つシャードバース家。
『絶大』の名を持つセインヴァルト家
『絶対』の名を持つ雨龍家。
その一角────『絶無』のシャードバース家に、レアリス・シャードバースは誕生した。
そして、彼女の持つ力は、彼女の持つ才能は、否応なく同世代の少年の耳にも届くこととなった。
ジーク・ウルフィート。
名家でも旧家でもましてや皇家でもない、ごく普通の軍人家庭に生まれた少年。
けれどその両親は、どこまでも生粋の軍人だった。
悲しくなるほどに決定的に徹底的に───軍人で在り続けた。自らの理想のために、全てを犠牲にする程度には。自らの矜持のために、全てを投げ打つ程度には。
────皇家にだけは負けるな。
幼い頃から口を酸っぱくして言われ続けた定型句。
もしかすると両親のそんな姿勢は、彼らもまた一般人の家庭出身だということも影響しているのかもしれない。一般家庭出身でありながら出世を遂げていることも。
だからこそ、名家や旧家や皇家────生まれながらのエリートたちへ対抗心を燃やしたのかもしれない。その表れかもしれないけれど、両親はよくジークを皇族との模擬試合に出場させた。『能力』に恵まれた我が子を、その有用性を示そうと。そしてその対戦相手の中には勿論────レアリス・シャードバースも含まれていた。
────また負けたのか?
ジークの耳にこびりついて離れない、在りし日の忌まわしき記憶。
負けた、とは先日の手合わせのことだろう。軍人候補生の中で行われる訓練の一環としての模擬試合。よく両親が皇族と闘わせたがっていた模擬試合。
一般家庭出身にせよ上層部に就いている両親の息子として、期待されるだけの成果は上げていた。実際、ジークはそれだけ優秀だったのだ。同年代ならば皇族であろうと殆どの相手には勝利できるほどの。
けれど、その試合でジークはある一人の天才と試合を行うことになった。
そう─────シャードバース家に生を受けた紛れもない『天才』、レアリス・シャードバースである。『蒼き煉獄』と名付けられた彼女の『能力』は、彼女を天才たらしめるのには十分過ぎるほどの圧倒的な戦力を保持していた。
そんな『天才』に、絶対的な『戦力』に、かつてのジーク・ウルフィートは対峙した。
そして。
完膚なきまでに叩き潰された。
打撃の一つも届かないほど───徹底的に。
能力の一欠片も届かないほど───決定的に。
紛れもなく、言い逃れようもなく、他に言いようが無いほどに、絶対的な─────敗北だった。
ジークはその試合を思い出す。脳裏にそして肌に、灼かれた炎の痛みが蘇る。
痛々しいほど鮮烈な炎の蒼さが蘇る。
「はい………」
幼いジークは俯いたまま、消え入りそうな声でそう言った。
刹那。
頬に鋭い衝撃が走った。
一瞬遅れて空を切り裂くような音が鼓膜を揺らす。
戸惑う間もなく胸ぐらを掴まれて床に引き倒される。
────出来損ないが。
侮蔑と苛立ち。頭上から降りかかる声に、むしろ憎悪にすら近いそんな感情が滲み出る。
────出来損ないが…出来損ないがッ
一言一言。噛んで含めるように繰り返される嘲罵の言葉。足蹴にされながら聞くそんな言葉はひどく克明に刻まれている。
その後もジークは何度かレアリスに挑まされた。けれどその甲斐なく、繰り返されるのはあの日と似たような結果だけ。
そしてその度に繰り返し浴びせかけられる罵倒と暴力。
それが、それだけが、幼い頃のジークの日常だった。
けれどその数年後、ジークは今までとは決定的に違う形でレアリスと対峙する。
そう─────あの日。
レアリス・シャードバースは人を殺したのだ。




