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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第5話 彼女が父から貰ったもの

 以前ハルたち親子も一緒に来た湖に着く頃には陽も傾きつつあったので、その日はそこで野宿となった。まともな料理ができないことをルビアは悔しがったが、調理器具も何も無いので、湖で獲った魚をそこらで拾った枝に刺し、紅蓮の火で焼いて食べる。火かげんの調整などは、アルよりも紅蓮の方が巧い。


 例の暴走事件以降、紅蓮は通常状態でも少し成長して、狼らしさが多少は感じられる顔立ちになっていた。まだ成体とは呼べないものの、もう赤ん坊サイズではない。が、性格の方はあまり変わっていないようで、今も食事としてアルの火を食べた後、デザートをねだってルビアにすり寄っている。


「今は節約しないといけない時なんで、少しだけですよ?」などと言って赤い精石の欠片を与えるルビアもこの仔狼には甘い……かと思えば。

「その換わり今日は一緒に寝ましょうねー」

 と、抱き寄せていたりする。冷え込み始めた夜の暖房料金だったらしい。抜け目が無いのはさすがと言うべきか。

 ちなみにアルの方は火の色彩なので、この程度の寒さは問題にならない。雪でも降るような温度でもなければ、外套すら不要だ。


 陽が落ちれば早々に眠り、朝は早めに起きて、移動を開始する前に『商品』の準備をする。ルビアの父が持たせてくれた精石に、アルの剣(ナイフサイズ)で刻印を施して付加価値を付ける。アルの剣術の師匠であるシディと違って、アルの本質はあくまで『火』なので、刀身だけを精霊術で作れば、他人に貸すことも容易だ。アルの文字はおおざっぱなので、刻印文字には相応しく無い、とはルビアの談。


 とまぁ、そのあたりのことを全部ルビアが考えて、そこらの石ころに試し彫りをした結果、アルが道具を提供し、字が綺麗なルビアが精石に刻印を施すこととなった。とりあえず、需要の多い火と水の精石いしを数個分。


 あまり数を作ったところで、これから行く町でさばけるとも限らないし、何より精石の加工は宿を取ってからでも可能なのだから、今はあくまでやれるかどうかの確認だそうだ。

 町に着いたら精石と刻印石の相場を確認、充分な利益が出そうであれば、今後は精石や魔石を購入、刻印石への加工、販売で路銀を稼ぐ……と、いうのが、いくつかあると言っていたルビアの資金調達方法のひとつらしい。


 ちなみに他の手段は、とアルが訊いてみると、写本などもできるが、インクや紙は貴重なのである程度の信用が必要になるから、今あるものでやりくりするなら、刻印石が一番手ごろ、とのことだ。アルの剣が問題無く使えて良かった、と安堵の笑みを漏らすルビアだったが、アルが居なければそれはそれでなんとかしたのだろうな、などと思ってしまうアルだった。


 そういった準備を終えて、更に東へ、そこがこの辺りでは最寄りの町である。と、そのことはアルも両親から聞いて知っていたのだが、ルビアまで当たり前に知っていたことに関しては、驚くべきなのだろうか。

 さすがにアゲート王国このくにの地理はだいたい頭に入っている、などと言われた時には、アルも素直に驚くことができたが。


 到着した町がなんとサルビアという名前だと、アルはルビアから教えられた。国の名前には宝石が、主要都市には石、それ以外の町や村には花の名前、というのが基本的な命名法で、高貴な花とされるバラや百合、あとは初代王妃の名前など、その国を象徴するような花は大都市に冠されることもあるのだと。


 そのサルビア・タウンは規模の小さな町で、アルが両親の知人――いつも使う宿のことは聞いたことがあった――から確認したところ、石屋は町にひとつしかないらしい。ルビアが成人したばかりのアルの姉と勘違いされ、見識を深める旅だと勝手に解釈してくれたことと、宿泊料金を割安にしてくれたのは助かったが……面白がったルビアが、必要以上に自分をお姉ちゃんお姉ちゃん言うのは、正直ウザいと思ったアルだった。


 規模が小さい、とは言っても、生まれた村しか知らないアルにとっては、充分大きく思えるその町の、唯一の石屋は、アルが思っていた以上に立派な店構えだった。入り口には腰に剣を佩いた体格の良い警備兵すら立っている。

 ……アルは一目で弱いと見抜いたが。これは武器を持っているだけの素人だ。


 まだ成人したてに見える――というか実際は未成年の――お世辞にも上等とは言えない服を着たアルとルビアが中に入ると、露骨に胡散臭そうな目を向けられた。


「……順番を間違えたかもしれませんね」

 苦笑して、ルビアが小声で呟く。


 まず資金調達に関して調べよう、ということになったのだが、先に服の方をどうにかするべきだったかもしれない。刻印石は旅の必需品であるから、旅装であれば向けられる視線も少しは違っていただろう。

 だからと言って、ここで出直そうとはしないあたりがルビアであり、アルなのだが。ルビアなどむしろこれを奇貨として、店主の人となりを見定めようとしている節すらあった。末恐ろしい15歳である。


 ざっと店内の精石の値段に目を通していくルビア。アルは見てもわからないので、おとなしくそれについて行く。大丈夫だとは思うが、念のため、護衛だ。紅蓮が居れば良いのだが、見た目がただの仔犬なので、今回は宿に置いてきている。ルビアの精石の見張り、という意味もある。

 石を売っている店に、素性の確かではない人間が大量の石を持ち込むのは問題だろうと、ルビアは今、筆跡で判断可能な刻印石しか持って来ていない。


 最初は考えすぎだろうと思ったアルだが、店主の態度を見るに、窃盗の冤罪を着せられるなどといったことすら、絶対無いとは思えなくなってきていた。


 新しく入って来た身なりの良い二人連れはいやらしい愛想笑いで出迎えているし。年のころはアルたちとそう変わらない感じだったが、世知辛い世の中である。


 同じサイズに細かく区切られた商品棚は、ルビアの家で見たチェス盤を思わせた。その一つ一つに色彩別、品質別に精石が数十個ずつ入っている。


 ――と、今ルビアが一瞬顔をしかめたような?


 相場などはわからないアルだが、奥に行くほど商品が高価になっていくことはわかった。刻印石は店主が座るカウンターにしか置かれていないようだ。それもあまり質の良い物では無い、ということが眼を鍛え始めたアルにもわかった。視ることに関しては、最初からアル以上のルビアは言わずもがなだろう。

 危険物である魔石や、それを加工したタイプの刻印石は当然として、高品質なものも店頭には出していないのかもしれないが……


 カウンターの商品と価格を一瞥したルビアが笑みを深めた。

 なんとなく、どっちの意味か理解するアル。


「この店は私たちには相応しくないようです。出ましょうか」


 ――あ。これ間違いなく皮肉だ。


 フン、と鼻を鳴らす店主に、アンタが思ってるのと逆の意味だ、と教えてやりたくならなかったと言えば嘘になるが、旅を始めて早々に問題を起こすのもどうかと思い、アルはルビアと共に踵を返して、


「えぇ!? なにこれ!」若干舌足らずな甘ったるい声が隣で弾けた「こんな粗悪品が200ジェム? 一桁間違ってない?」


 アルたちと入れ違いでカウンター前に立った、綺麗な金無垢の髪の少女が憤慨していて、あぁ、ルビアも似たようなことを思ったんだろうな、とアルは現実逃避気味に考えた。

 ちなみに『ジェム』というのは精石を基準に据えた貨幣単位である。


「お、お嬢様!?」

 と、連れの赤毛が慌てて止めに入ろうとしているのに合わせて、


「あら、ダメですよ、そんなことを言っては」とても良い笑顔でルビアがたしなめるので、アルは安心……「こんな粗悪品でもこの辺りでは貴重なんでしょう」できなかった。


「他に刻印石を扱っている店が無いから、存分に足下を見られるのでしょうね」

「お前もなに煽ってんだ!?」

 思わず叫ぶ。と、金髪の少女の連れと目が合った。ルビアよりも少し年上に見える少年に、ものすごく共感された気がしてアルはとても切なくなった。


「いえ。より相応しい商談相手が見つかったものですから」


 それを聞いた店主が先ほどの皮肉に気づき、顔を赤く染めるが……気付いたのではなく、気付かされたのだとは、わかっていないのだろうな、とアルは呆れた。


「相場の一割二割増し程度ならまだしも、桁上げという品の無さは、刻印師の娘として許容できるものではありません」


 あ、それならしょうがないな。とアルは思ったが。


「ぶっ、無礼な!」店主の声が裏返る。

「え? どう考えても妥当な評価じゃない?」

 きょとん、と首を傾げる金無垢の少女が火に油をぶちまける。


 ――やれやれ。


「おいお前! そいつらに礼儀を教えてやれ!」

 ヒステリックに叫ぶ店主(男)の声に、ようやくその存在に気付いたようで、金無垢の少女が目を丸くする。「スピネ……」何かを叫びかけたのを、ルビアが手で制したのと、ほぼ同時だった。


 入口に立っていた警備の男が抜いた剣が、構える間すら与えられずに、斬り落とされて床に転がったのは。


 赤火刃ファイア・エッジの抜き打ち。使い勝手の良い術なので、告銘コールが不要になる程度には練り上げていた。根元から斬り落とされた剣の、柄だけを握って震え出す男には、どこから取り出したのかもわからなかったであろう、あかの刃を突き付けてアルは言う。


「殴りかかってくるなら、火傷程度で済ませてやったんだけどな……」


 父の仕事に関することでルビアが怒ったように、力の扱いに関して、アルもまた怒っていた。物心つく頃には、もう人間くらい簡単に焼き殺せるだけの力があったアルは、ケンカと戦闘の違いには拘りがある。


「剣、抜いた時点で殺し合いだって――わかってんのか、でくの坊」


 本気の怒りと共に睨み付けられて、ようやく格の違いが理解できたらしい。握ったままだった剣の柄を慌てて放り出し、両手を上げて震える声でアルに謝る。


 まだ幼さすら残る少年に、大の男が本気で怯えるというのは、随分な絵面だな、と皮肉を感じて、アルは少しだけ冷静さを取り戻す。

「人殺しの道具を気軽に抜いてんなよ」

 ため息をつくように告げて、炎の刃を消した、未だ柄だけ持っている剣をくるりと回して懐へ。この種の手遊てすさびは、刀身を熔かしてしまって以来の癖だ。手頃なサイズなので、考え事をする時などついつい手の中でもてあそんでしまう。


「こっ、こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」

 武器を持った大男をけしかけた当人が寝ぼけたことを言う。アルのひと睨みでとりあえず口は閉じたものの、引き下がる気は無さそうで、暴力以外では役に立たないアルは、どうしたものかとルビアに視線を向けた。


「ただで済まないのはそちらの方かと」

 言葉に笑みを含ませて、言ったのはアルの同類……もとい、同系色の少年だった。店主に何やら耳打ちすると、ぼったくり石屋の顔色はそれは見事に蒼くなった。身なりと立ち居振る舞いから、お嬢様とやらが貴族か何かだろう、というのはアルも考えていたが、どうやら相当高い身分のようだ。

「今後はあらゆる石を適正価格で販売すること。お嬢様は大変ご立腹です。一切の割り増しは許しません」


 巧くいったでしょう、とばかりに片目をつむって見せるルビアのドヤ顔に、アルは若干イラッとするのだった。

新キャラが 出て来るまでが 長かった   のぞみ


魔女一行と同じく(それ以上に)だいぶ繰り上げ登場のお嬢様と付き人です。こっちサイドもにぎやかになってきました。最初からにぎやかだという説やあっちサイドはにぎやかとは違うナニかだという説もありますが。

予定していた黒曜さんたちのお話は、時系列的にハル君たちが目的地に着いた後なので、先にそこまでを語ろうと思います。今現在も若干時間が巻き戻ってたりはするのですが。

そんなわけでシディ父さんファンの方(私の回りにはワリといる)もう暫くお待ちください。


次回「金無垢の少女」


その邂逅は、福音となり得るのか。

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