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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第23話 それぞれの楽しみ方

 どうしてこう、やることなすことが裏目に出るのだろうか。

 ジェイド=ヴィオラ=タルボは吐き出しそうになったため息を、危ういところで呑み込んだ。さすがにこれ以上、場の空気を悪くするわけにはいかない。


 ウィルの表情を窺い見たルビアが、なにやら沈んだ顔をするので、アイツのせいだと決めつけて、絡んだ結果が先ほどの微妙な空気である。フォエミナのおかげで助かったが、空気を読めていなかったのはウィル以上に自分だったことに落ち込む。せっかくルビアと一緒に祭りに来れたというのに……


「さって、まずは腹ごしらえと行こうぜ」


 ぱん、とアルム――アルが手を打った。

 今日は祝いの日なので、参加者全員にごちそうが振る舞われるのだ。中でも一番人気は贅沢に厚切りにされた豚肉の串焼きであり、アルの目当てもそれだろう。一人につき一本と決められたそれは、祝いの席でものなければ食べられないものだ。


「お肉もらい行く!」

 皆の弟、アンバーも元気に手を上げる。


「うっし、じゃ、二人で行ってくるわ。ハルは……」

「食べられないので、私の分は欲しい人でわけてもらって良いですよ――というか、素直に『くれ』って言えばいいのに」

 クスクスと、ウィルが男とは思えないような笑い声を立てる。思えばこの笑い方も、ジェディは嫌いだった。


「もらっていーの!?」飛び跳ねそうな勢いでアンバーが言い、

「はい。何切れあるのか知りませんが、アルと貴方の分くらいはあるでしょう。早い者勝ち、ということで」にこりと笑って返されて、

「やった!」『そう』ではなく、本当に飛び跳ねて喜ぶアンバーだった。


「でも、それだとウィル君が食べるものが……」

 二人を見送った後で、おずおずとジェイが言う。魔龍をっている時は驚くほど堂々としているのだが、役を演じていない時はまるで変わらない。

 それはそれでこいつらしいのかもな、とジェディは思うようになっていた。はっきりしない態度にも、以前ほどの不快感は無い。しょうがねぇな、と思うだけだ。ウィルのことは、いつまで経っても嫌いなままだったが。


「あー……その心配はないんじゃない?」

 フォエミナが呆れたような目をルビアに、その両手が大事そうに下げたバスケットに向ける。

「あー……」

 察したジェイが生暖かい目になる。


 練習をしている時から、ルビアはちょくちょく差し入れを持って来ていた。小腹を満たすための小ぶりなパンである。手作り、とジェディが喜んだのは最初だけで、すぐに自分たちはおまけでしかないと理解できた。二回に一回は木苺のパンが出るのだ。それが誰の好物かは、もはや言うまでもないだろう。


 ――コイツは、いったいルビアのどこが不満なのか。


 歌に続いて始まった、笛と太鼓の演奏に静かに耳を傾けているそいつへと、向けるジェディの視線に険が籠るのも仕方のないことだろう。自分が欲しくて仕方のないものに、手を伸ばすだけで届くというのに、そいつは見向きもしないのだから。


「ウィル君なら街で管弦楽なんかも聴いたことあるんじゃないですか?」

 可愛らしく小首を傾げて、覗き込むようにルビアが問うのに、

「あるにはありますが、私はこっちの方が素朴で好きですよ?」

 変わらぬ笑顔でウィルは答える。


「へぇ。意外だね。お上品なのが好きかと思ったけど」

 フォエミナが目を瞬かせて言う。ジェディもそれに同感だった。「そうですか?」とウィルは首を傾げるが、普通はそう思うだろう。ルビアもジェイも同感の様子だ。アルならば違うのだろうか。


「たっだいまぁー!」

 と、弾む口調でアンバーが駆け戻って来たので、ジェディの思考は中断された。両手で持った木皿の上には、当然と言うべきだろう、串焼肉が三本乗っている。


「おい、あんま走ると、」

 危ないぞ。そう、最後まで言うことはできなかった。

 つまづいたアンバーが転びそうになり、

「ジェディ! 肉!」

 アルが端的な指示を叫びつつ、駆け寄って背後からアンバーの体を支える。


 金無垢の少年の手を離れた皿は、危ういところでジェディが掬い上げた。滑り込むように受け止めたので、自身は尻もちをついてしまったが、肉は二本とも……

「二本!?」

 愕然と皿を二度見するジェディに「三本目はここ」と、背後から声がかかる。


 振り向けば、受け止めた串焼肉に豪快にかぶりつくフォエミナの姿があった。


 彼女はしゅんとしているアンバーに歩み寄ると、空いている方の手で金髪をわしわしと乱暴にかき回して、いつになく優しい口調で叱る。

「はしゃぐのはわかるけど、手が塞がってる状態で走らないこと。いいね?」

「うん……」

「ほら、わかったならしょげてないで楽しむ! せっかくの肉が冷めるよ!」

 なんともなかったんだし、と最後にコツンと頭を叩くと、ようやくアンバーにも笑顔が戻る。


「さすが皆のお姐さん」

 ルビアがクスリと笑った。


 串焼肉は一本四切れで、ウィルの分の残り――普通なら残ることなどあり得ないのだが――二切れは、本人の提案により、落下を防いだジェディとフォエミナで分けることになった。


「……ありがとな」

 なんとなく気まずい思いで礼を言うジェディに、ウィルは変わらぬ笑顔で返す。

「いえ。私も素晴らしい絵をもらいましたし」

 絵とは、以前頼まれて描いた十翼の魔龍の絵のことだ。これに関しては、ちゃんとした画材を用意してもらったジェディの方こそ礼を言いたいくらいだったのだが、それも素直に言えないでいた。


「悪い、どの料理にも肉が入ってて、ハルが食えそうなのは無かった」

 冷める前にと、全員でまず肉を平らげた後で、苦笑してアルが言ったのは、おおよそ予想通りのものだった。やはり肉というのは贅沢品でごちそうなので、こういったお祝いの振る舞い料理にはたいてい使われている。

 苦笑、そして視線がルビアに向くのは、やはりアルも察しているからだろう。


「こんなこともあろうかと。ハル君が食べられそうなものを用意してきました」

 得意げな顔、いわゆるドヤ顔でルビアがバスケットを掲げる。


「あー、うん。いつものね」

 若干白けた感じでフォエミナが言った。


「え? いえ、今日持って来たパンはいつものとは違って、プレーンのものですよ? 木苺はタルトに使ったので。あ、タルトは皆の分もありますよ」


 内容そういうことじゃない。おそらく誰しもが思ったことだろうが、そのとても幸せそうな笑顔に、やはり誰しもが口を噤んだ。


「それってあの・・タルトですか?」珍しい勢いでウィルが食いついて、

「はい。今回作ったのは私ですけれど、あの・・タルトですよ」

 含みを持たせてルビアが微笑む。

 二人で通じ合っているのが、ジェディはなんとも面白くない。


「紅茶が欲しくなりますね」

 これまた珍しく、ウィルがアル以外を相手に、冗談めかしたことを言った。

「それはさすがに用意できないので、今日のところは水で我慢してくださいね」


「……あのさ、浮かんだ言葉があるんだけど」

 二人を生暖かい目で見てフォエミナが呟けば、珍しく苦笑いなどをしたジェイも同意して頷く。

「あー……実はボクもです」


『愛妻弁当』

 フォエミナとジェイのみならず、アルまで見事に声を揃えハモらせる。


「そんな妻なんて」

 と、赤くなった頬を両手で押さえて身をくねらせるルビアは、誰の目にも嬉しそうにしか見えなかったが、


「まぁ、私の色彩いろでは、こういったごっこ遊びがせいぜいでしょうね」


 再度ふたたび。ウィルムハルトが空気を凍らせる。


「アンタは……」がしがしと頭をかきむしって、言ったのはフォエミナだ「めでたい日にそういうこと言うんじゃないよ。先のことなんてわかんないだろ」


 ウィルはいつもと同じ微笑みしか返さない。作り笑い、とアルがいつか言っていた笑みだと思い出して、ジェディは気付いた。

 先のことはわからない――つまりそれは、この先もこのままなのかも知れないということで。ウィルは別にルビアのことが気に入らないわけではなく、恋愛や結婚といったものと自分自身を切り離しているだけなのではないか、と。


「あ、あの!」微妙な沈黙を、今回打ち破ったのはルビアだった「まずは友達、というわけにはいきませんか?」

 その発言は、ルビアもジェディと同じ結論に至ったであろうことを思わせた。『まず』と付いている時点でもう告白も同然なのだということにまでは気付かなかったのは、ジェディにとって幸せだったのかどうか。


「それはちょっと難しいですかね」


 必死の告白をばっさり切り捨てられて、ルビアは。


「理由を、訊いてもいいですか? アル君は良くて、私がダメな理由を」

 僅かばかりの動揺も見せずに、笑みすら浮かべてまっすぐにウィルを見つめた。


 んー、と首を傾げたウィルが、やがて一つの言葉を返す。

「縁、ですかね」

「縁?」オウム返しにルビアが問う。


 ウィルはにっこり笑って答えた。

「はい。今回はご縁がなかったということで」

「なんですかその定型文じみた断り方はっ!」

 ルビアの大げさなツッコミによって、張り詰めていた空気が弛緩する。


「今回は悪ノリしたアタシらが悪かったよ」フォエミナの謝罪に、

「いえいえ、おかげでわかったこともありますし」笑顔で答えるルビア。


「……アンタ意外と強いね」

 フォエミナは呆れたような、感心したような口調で言った。

 ルビアは彼女にだけ聞こえる声で囁く。

「恋する乙女は最強なんですよ?」


 ジェディたちに聞こえたのは、それを受けて爆笑するフォエミナの声だけだ。


「そこまで笑うことないんじゃないですかね?」さすがに憮然とするルビア。

「いや、悪い悪い、バカにしてるわけじゃないんだ。ホントにアンタは最強だと思ってね」

「そうですか? なら良いです」

 胸を張って笑うルビアの表情は、いつもの綺麗なだけの笑顔とは違っていた。男らしい、とすら言えるような好戦的な印象の笑みは、けれどとても魅力的で、見とれてしまったのはジェディだけではなかった。


「うん。ホント凄いわ。アタシも応援するよ」

 ポン、と肩を叩いて、フォエミナは踊りの輪に向かう。いつしか弾むようなテンポになっていた音楽に合わせ、思い思いに体を揺らし、足を踏み鳴らしている皆は、楽しさを全身で表現しているようだった。

「アタシは軽く踊って来るけど、アンタらは?」


 アンバーが真っ先に手を上げ、アルがそれに続く。ルビアは……と、ジェディが様子を窺っていると、

「私はウィル君に質問があるので、その後で行きますね」

「質問ですか?」とウィルが首を傾げる。

「はい。質問、というかちょっと疑問に思ったんですが、再誕祭……再誕式で、新成人だけが髪を解くのって、何か意味があるんでしょうか?」


「へぇ。良い質問ですね。当たり前とされていることに疑問を持つのは、学究の第一歩ですから」そう前置きして「私も以前気になって調べたんですが、どうも逆みたいですね」

「逆、ですか?」

「はい。種々様々な儀式の主役だけが『髪を解く』のではなく、日常生活を送るのにあたって『髪を結う』ことが許されているようです」

「あぁ、なるほど。つまり本来なら、髪は結んだり編んだりするものではない、ということですね」

「まぁ、今では形骸化した教えですけどね」


 この課外授業を結局全員が聞いていた、というのはまぁ、どうでもいい話だ。

お祭りと言いつつ地味にシリアスな味付けがされた前回でしたが、今回は概ね楽しいお祭りだったと思います。まぁ、ウィル君が相変わらずウィル君ウィル君してて、ちょっとアレな感じにもなりましたが……

『難しい』であって『無理』ではなかったので、ウチの最強恋愛脳にはノーダメージです。むしろ高難易度クエストに闘志を燃やしてたりします。

さて、次回はたぶんお芝居本番です。予告詐欺が多発しているので、念のために『たぶん』と言っておきます。

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