第25話 元色と熾紅と
危ない真似をしたと、こっぴどく叱られた再誕祭――祭りの日だからあの程度で済んだとも言えるが――から一週間、祭りは安息日に行われるものだから、アルがこの生き物のいない森を訪れるのも二週間ぶりとなる。
「叱られてんのに楽しそうだったよな、アイツ」苦笑する。
他の皆……もしかしたらルビアは違うかもしれないが、それ以外の者にはいつも通りの笑顔に見えていただろうハルは、とても楽しそうにお説教を受けていた。優等生で、あまり叱られるということが無いからだろうか。
まぁ、アル自身も皆で仕込んだ悪戯が成功した時のような感覚であったから、あまり人のことは言えないのだが。というか、あの七人全員がそうだったように思う。お説教が終わった後、皆で顔を見合わせて笑いあったのだから。
「今日は読書の日じゃないんだな」
つい先ほどまで水浴びをしていたらしい、服を着終わって、濡れた髪を拭っているハルに声をかける。
「あぁ、アル。なんだか久しぶりな気がしますね。
本は……今借りてるのは、此処では読めないので」
「――なんで?」
「森の浄化作用のせいですね。書かれて日の浅い文字は、此処では汚れと認識されて消えてしまうんです」
「あー……経験談?」
なんとなくそんな気がしたアルが訊いてみると、ハルはがっくりうなだれた。
「えぇ。読みかけの本の文字がゆっくり薄れて消えて行くんです――よりにもよって、怪奇小説のそれが。一瞬、斬新な演出なのかと思いました……」
「なにそれこわい」
アルのあいづちに、ハルはクスリと笑った。
「そういやさ、ハル」
「はい?」
「再誕祭……ってか式? の時、なんか不機嫌じゃなかった?」
アルがそう訊くと、ハルはここでだけ開いている目を丸くして問い返した。
「……なんで、そう思ったんですか?」
「んー……なんとなく?」
「疑問形ですか……演技力には自信あったんですけどねぇ……」
はぁ、とため息をつくハル。
「てことは当たってた?」
「はい。まぁ、そうですね。そんなにわかりやすかったですか?」
「いや、オレはなんとなくそんな気がしただけだし、他のヤツは……あ、ルビアは気付いてたかもしれないケド、ジェディなんかはいつも通りのオマエに見えてたんじゃね?」
で、なんで? とアルが問えば、
「銘ですよ」と、端的な答えが返る。
それじゃわからない、とアルが問いを重ねる前に、ハルが珍しく苛立たし気な様子で続ける。
「あの神父様は赤いものが火だけだとでも思っているんでしょうか。朝陽だって夕陽だって赤いし、血だってそうです。あれではせっかくの才能を潰してしまいますよ。ちゃんとした銘を識ったならば、現時点ですらあの人以上の治癒術が使えるでしょうに。
自分だけが治癒術師であるために、わざとやっているのではないか、などと勘繰ってしまったくらいです」
「あー、じゃ、オレの『火の赤』もおかしい?」いや、オマエも火の色って言ってたか、と続けるよりも早く、
「――はぁ!?」と、声が裏返るほどの勢いでハルが叫んだ。『火の赤』? 『火の赤』!? と、苛立ちどころではない、明確な怒りをあふれさせて繰り返す。それはもう、アルが軽く引く程の剣幕だ。
「呆れた、というか呆れ果てました。語彙が貧弱にも程がある。これほどまでに綺麗な赤が、ただの『火の赤』? それならまだ家名から取って『紅蓮』とでもつけた方がマシというものです」
「ぐれん?」
グレンとは違うイントネーションにアルが首をひねれば「こう書きます」と、ハルが人差し指で地面に二つの文字を描く。紅蓮、と精霊文字で。
「本来は紅色の蓮の花のことなのですが、その形が燃え盛る炎に似ていることから、最近では炎の意味で使われることの方が多いようですね」
「へー、なんかカッコイイし、オレそっちにするわ」
「いや『銘』というのはそんな簡単に……いや、そうでもないですか」
「何? オレにもわかるように説明してくれね?」
ハルのように頭の良い人間が自己完結したのでは、聞いているアルにはさっぱりだ。ルビアあたりであれば、ある程度は察すこともできたのかもしれないが。
「あぁ、すいません。本来であれば、一度刻まれた銘というのは、変更できるようなものではないんですよ。刻銘式とは文字通り、魂に『銘を刻む儀式』ですから。
ただ、あの人の色彩では銘を刻むなど、とても不可能だと気づきまして」
「そうなのか?」
「はい。本来『刻銘』とは同じ色彩で、より純度の高い者が行うものなんですよ。たとえば教会の最高位司祭には虹の七色の位があって、王族や上級貴族の刻銘式を担当しているんですが、これはこれで弊害があるんですよねぇ。青の最高位の色が水に関するものだった場合、空の色にも銘を刻むのが水の色ということになって、この刻銘は失敗しますから。
とはいえ、権威と形式だけが残った今の教会では、失敗した事実にさえ気づける者がいるのか怪しいですけど」などと言って、クスリと微笑んだりするのだから、この無駄美人はなかなかに良い性格をしている。
「オマエ、結構ヤバイことさらっと言うのな……」
「危険思想ですか? 生まれつき死罪の私には今更ですよ」
自身の無彩色の髪を一房つまんだハルは、にこやかな笑顔のままで、それをぷらぷらと振ってみせた。
「……オマエのそーゆートコ、嫌いだ」
自分にも、世界にも、一切の期待をしていないと、ウィルムハルト=ブラウニングは笑うのだ。その髪の色のように、魂の色のように、透明な笑顔で。
「――アルのそういうところ、私は大好きですよ」
見た目超絶美少女が、幸せそうに笑って、このセリフである。付け加えるなら声変わり前の、だ。アルは赤毛の短髪をがしがしと掻きまわす。
「だからオマエ、その顔でそういうこと言うのやめろ。どうせならルビアあたりに言ってやれよ。喜んでまた変な声で鳴くぞ、きっと」
アルがからかうように笑って言えば、
「私は思ってもいないことは言いませんよ?」きょとんとした顔が答える。
「それはぜったい言ってやるな。泣くから、アイツ」
圧し止めるように、アルはハルの肩を両手で叩いた。
「あー、っと、そだ。あの神父サマの刻銘式が無意味だってんならさ、ハル。オマエが『紅蓮』でやり直してくれよ」
話題を変えようと思考を巡らせたアルは、元の話題がまだ終わっていなかったことを思いだして言った。『火の赤』よりも『紅蓮』の方がカッコイイ、と。
「いえ、『紅蓮』というのも、『火の赤』よりマシだというだけで、アルの色彩には相応しくないですよ。
そうですねぇ、私が名付けるとするなら……盗賊の神が天界より盗み出したとされる世界最古にして世界最高の太初の焔。至高の紅にして真なる熾――熾紅、オリジナル・フレイムといったところでしょうか」
再びハルの指が二つの精霊文字を描く。『熾』そして『紅』の二文字を。なるほど、『火の赤』というのは貧弱な語彙だ、とアルはようやく理解できた。
というか……
「なにそれヤバイ。カッコイイ。それにしよう今すぐしよう」
興奮してハルをがくがく揺さぶるアル。
「ちょ、だっ、かっ、らっ」
途切れ途切れのハルの声で、ようやく状況に気付いたアルは手を止めた。はぁ、とハルは大きく息をつき、
「話聴いてましたか? 同じ色で、より純度が高くなければ銘を刻むなんて無理なんですって。私じゃ役者が足りてませんよ」呆れた声でそう言った。
「でもそれっておかしくね?」
「何がですか?」
「だってさ、同じ色で一番純度が高いヤツには、誰が銘を刻むんだ?」
アルの素朴な疑問に、ハルははっとした表情で口元に手をやった。そのまま片手で口を覆うようにしながら、ぶつぶつと何やら呟き出す。失地、いや、でも、神子、だとすると、魔族、それなら、聖炎、維持、そんな断片しかアルには聞き取れない。
「おーい、ハルー?」うつむいた顔をアルが覗き込むと、ハルはびくりと身を竦めた「お帰り」こちらの世界に焦点が合ったハルに、アルが苦笑とともに言う。
そういえば、とアルは思い出す。あの時もハルは、ここではないどこかを見ているようだった、と。
「初めてここで会った時さ、ハルの髪ってこの世界に有る全部の色に輝いてるみたいに見えたんだよな。あらゆる色を閉じ込めてる、って言うか、全ての色の元になってる、って言うか。だから、役者は充分足りてるって、オレは思う。
何よりあの神父サマがやっつけでつけた銘よりも、オレはハルがちゃんと考えてくれた銘の方がいい」
「全て色の元……元色――ジ・オリジンですか。これはまた、たいそうな銘をもらったものです。お返しに刻銘式の真似事くらいならやっても良いですけど……本来なら、場所も重要なんですがねぇ」
「場所って?」
「刻銘式を受ける人の色彩、その精霊の濃い場所ですね。アルの場合だと火山なんかが最適なんですが……」
「それってここじゃダメなのか?」
言うのに、ハルは目と口をまん丸にして固まった。アルとしてはただ思いついたことを口にしただけなのだが……
「――ハル?」
「……いや、アルって、たまに凄いですよね」
「オマエ、それ褒めてないだろ」
「褒めてない、んですかね? 少なくとも驚いてはいますよ」
そこで一度言葉を切ると、ハルは眩しいものを見るように目を細めて微笑む。
「だって、私が考えた以上の最適を、何も考えずに導き出すんですから」
不機嫌のタネ明かし。ぶっちゃけルビアちゃんは考えすぎでした。あのへんハル君はとっくに諦めてるんで。
紅蓮の件はわりと創作です。紅蓮の炎、という言い回しはありますが、紅蓮という言葉単体には炎の意味は無いようです。執筆中に調べて初めて知りました。あと、『元』色は誤植ではありません。
次回はアル君のクラスチェンジイベントです。「火の赤」から「熾紅」へ。予告詐欺が横行してるので、一話ストックしようかと思ったんですが、次がわかりきってるので上げちゃいます。




