難攻不落
「身の程ってやつを教えてあげるよ」
そんな捨て台詞を吐いてジークと呼ばれた彼が去った後、合はレアリスを向いてため息を付いた。
「どこのどいつだよ、あの男は」
───味方を踏み躙ってきた『炎刃』。
そんな評価は、知っていないと出ない台詞だ。
お互いに。
「ジーク・ウルフィート。壱番隊所属の軍人だ」
レアリスは。
苦々しく忌々しく───その男の名を言葉に紡ぐ。
「あの男は───同期の中で唯一、私が負けた男だ」
「ッ───!」
驚きあまり目を瞠る。
レアリス・シャードバースの敗北。
驚くべき若さで幹部級に上り詰めた、紛うことなき『天才』の敗北。
圧倒的な火力で合を追い詰めた、暴力的な『戦力』の敗北。
「ヤベェ奴に喧嘩売っちまったかァ……?」
汗を滲ませながら苦笑気味に自嘲する。
「あはは。不安かな?まあそれも一興だよね」
体調の中で唯一この場に残った青年───一文字夜泉はそう言って笑った。
「実際、君は大した相手に喧嘩売ったよ。『炎刃』レアリスと並ぶ期待の新人。次代のホープ───『難攻不落』のジークに喧嘩を売ったんだから」
「難攻────不落…………!?」
静かに復唱する。
難攻不落。
「ま、楽な相手じゃないと思うけど、頑張ってね」
楽しいのを期待してるよ。
そう言って、夜泉は消えた。
文字通り。後を追うことも許さぬ速度で。
知覚すらも許さぬ速度で。
はあ……。
深くため息をつく。深く深く。
「……………なんでこうなった?」
「それはこちらの台詞だ」
半目でにべもない返答を返すレアリス。
「そもそもジーク、レアリスに用があったんだよな?最初は」
思い出してみれば、ジークは最初、レアリスに話しかけたのではなかったか。
額を抑える。天を仰ぐ。
「なんでこうなったァ?」
「だからそれはこちらの台詞だ!」
合に体を向けたレアリスは彼の襟首を掴んで強く揺さぶった。
「なんであの男の挑発に乗った!?さっきので死んでたかもしれないんだぞ!」
「いや……」
別に喧嘩を売ったつもりはねェんだが。
そう言おうとするも、レアリスの剣幕に圧されて黙り込む。
しかし事実として、合の行動は生存戦略でしかなかった。どうしようもなく、その場しのぎの。
「つってもお前、あのジークと何かあったのか?なんだか知らねェが大分嫌われてるっつーか、かなりの敵意を感じたんだが」
敵意。けれどジークから感じたそれは、むしろ憎悪に近かった。
そして。
その感情を抱いていたのは────レアリスにも当てはまる。
「合───」
レアリスは俯いた。何かを躊躇っているように。何かに逡巡しているように。
金色の前髪が顔にかかって、合からはその表情を読み取れない。けれどレアリスは泣いているように──肩を少しだけ震わせる。
「あ?」
やがて、レアリスは意を決したように顔を上げた。
決意したように。決断したように。
「私が他の軍人に何と思われてるか、知りたいか?」
───見方を踏み躙ってきた『炎刃』。
彼女がそんなふうに呼ばれる理由。
「いや別に」
しかし、合の返答はそっけないものだった。
「どうせ知って楽しいもんじゃあねェんだろ?だったらンなもん知ったってなァ……それに────」
少し屈んで視線を合わせる。
レアリスの顔を、レアリスの蒼い瞳を覗き込む。
レアリスの蒼い瞳を、合の赤銅色の瞳が覗き込む。
「お前、苦しそうじゃねェか」
「────!」
初めて向けられたそんな言葉に。
初めて向けられたそんな目に。
そっと────息を呑むレアリス。
「お前が何したか、何て思われてるかなんざ俺は知らねェ。もしかしたら何を言われても仕方のない事をしたのかもしれねェし、もしかしたら何もしてないのかもしれねェ。そんなことについちゃあ、俺は何も知らねェよ。だがな──」
言葉を止める。そして笑った。
笑う。微笑う。嗤う。嘲笑う。見慣れた笑み。
けれど今はこの笑みに、まるで優しさじみたものが混じっているような。
合には。
失敗作のクローン兵には。
生き残った捨て駒には。
死に損ねた量産兵には。
──およそ似合わないであろう、そんな笑み。
「少しは逃げろよ────嫌なこと辛いこと苦しいことダルいこと面倒くせえこと気持ちが乗らないこと悲しいこと悔しいこと許せないこと理不尽なこと納得いかないこと理解できないこと───そんなやってらんねェ事を、全部押し殺す必要は───どこにもないんだよ」
俺は逃げて逃げてここにいる。
そんなふうに締める合。
自嘲気味に嗤って。偽悪的に嘲笑って。
「くっだらねェ矜持だな。けどな、逃げる勇気もない奴が逃げた奴を否定できんのか」
自分すら意地でも守れない奴は。
他の何も守れねェよ。
そう言って、空集合は笑った。
それを見て、レアリスは笑みを作る。
ぎこちない───けれど、確かな笑みを。
「凄いな………お前は」
「凄くねェよ。自分のことに必死なだけだ」
「ありがとう。だが」
レアリス・シャードバースは前を向く。
姿勢を伸ばしながら。
合の瞳を見つめながら。
「────話したいんだ」




