赫灼
「ライター………今更そんな物を持ち出してどうするつもりだ?」
ライター。
合がその手に握る機器。参番隊隊長・千文字夜泉から渡された『秘密兵器』
「気づかねェとは気楽なことだなァ……見てみろよテメェの周囲を」
パチン パチン パチン
泡沫が弾ける音が木霊する────否、それは泡沫が連続して弾けている音。
「な────!?」
ジークは思わず息を呑む。
彼の周囲───死角となっていた空間。
そこに幾多もの泡沫が浮かんでいたのだから。
「シャボン玉…………だと?」
浮遊する無数の泡沫。そしてそれらは音を立てて破裂し続けている。
パチッ パチッ パチパチッ
「ハハッ!振り向いてくれてありがとなァ!」
「────!」
投擲。
合はその『秘密兵器』を────渾身の力を持って、投げつける。
それはコンマ数秒の差。
ジークが振り向いて合に手をかざし───再び能力を発動する時間。
合が────手に持っていたライターを投げつける時間。
投擲されたライター。
宙を舞う文字通りの灯火。
ジークの能力発動のほうが僅かに早かった────しかしその投げつけられたライターにより作られた、コンマ数秒の時間差。
ライターに注意を逸らされたことから生じた、ほんの一瞬の時間差。
この時間差が────明暗を分けた。
「燃え上がれ………!!」
それは一瞬の出来事。
合が投擲したライター。そこに灯されていた灯火が───
パァァァンッッッ
一瞬の破裂音とともに、勢いよく爆ぜたのだから。
たった一瞬。けれども確実にその空間を───炎が蹂躙した。
「か─────ハッ!?」
身体ごと壁に叩きつけられるジーク。
鮮血がその口から零れ落ちる。
爆炎をもろに喰らっての衝撃。
炎に身を灼かれる激痛。
「グッ……引火だと!?まさか…そんな気体どこから……まさかそれがお前の『能力』か!?」
「引火?能力?違ェな。ただライターが燃えただけだ」
笑う嗤う哂う嘲笑う───高らかに、嘲笑う。
炎で焼けた腕を隠そうともせず、どこまでも高らかに。
「俺の『能力』なんて大したものじゃねェよ。シャボン玉を作り出す。それだけだ」
それだけの『能力』の俺達を、軍部は戦場に投入したんだ。
合は言う。
「何だ?告発のつもりか?」
そういえば、この映像はどこかで中継されるんだったか。まあ機密に触れそうなところは勝手にカットしてくれるだろう。
「まさかそれで俺達を恨んでいるとか言わないよな。良いか?お前らはそのためだけに造られたんだ。その役目を果たしただけじゃないか」
プロジェクト『i』。
軍の最高機密だ。
隊長格のレアリスすら知らされていなかったほどの機密性。
「お前、随分と気に入られてるみたいだな」
「あ?」
「お前程度の階級で『i』の存在を知らされてるんだろ?正規軍人になって日が浅い俺でもわかる。次代のホープってやつか?」
焼けた腕。身体中に広がった傷。それに上塗りされたような火傷の跡。
序盤につけられた傷がある分、ジークよりもダメージを蓄積しているようにさえ見える。
「気にくわねェな」
ダッッ
合は地面を蹴る。
即行。いや────速攻。
壁際のジークヘ向けて、一直線に距離を詰める。
「気に食わねェんだよ、高級将校ォ!」
その軍服すら焼け焦げたジークへ。彼もまた、爛れた肌。
彼の火傷の最も重症箇所へ、その拳を叩きつける。
「グッ……!貴様………っ!!」
「次代のホープ?期待の新星?いちいち癇に障るなァ!?どうだエリート殿?捨て駒風情の策略に嵌った気分はァッッ!」
もとより壁際。
合の洞察通り。ジークの『能力』発動には一定以上の『間』が必要。
十全の時間を費やした上での威力は文字通り殺人級。けれど逆にいえばそれは───秒単位での『間』ではそよ風程度の出力すら出せはしない。
合の取った戦法は単純明快。
殴る。
ひたすら、絶え間なく、───殴打し続ける。
「舐めるなよ捨て駒風情がッッ!」
それに対して、自然に当然に必然に、ジークの戦法も変えざるを得ない。合の闘いに、応えるを得なくなる。
遠距離攻撃で常に敵を蹂躙し、『難攻不落』とまで言われた彼だけれど、エリート軍人として最低限の近接戦闘技術は身につけている。
肉弾戦。
圧倒的な火力を持つジーク。絶対的に火力を持たない合。
そんな暴力的な戦力差の二人。
けれど現在、その二人が取ったのは、拳の応酬という極めて対等な戦法だった。
そして。
「こんなものか!?高級将校殿よォッ!」
この状況に持ち込むことこそ、合の『戦略』。
策略では如何ともし難い、暴力的な戦力差。
それを対等な勝負まで持ち込むために。
同じ土俵まで、引き摺り下ろすために。
合は数々の言葉で、煽り続けた。
戦う以前の立ち位置の差を、強調し続けた。
『高級将校』。『エリート殿』。『それだけの「能力」』。
絶対的に強者にいながらも合に手こずり続けるジークを焦らし続けた。
なぜお前ほどの強者が。才能でここまで来た人間が。
自分程度に手こずっている。
圧倒的に能力で優位に立てる相手に対して。
焦らせ続ける。
そして、格差なく戦える場を用意する。
ジークは乗った。
こうして、圧倒的な戦力差から始まった戦いは、対等な戦いへと変容した。
戦略的に言えば、合の圧勝である。




