第24話 シグルヴェインとルビア姫
体を動かすのは苦手だから、そう言ってウィルは踊りの輪に加わろうとはしなかった。これをルビアは残念に思ったかというと、実はそうではなかった。もうすぐ彼のヒロインを――それもキスシーンまである!――演じるのかと思っただけで頭はゆだりそうであり、むしろ本番前に少し距離がとれたのがありがたかったくらいだ。
ちなみに踊らなかった人物はもう一人、ジェイもいるのだが……ルビアがそのことに気付いているかどうかは、もはや言うまでもないだろう。
陽が傾き始め、世界に赤い色が混じり出す頃、最後の演者となるルビアたち七人の順番が回って来る。
「さて、ではそろそろ出番ですよ、ルビア姫?」
物語の王子様がダンスに誘うように、ウィルがルビアの手を取って一礼する。その不意打ちに、また妙な鳴き声が出そうになったルビアは、空いている方の手で慌てて口を塞いだ。
ちなみにこの『ルビア姫』という呼び名は、ルビアが苦労して勝ち取ったものである。本来『姫』に決まった名は無く、単に『姫』とだけ呼ばれることが多いのだとウィルは語った。姫ではなく、ただの村娘とする話もあり、そもそも生贄の少女が出てこないものもあるのだとか。
「そう言えば、サルビアという名の青い髪の少女、という説もありましたね」
というウィルの言葉に食いついたのがルビアである。
せっかくだからその名前を使おう。いやいっそのこと『ルビア』にしてしまおう。諸説あってはっきりしないのであればどれでも良いではないか。あくまで役名として呼ぶだけだし。名無しの『姫』では締まらない。云々。
この機会に彼に『ルビア』と呼んでもらおうという必死の主張に、ウィルは仕方ないな、と言うような口調で、
「はいはい、わかりましたよ。ルビア姫?」
言われたルビアは「――っくぅ~」と、仔犬が鳴く様な声を上げてしまったものだ。身をよじって悶えたような気もする。自分で望んだことながら、少々破壊力がありすぎた。
そして『演じる』ということに関して、彼は想像以上にノリが良く、ことあるごとに『ルビア姫』と呼んでルビアを大いに照れさせることになるとは、予想外どころの話ではない。いろいろと主張しながらも、どうせルビアと呼んでもらえることは無いだろうと思っていたのだから。
「――では、先に行きますね……シグルヴェイン」
ウィルに合わせて役名で呼んで、ルビアは大人の身長ぐらいの高さがある舞台に向かう。本当は役名の前に『私の』とつけたかったのだが、自重したというか、照れが勝ったというか。ほら、練習で最初にキスシーンをやった時のように、ジェディが騒いでも大変だし。内心でそんな言い訳をしながら、ルビアは舞台に上がった。
フォエミナのナレーションが、魔龍が生贄を求めたこと、美しい姫が自ら名乗り出たことを語る。
「私のことを『美しい』と、この国の皆は言ってくれます。ここで私が行かなければ『美しい』の前に『見た目だけは』と付くでしょう。そんなふうに言われるのは、とても我慢ができません。
私は、私自身の誇りのためにこの命を擲つのです」
姫のこの言葉が本心なのか、皆の罪悪感を和らげるためのものなのか、それはどの記録にも残っていない、とフォエミナが続ける。
これがウィルムハルトの創った物語だ。明確に問いかけるが、明確な答えは与えない。事実は一つしかないが、真実は受け取る人の数だけあって良い、そうウィルは言っていた。
外見だけを褒められるのが不満だというのは、もしかしたら彼自身のことなのかもしれない、そう思うのは、果たしてルビアだけか。
一人魔龍の許へと向かう姫を追って来た男(?)がいる。
男、というのに疑問符を付けたのはフォエミナのアドリブだ。
「あぁ、追いついて良かった。君がルビア姫かい?」
この胡散臭いまでに爽やかなのが、かの英雄シグルヴェインである。と、これはアドリブではなく、かと言ってウィルの台本とも違う、練習中にフォエミナが思い付きで言ったのを正式採用したものだ。
狙い通り、どっと笑いが起こる。
シグルヴェインが言う。龍に挑んでみたい。だから自分が代わりに行こう、と。
姫は答える。そのような施しは受けられない、と。
「ですので、無事に戻られた時には、私を貴方に差し上げましょう」
ウィルであれば『別に要りませんよ?』とでも言いそうであるが、爽やかシグルヴェインは恐縮して辞退する。それこそ受けられない、と。
「貴方が来なければ確実に死んでいた身です、遠慮は無用ですが……それとも、私なんて要らないですか?」
目を潤ませて、渾身の上目遣いを。少しくらいはドキドキしてくれないものかと思うルビアだが、そう簡単に行けば苦労はしないと知っている。彼の目が見えていれば、少しは違ったのだろうか。
「その言い方はズルイな。じゃ、戻ってからいろいろ相談しようか」
「生きて帰るのが当然のように言うんですね。顔に似合わず自信家なんですか?」
「悪かったね、女みたいな顔で」
「いいえ? 私はゴツイのよりも好きですよ?」
シグルヴェインが苦虫を噛み潰したような顔をする。
もしシグルヴェインが敗北し、魔龍が機嫌を損ねたという場合に備えて、姫はすぐそばで様子を見守ることにする。と、いうことで、ルビアは一度舞台から降りる。
代わって出番となるのは、十翼の魔龍である。舞台の後ろに、ジェディ渾身の作が起き上がる。そう、起き上がったのだ。ジェイの演技に自分の絵が負けていることを悔しがったジェディは、見上げるほど巨大で、且つ稼働する絵を描き上げたのである。
動く絵のタネ明かしをすれば、いくつかのパーツに分割された絵と、絵師自身が操る植物による動きだ。だから動かせるのは数枚の翼と首くらいのものだったが、彼の見事な筆致で描かれた魔龍は黄昏の色の中、一種異様な存在感を以って其処に在った。
それはもう、子どもが泣くくらいの迫力で。
マズイ。やり過ぎた。そんな声が聞こえてきそうな表情のジェディと、ルビアは顔を見合わせる。この迫力を演出するため、というのもあって順番を最後のしてもらったのだが、裏目に出てしまっただろうか。そんな、不安に駆られる舞台裏に、英雄の声が届く。
「大丈夫だよ」それは、今まで聞いたことがないほどに優しい声で「アレは今からお兄ちゃんがやっつけるから、心配しないで? ……そうだね、それまでの間はアルが、ボクの仲間が護ってくれるよ」
舞台に膝をつき、自信に満ちた笑顔で、シグルヴェインが観客に語りかける。アルがその子に駆け寄っていくのがルビアにも見えた。
「だいじょーぶ、ウィル兄ちゃん、すっげーんだぜ!?」
と、フォローのつもりか、アンバーが泣いていた子と、それ以外の子にも聞かせるように、大声で言った。ただ、できれば『ウィル兄ちゃん』ではなく『シグルヴェイン』と呼んでもらいたかった。ルビアはジェディと苦笑を交わす。
「我を『やっつける』などと、大きく出たものだな、小さき者よ」
低く重く、遠雷のように響くその声を、誰もが聞いた瞬間に魔龍の声だと理解した。セリフに合わせて、ジェディが一対の翼を動かすことで、魔龍がしゃべっていると思わせる工夫もしているが、それが無くとも充分な威厳のある声――それを演じているのがジェイだと聞けば、一人の例外もなく驚愕することだろう。
更に驚愕の事実を付け加えるならば、先のシグルヴェインのセリフは勿論、今の魔龍のセリフもアドリブなのである。半ば観衆の反応に合わせた即興劇の様相を呈してきた。
「図体はデカいクセして、アンタもなかなかちっさいんじゃない? 『小さき者』に生贄を差し出させる、なんてさ」
即座に返したシグルヴェインの落ち着きようと、アンバーとアルのフォローのかいあってか、もう泣き出す子どもはいなかった。
「云うではないか」
笑みを含んだ魔龍の声に、シグルヴェインは肩を竦める。
「まずは口で勝たないことには、どうにもならないからね。さすがに十翼の龍の全力には抗いようがない。だから、一つボクと賭けをしないか」
「勝手なことを……我がそれに乗るとでも思うか」
笑みは笑みでも今度は嘲笑を含んだ声に合わせ、魔龍の首が動いた。シグルヴェインに喰らいつくように……とまではいかないが、そのあたりの雰囲気は、ジェイが演技でカバーしている。声だけでここまで表現してみせるのだから、大したものである。
「思うとも。ヒトを『小さき者』と呼ぶ十翼の龍が、たかだか一人の人間を、全力で、手段を択ばず殺しにかかるはずはないだろう?」
「ふん、真口が回ることだ。その『賭け』とやらを云ってみろ」
シグルヴェインは自身が最も得意とする火を競うことを提案する。そして自分が勝った場合、この地を去り、二度と生贄など要求しないことを。
「炎であれば我に勝てる、と?」
共に練習をしてきたルビアですら、ぞっとした。短い言葉に籠められた、龍の怒りに。
「まさか」けれどシグルヴェインは飄々と言う「十翼の龍は十の色彩において頂点。それ以上などは在り得ない。だから勝るでなく、匹敵する火を見せよう」
最後に不敵な笑みを浮かべ、腰の剣を抜き放つ。瞬間、刀身が炎を纏う。
燃え盛る炎の刃を手に、シグルヴェインが舞う。流麗に、苛烈に。
体を動かすのが苦手、なんて絶対嘘だ。ルビアは確信をもって思う。剣舞とはいえ、こんな綺麗な踊りは見たことがないのだから。
ちなみに炎の演出担当は言うまでもなくアルだ。小道具が作り直しになるので、実際に燃やすのは今回が初めてだが。付け加えておくと、この剣を作ったのはウィルの父であるシディだ。力に自信がないというウィルのために中をくりぬいた木製で、持たせてもらったルビアが驚くほどの軽さだった。
木工細工をする元騎士……と、アルなどは魂が抜けたような目をしていたが。
「ほぅ。面白い。では、我に挑んでみせよ!」
龍の咆哮に応え、シグルヴェインが炎の剣を揮う。解き放たれた炎は、魔龍のみならず、舞台全体を包んでいく――これが、出番を最後にしてもらったもう一つの理由だ。この日のために作られた演壇は、最後は崩して火を点けて、夜を遠ざけるかがり火として用いる。これが燃え尽きるまで唄い、踊り、呑み、騒ぐのがこの村における再誕祭である。
演劇のラストにちょうど良い演出だということで、こうすることになったのだが……
「……ちょっと燃えすぎじゃないですかねぇ」
舞台上、素に戻ったウィルが呑気なことを言う。
舞台裏手の階段にまで火の手が回って来たので、ルビアやジェディは避難したのだが……ウィルは未だ舞台の上だ。
「ウィル君!?」「ウィル!」
表側に回って、ルビアとジェディは口々に叫んだ。ジェディもさすがにこの状況では彼が心配らしい。
「アル」むしろ一番落ち着いた声で、ウィルは友人の名を呼んだ「跳びます」
言うが早いか、燃え盛る演壇から無造作に飛び降りるウィルは、体を動かすのが苦手だと言っていたのが納得できる危なっかしさで、この程度の高さでも怪我をするのではないかと危ぶまれたが。
こちらは言及するまでもなく体を動かすのが得意なアルが受け止めて事なきを得ていた……の、ではあるが。
両手で受け止めた後、勢いを殺すため踊るように半回転するその様子に、ルビアは思った。
……誰がヒーローで、誰がヒロインだったっけ? と。
この後めちゃくちゃ怒られた。
今回の話、いろんな人から言われたんですよ。お芝居までたどり着かないんじゃね? とか、どうせ劇のクライマックスで引きを作って次の話になるんでしょ? とか。
正解はラストシーンに行く前に強制終了、でした。ふはは、これは予想できなかったでしょう!
勿論、最初から予定していたことであって、いろいろ言われたから変更した、なんてことはないですよ。これでも物書きのはしくれですから、自分で物語の質を落とすようなことは絶対にしません。
一同が叱られているシーンは割愛して、次は久しぶりに不入の森での内緒話です。




