あんぱん
私の名前は甘雨天音。早速だけど、今、私すごいピンチ。
「…どっちかなぁ」
ついついそう漏れてしまうほどだ。
え?何がどっちかって?答えは簡単だ。
「…つぶあんとこしあん。どっち派だ?」
キモチに気付かせ…もとい、労いのため、菓子パンのあんぱんを選んでいるのだが…
「これで違う方を渡して嫌われたらどうしよ…」
あんこはどちらが好きなのか、ということを聞くのを忘れてしまった。
「とはいえ…」
今回はあんぱんしか買う気がなく、あんぱん代の120円だけしか持ってきていない。
これではあんぱん以外の菓子パンがなにも買えない、ということだ。
「どうしようかな…聞こうかな…いやでも聞いたら聞いたで馬鹿にされそうだし…うう…どうしようかなぁ…」
とりあえず、世間一般ではどっちの方が人気なのかを調べてみた。
「お。同じぐらい…なの…」
双方の人気はほぼ互角。いいように言えばどっちを選んでもいいということだが、悪く言えばどっちを選んでも…。
「うわぁぁぁぁどうしよぉ…」
「…どうしたんですか?先輩」
「えっ!!?」
急な声に思いっきり立ち上がった。
ゴツっと頭に鈍い感覚が走った。
「いったぁ…」
「いつつ…先輩?どうしたんですか?」
「し、汐田くん!?なんでここに?」
驚きながらそう聞くと
「い、いや…その…」
「?」
なにやらゴモゴモと口ごもる汐田くんに
「そんなにごにょごにょしてたらわからないでしょ?」
「…い、いえ。ただ僕は、甘いものが欲しくてあんぱんを買いに来たんですよ」
と言った。
え?嘘…。
「ほ、本当?」
「も、もちろん!で?先輩は何しに来たんですか?」
「あ…え~っと…」
ここで本当のことを言えば、最悪な形で気持ちがばれてしまうかもしれない…。
かといっていい言い訳も思いつかないしぃ…。
「え、えっと…」
「まあ、話したくないならいいんですけど。あ、つぶあん見っけ」
「つぶあん!?」
思いもよらない事態に少し放心していると、思いもよらない答えを聞き出せた。
「あ、先輩はこしあん派ですか?」
「い、いやそうじゃなくて。君がどちらの…」
危ない危ない。危うく本音をポロリしてしまうところだった。
「…こほん。わ、私も実は、こしあん派なの。だから君と好みが合うなんて、そんなことが起こるんだと思っただけです」
「…そう、ですか」
少しガクッと気分が落ちたように見えたがこの際そんなことは頭に入らなかった。とにかく、うまくはぐらかせたことに安心をする。
「でも、それだと…」
「それだと?」
何かに気付いたのかそう漏らす。
何に気付いたというのだろう。つぶあんとこしあんが一つずつ。他の菓子パンは買えない。ここには二人だけがいる。とりわけおかしいことなんて…。
ん…?
ようやくそこで気が付いた。
「あ、あんぱん1個ずつしかない…?」
私すらも聞こえない声で呟いた。
ここまでの話を整理すれば、私がさっさとあきらめればいいのだが…。
(ここでもし立ち去ったらチャンス一つ無くすことになる…?)
馬鹿な思考に至っていた。
労いの気持ちを見せるだけで好意を悟ってもらえるはずなんてないのになにを言ってるんだ私は…。
「…あ、あ~。でも、そのパン、食べたいかも~、なんて…」
「……」
いつもはそこまで言えば「仕方ないですね。先輩に譲りますよ」と言って引き下がる汐田くんだけど、この日だけは全く譲らなかった。
「…じゃあ、じゃんけんで決めましょうか」
「いいでしょう。絶対勝ちますよ」
軽い気持ちで提案したのに、なぜか汐田くんの周りには覇気が宿っているように見えた。
くっ…本気ね…。
「…じゃあ、いくわよ」
「望むところです」
最初が一番勝負を決めやすい。
「最初はグー」の掛け声から始まる性質上、一番最初に出す確率が一番高いのはグーだ。
仮にグーを出さなかったとして。次に出やすいのは手を開くだけで出せるパーである。チョキは余程変人か変態じゃなければ出てくるどころか選択肢にすら出ないだろう。
つまり、この状況で一番勝率がよく負けるリスクが少ないのは「パー」である。
「「ポン!」」
お互いの手があるそこにはパーが2つ対峙していた。
くっ!あいこ。だけどここまでは想定内。問題はここから。
一般的に、あいこになったとき、連続で同じ手を出すという予想の下、その手に勝てる手を出す傾向がある。この場合は、パーに勝つ手のチョキ。
だから、この時は「直前に出した手に負ける手」を出すと最適解である。つまり、今から私が出す手は
「「グー!」」
またも、あいこだ。
なぜ?まさか…汐田くん。君も…
じゃんけんの必勝法。調べたんだね…!
かといって、負けるわけにはいかない。
必勝法通りに行くなら、チョキだけど…。きっとこの顔…何か察したようね…。
一方、汐田大智は
(先輩…何出すかわかりやすいっすね)
先輩には癖がある。
パーを出すときはパーに。グーを出すときもチョキを出すときも。必ず右手がその手と同じになっている。
なんか勝つには惜しいぐらい可愛いのでそのままあいこを続けてみた。
「あいこでしょ!あいこでしょ!!あいこで…しょ!!!」
必死になって次々といろいろな手を出す先輩がかわいかった。ただただかわいかった。
ただ、このままずっといたってしょうがないので
「あいこで……しょ!!!!あ!負けた!」
「はい。僕の勝ちですね」
あっさりと勝った。あくまであっさりした態度で勝った。心の中?そりゃ…
(可愛いいいいいい!!!なにあれ?小動物?マジ可愛いんですけどぉ!?あ、やべ。めまいがしてきた…可愛さは時に体に毒なのかぁ…)
ま、それは置いといて。
さ、これで目的は達成できるし。先輩の眼福も拝めたことだし。
「さ、先輩。その抱えているあんぱん。早く渡してください。」
「むー…」
ふるふると小さく首を振る。可愛い。
「そんなことしても譲りませんよ。さあ早く」
「…だめ、です」
……………。
「…し、仕方ない、ですね…今回だけですよ!!!」
「え?」
それだけ言って店から飛び出した。
(なにあれぇぇぇぇぇぇぇぇ!小動物でもあんな可愛くねぇぞ!?なに?ふるふるして?「だめ…です」?可愛すぎだろ!血吐くとこだったわ!)
悶絶、なんて言葉で済みそうにないほど心臓が跳ね、気持ちが中で爆発した。
「…帰ってレバー食おう」
鼻と口から垂れる血をぬぐいながらそう呟いて帰った。
「…なんだったんだろう」
結局、なんで汐田くんが来たのかがあやふやなまま帰って行ってしまった。
「…あ!」
暫く呆然としてから気が付いた。
「結局どっちが好きなのか聞きそびれたぁ!」
あんぱんを買えずじまいで家にとぼとぼと帰っていった。
後日、両方のアンパンを作って市販のものの包装に包みさりげなく渡した。彼はこしあん派だった。




