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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第6話 金無垢の少女

 場所を替えましょう。そう言ったのは金無垢の少女だ。腰まである長い髪は緩やかに波打ち、綺麗な金色を見せつけるように、編みも結びもしていない。


「ちゃんとした紅茶を出す店を見つけたの。おごるわよ?」


 ちゃんとした紅茶、という言葉に思わず反応したのはルビアで。


「……おごってもらう理由なんてねぇだろ?」

 と、眉根を寄せるのは存外真面目なアルだった。


「面白いもの……と言っては失礼かしら? 素敵な赤い剣を見せてもらったことと、事態の収拾を手伝ってもらったお礼、というのではいけない?」砂糖菓子のように甘い声のお嬢様が小首を傾げて、

「そこの武器を持っただけの素人はともかく、貴方が敵側だと厄介でした。お二人がお嬢様と同意見でとても助かりました」

 従者らしき少年が言葉を重ねる。まだ両手を上げたままの大男に一瞬向けられた視線には、はっきりとした侮蔑の色があった。


 なるほど、とルビアは納得する。お嬢様の発言で彼女の立ち位置がわかったこちらと違い、あちらの立場で見れば不用意に敵を作った形だ。

 同時に疑問も覚える。彼はアルを敵に回して『厄介』だけで済む程なのだろうか、と。戦う者ではないルビアにわかるのは、魂の色彩で判断する術師としての力量だけなので正確なところは不明だが、同世代でアルに勝てる者が居るとは正直思えなかった。


 そのあたり、アルの判断はどうなのだろう、と視線を向けると、アルもまた、ルビアの方を見たところだった。視線で最終判断を委ねて来るアルに、ルビアは少しばかり苦笑する。

「そういうことならごちそうになりましょうか。私も少し、お話がしたいですし」

 相手を知らないことにはどうにもならない、というのがルビアの結論だ。


「決まりね。メアリーよ。彼は護衛のスピネル」

 つまらない石屋を率先して出る、金無垢の少女が言った。


「サルビアです。この町と同じ名前ですね。皆はルビアと呼びます」

「アルマンディン。アルで通ってる」

 ルビアとアルも名乗り返す。


「アル? 変わった省略ね。そもそもアルマンディンが珍しい名前だけど」

 メアリーの疑問に、アルが答える。

「友達が付けてくれたんだ。なんでもどっかの国の言葉で『まさに』とか『正しく』って意味らしいぞ?」


「そんな意味があったんですか」

 これにはルビアも驚いた。


「でも、似合うね」

 メアリーが言い、ルビアも頷く。アルは誇らしげに笑った。

「ありがと。ハルもそう言ってた」


 ルビアはアルと笑みを交わす。少し、切ない笑みだった。


「で、メアリーって、花じゃない名前ってことは、やっぱり貴族なのか?」

 貴族に対するには少々砕けすぎた言葉遣いではあったが、そのあたり、当のメアリーのみならず、従者のスピネルも意外と寛容のようだ。

「あー……まぁ、そう、かな? 一応お忍びだから、悪いけど家名は伏せるね」

「貴族の事情に首突っ込もうなんて思わねーよ」と、アルは苦笑い「んで、そっちのヒト、スピネルって……」


「ありふれた名前よね」「ですね」「……えぇ。まぁ。」

 三人が口々に言うのに、アルは眉根を寄せる。


「……なぁ、ルビア。傭兵騎士の話って、そんな昔じゃないよな?」

「ですね。まだ建国から3……いえ、4年は経ちましたか。

 ――あぁ、そういうことですか。彼はアゲートからの改名だと思いますよ?」


 ご明察です、と当人が微笑むが、アルはまだ良くわかっていない様子で、改名? と首をひねっている。


「新しく国が興った時、王国を表すぎょくはそのまま国王だけの名となり、国内で同じ名前の者は名を改める決まりなんですよ。他国ではそこまではせず、次の世代からは名付けるのを自重するくらいですが」

「それでアゲートからの改名で、一番人気が高かったのがスピネル、ということね。近い色彩だし、何より建国のゆうだしね」


 常識でしょ? と小首を傾げるメアリーにも、ルビアは補足する。

「貴族階級にとってはそうかもしれませんけど、庶民には縁の無い話ですよ。そもそも宝石の名前なんてつけませんから」

「――そうなの?」

「名前負けするだけですし、婚姻の石を用意するのも大変ですから」

 結婚指輪には妻の花を意匠し、夫の石を象嵌ぞうがんするものだ。見栄を張って息子に宝石の名前をつけたせいで、嫁取りの時に苦労する商人の物語などもあったりする。不意にルビアは、アルを介してウィルから教わった献花奉石けんかほうせきのことを思い出していた。あれはつまり、妻が用意した花飾りの指輪に、夫が石をめる、という意味だったのではないか、と。


 そこで目的の店に着いて、会話は一旦途切れる。


 貴族のメアリーがちゃんとした、と言うだけあって、その店はディルジエラだけでもファーストフラッシュ、セカンドフラッシュ、オータムナルが揃っていた。今年のファーストフラッシュにはまだ早いので、旬は少し過ぎているが、ルビアはせっかくなのでオータムナルを、あまり詳しくないアルも同じ物を頼んだ。

 ミルクティー派らしいメアリーはシロン茶で、スピネルはディルジエラのセカンドフラッシュだった。なにげに価格だけで言えば、護衛の彼が一番高価だったりするが、メアリーは気にした様子もない。お嬢様にとっては、この程度はした金、ということか。


 けれど辺境と言って良いこんな町で、これだけの紅茶を揃えていて利益が出るのだろうか、というルビアの無言の疑問にはメアリーが答えてくれた。なんでも商人を引退した老夫婦が、昔のツテを頼りに半ば以上趣味でやっている店なのだとか。

 何故彼女がそれを知っていたのかと言うと、ルビアと同じ疑問を抱いて老婦人に直接訊いたかららしい。


 お茶請けに関しては、味の好みだけ伝えて、来たことのあるメアリーにお任せである。ルビアは酸味よりも甘みが強いもの、アルは甘すぎないものだ。


「さっき言おうと思ったんだけど、ルビア。貴女の水色はアルの火の色と比べて随分みすぼらしいけれど、頭はかなり良いようね」

 注文を終えて。メアリーの第一声がこれだった。


 男の子二人は、がたりと椅子を揺らしたが、ルビアはただ、苦笑するばかりだった。何の悪意も無く、無邪気に言われてしまっては。


「お嬢様っ!」スピネルが悲鳴じみた声を出し、

「てめぇ、ケンカ売ってんのか」立ち上がりかけたアルは、ルビアが止めた。


「アル君。メアリーの言っていることは何も間違っていませんよ。貴方のあかと比べたら、大抵の色彩いろはみすぼらしいです。勿論、私の蒼も。

 ただ、ひとつだけ訂正を。私の色彩いろは水のあおではなく空のあおです。ウィル君がそう言っていた、そこだけは譲れません」


 アルには作り笑いと言われる隙の無い笑顔で告げる、言葉は剣戟にも似ていた。絶対に譲れない想いをぶつける、それは。ウィルの眼よりも貴女のそれが優れているはずが無いと断じる一太刀だ。


 が、それに対してメアリーは驚きに目を見開いて、

「ごめんなさいっ!」

 テーブルに両手をついて頭を下げた。


 これには斬りかかったルビアも二の太刀を失う。


「あぁ、もう、私ったら、視る眼が無いって兄様と姉様にもいつも叱られてたのに……非礼を詫びます、ルビア。水の色と思い込んでいたせいで劣って見えた貴女の色は、空の色だとわかって見れば、透き通っていてとても綺麗だわ」

 金無垢という色彩と、舌足らずな甘い声に、無邪気そのものの言動が加わって、ひどく幼く見えていたメアリーだが、こうして毅然とした態度を取れば、印象は一変する。ひょっとするとルビアより年上、ということもあり得るかもしれない。


「は、はぁ。別に気にして……いえ、違いますね。メアリー、貴女を許します」

「許してもらえて良かったわ」

「私も、ケンカ別れにならずに済んでホッとしています」


 穏便に済んで良かったです、とスピネルも言い、ただアルだけが、振り上げた拳の持っていき場に困っている様子ではあったが。


「……まぁ、謝って、許されたんなら、あんまグダグダ言いやしねぇが、ひとつだけ。オマエが認めたあかは、友達をみすぼらしいなんて言われて、黙ってられるほどヌルくねぇことは覚えとけ」


 メアリーに向けてそれだけ告げて。がしがしと火色の頭をかき回しながら、浮かせかけた腰を落ち着けるアル。


「いや、カッコイイですね、アル君は」ルビアの素直な称賛を、

「ハルの次に、か?」アルがそんなふうにまぜっかえす。


「いや、それはどうでしょうか? 確かにウィル君もカッコイイ時はカッコイイですけど。単純にどちらが、と言えばアル君の方がカッコイイんじゃないですかね?

 ウィル君はどちらかというと放っておけない……というのも違いますか。一緒に居てあげたい……なんて言うと上から目線ですよね。なんて言えばいいのか……」


 むぅ、とルビアが唸っていると、メアリーが訊いた。

「えっと、ルビアはそのヒトのこと好きなの? 好きじゃないの?」


「好きですよ」

 返答には、一瞬の迷いも無かった。そしてそう口にすると、いろいろなものが噛み合った。

「はい、私は彼のことが好きです。強さも脆さも危うさも、簡単に自分を棄ててしまうバカなところも、無自覚に口説き文句としか思えないようなこと言う憎たらしいところも、今はアル君に対してしか見せない、ちょっぴり意地悪な笑い方も。

 そうですね、私はウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング君のことが……そう、どうしようもなく・・・・・・・・好きなんです」

 いつも彼が、否定的な意味で使っていた言葉を、敢えて肯定的に使用する。それは此処には居ない想い人への宣戦布告であった。総てを知って、それでもまだ好きだと言うつもりなので、覚悟していてくださいね、という。


「えぇと……ごちそうさま?」若干苦笑いのメアリーに、

「はい。おそまつさまでした」ルビアはとびきりの笑顔を返すのであった。

ルビアちゃんが絶好調です。ノリノリ過ぎて予定してたところまでたどり着きませんでした。

なにげに彼女と同レベル(知力的に)で会話ができる女の子ってメアリーが初めてかもしれませんね。


次回「寄り道の理由」


貴族の少女が求めたものとは……?

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