第4話 もう一度彼に逢うために
その場の感情で割って入ることの無いように、アルは眠りの術を二重にかけられていたと聞き、ルビアは呆れと……やっぱり呆れを感じた。
そこまでやったウィルに対する呆れと、そこまでされてもう起きてきているアルに対するそれも、やはり呆れと呼ぶべきだろう。
ルビアの知識が確かなら、それは永遠の眠りになっていてもおかしくないような、危険な行為だ。けれどそれでアルが目覚めなくなる、という事態が想像できないのもまた事実で。
呑気にあくびを噛み殺すアルに、ルビアは起こったことを順を追って説明していった。騎士団がウィルを怪物として処刑しようとしたこと。その言いようについカッとなって噛みついたが、今でも後悔はしていないこと。ウィルはルビアを突き放すようなことを言ったが、おそらくそれは騎士に反論したルビアを護るため、自分とは無関係だと主張するためだったのではないか、ということ。
そこまでを聞いて、アルは吐き捨てるように言った。
「――あのバカ……」
「ねー」
ルビアもまったく同感だった。自分だけが死のうとするなんて、そんな自己犠牲、怪物のやることではない。
何よりルビアは、全員が生き延びる道を、皆で探したかった。
「で、その先はウィル君に似た色彩の魔女が身を挺して彼を庇って、雷光鬼? とか呼ばれた女の子が騎士を全滅させて、おしまいです。その子ともう一人、鬼人を連れてウィル君は行ってしまいましたとさ」
徒歩での旅は遅々として進まず、今晩は野宿になるだろう。とりあえず前に行った湖まで着ければ、水は確保できるか……などと考えるルビアにアルが訊く。
「んで、ルビア? ハルんとこ行くって、アテはあんのか?」
ルビアはウィル譲りの微笑と共に返す。
「いえまったくこれっぽっちも」
「ダメじゃん!」
「相変わらず良いツッコミのキレですねー」
「いや、んなこと言ってる場合じゃなくてっ、どーすんだよ、これから!?」
そうは言われても、出遅れて、向かった方角もわからず、そもそも向こうは徒歩とは限らず馬があったかもしれず、下手をしたら転移で移動した可能性すらあるのだから、今更追いかけて追いつけるはずがないのだ。
だから。
「まずは隣町まで出て旅支度を整えます。とりあえずの旅費はもらったものの、着の身着のままですから」と、軽くスカートの裾を持ち上げて揺らし「旅装と、食料品、馬は……買うよりも乗り合い馬車とかの方が良いですかねぇ。そのあたりは町についてから、ですね。路銀も手持ちを食いつぶしていったんじゃあジリ貧ですので、金策も考えないと……まぁ、これに関してはいくつか案もあります。
あ、できればそこで信頼できる護衛を見つけるまでは付き合ってもらえると助かります。ダメならその間紅蓮君を貸してもらえればそれでも」
「……お前さ。」何故か疲れたふうにため息をつかれ、
「はい?」小首を傾げて問い返す。
「オレが断る、なんて思ってねーだろ」
半眼を向けられたルビアは笑顔で返した。
「えぇまぁ。アル君はか弱い女の子を放り出したりしない、って信じてますよ?」
少しばかり冗談めかしてルビアが言うと、アルは苦虫を噛み潰したような顔をした。失礼な反応だな、と思っていると、
「騎士相手にタンカ切るようなか弱い女の子が居てたまるか」
とても納得できる反論をされて、うぐ、とルビアは言葉に詰まる。
「い、いやほら、か弱い(物理)ってことで」
「限定的なか弱さだなー」
「うるさいです」
軽妙な軽口を交換し、ルビアとアルは笑い合った。
「なんか、久しぶりな気がする。こーゆーの」
「ですね。ウィル君が魔法を使って以降、どうにもシリアスでしたから」
「けど、」と、アルが視線で続きを促し、
「もう一人居ないとしっくりこない、ですよね?」
ルビアが、二人の共通認識を言葉にした。
なんと言うか、もう一声足りない感じだった。此処に彼が居たならば、もっと面白くて、もっと楽しいはずなのだ。
「そーいや最後の一か月、アイツんちでハルも言ってたっけ。オレとハル、二人だけで真面目に精霊術の話をするのも違うだろうけど、あと一人居れば、そういう話も悪く無かった、って」
その言葉に。ルビアは両手で顔を覆い隠した。
とてもではないが、他人に見せられる顔では無かった。
「――ルビア?」
「……ごめんなさい、ちょっと時間をください」
報われた、と思った。あのウィルムハルト=ブラウニングが、自分と唯一の友人と、そこに加えるもう一人に、サルビア=バラスンを選んでくれたのだ。泣きたいような、笑いたいような、その両方でありながら、どちらでも無い感情が渦を巻き、酷い顔になっていることは想像に難くなかった。
――あぁ、やっぱり私は、彼のことが好きなのだ。
さて。サルビア=アメシスト=バラスンが恋をした相手は、世界……いや、七彩教会にとっての絶対的な敵らしい。が、何故?
「まずは知ることから始めるべきでしょうね」
天を仰ぎ、深呼吸をひとつして、ルビアは顔を覆っていた手を下ろす。
「――知ること?」
「えぇ。七彩教会と、無彩色の『人間』について。
何も知らなくて、対応すらできなかったから。次はせめて、言葉の鋒は揮えるように、教会の建前と本音について知ろうと思います。あとそれと、一般常識がどの程度か、というのもですね。そのあたりがわかれば、民衆を扇動して宗教革命が起こせるかもしれません」
半ば自分に向けてルビアが呟いていると、何故かアルがヒいていた。
「こえぇよお前」
「ひどいですね。剣で戦えない私なりの闘い方ですよ。世界の常識が彼に死を強要するのなら……世界を騙すか、世界を変えるかしかないじゃないですか」
彼が好きだと言っていた物語を引用し、にっ、と不敵に笑って見せるルビアに、アルは苦笑で応えた。
「思ってた以上にずっとヤバイヤツだったんだな、お前。
想像以上にヤバくて、すげぇヤツだ」
「恋する乙女は最強なんですよ? 好きな男の子のために、世界を変えるくらいはやりますよ」
「恋する乙女で世界がヤバイ……!」などとアルは冗談めかすが、
「だって、あのウィル君がただ生きているだけで罪だなんて、認められないじゃないですか。それが世界の当たり前なら、私は世界の敵で良いです」
「……強く、ならねぇとな、お互い。それぞれの意味で」
共に、世界に挑もうと、アルマンディン=グレンは言った。
サルビア=アメシスト=バラスンと、アルマンディン=ゲンティアン=グレンが、共に闘う仲間となった瞬間であった。
……が、ただ。
「これであとウィル君が居てくれれば、それこそ何でもできる気がするんですが」
「だよな。あのバカ、肝心な時に居やしねぇ」
「ま、バカは私たちもヒトのことは言えませんが」
「――違いない。特にルビアは片想いだしな」
むっ、とルビアは頬を膨らませる。
「なんですか。自分は両想いだとでも言いたいんですか」
「誤解を招く言い方すんな!」
「良いんですよ、片想いで」
噛みついたアルが、思わず息を呑むほどに。とても綺麗に、ルビアは微笑む。
「彼が最後に、私をルビアと呼んでくれたから。私が世界を変える理由なんて、それだけで充分なんですから」
「……そっか。
……ん? だったらルビアもアイツのこと、ハルで良んじゃね?」
「かもしれません、けれど。やっぱり本人に直接認められるまでは、そうは呼ばないでおきます。女の意地、ってやつです」
「らしい話だな」アルが笑う。
「そうですか? まぁ、それはそれとして、設定を決めてしまいましょうか」
「――設定?」
「未成年二人じゃ侮られる以前に、まともに商売もできませんから。
父様がそれなりの額を持たせてくれたとはいえ、自分たちでも稼げるようにならなくては拙いです。
なので年齢、もしくはそれに類する話題を振られた時は『少し早いけれど独り立ちをした』と答えましょう。アル君の両親が商人だということも言えば、修行中だと勘違いしてくれるでしょう。姉弟だと思わせておきましょう。
私は実際のところ勘当されたわけですが、それだってある意味『独り立ち』ですし、真相なんて言わなければわかりません。『少し早い』は勝手に『成人したて』と解釈してくれるでしょう。年齢の証明を求められたら、田舎の村から出て来たので、物品としては無い、と。これは足下を見られる原因になるかもしれませんが、そこは私が頑張ります。
あ、荒事になった時は任せますね。ブラウニングの親子に鍛えられたアル君なら、町のチンピラくらい敵じゃないでしょうし。アル君の戦闘能力は換金可能でしょうが、それは最後の手段……って、どうしました?」
目が点になっているアルに問いかけると、
「いや……ハルが規格外過ぎて今まで気付かなかったケド、ルビアも大概すげぇのな……」
などと言われる。
「いや病魔を燃やしたヒトに言われても」ルビアは失笑してしまった。
「あー……あれ? オレらってひょっとして、町でも通用する?」
「自己評価を上げすぎるのは危険ですが、おそらくは。病魔だけを燃やす火、なんて聞いたことも無いですし、侍獣持ちは確実に希少です」
「そっか。じゃあ最悪オレが稼げるのか」
「はい。なのでまずは、私がどこまでやれるか試させてください。旅先で収入が得られるめどが立てば、目指すは七彩教会の聖地、精都エルドラドです」
もう一度彼に逢うために。
今度は、彼の助けになるために。少女と少年は、聖地を目指す。
主人公って誰だっけ……?
まぁそれはさて措き、なんかRPGでパーティーが別行動してるみたいな雰囲気ですね。あれってなかなか燃える展開だと思うんですが、このエピソードはいかがだったでしょうか。
現時点で数日時間を遡っていますが、あまり時系列が乱れるのもどうかと思うので、次もこの二人のパートです。
次回「彼女が父から貰ったもの」
少女は、訣別した父を想う。




