十三話 変化・・・いや、進化?
ドイツ語の習得と共に取り組んでいることがある。
身体の強さで勝負しない方法を考えること。
とは言ってもどうしたらいいの?
きっかけはクラウスコーチから指摘されたことだった。
「ミズホは身体の強さで勝とうとしないほうがいいかもね」
確かに日本でも体格差を感じて苦労していたけれど、こちらに来てからより強く感じていた。
体幹トレーニングをして入るけれど、ウエイトトレーニングはしていない・・・というかコーチから禁止されているようなもの。
その分、ストレッチを他の仲間よりしている自負はある。
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日曜日の朝、普段、というよりいままで全くぼくに関わろうとしてこなかった父さんが話しかけてきた。
「坊主。今日、道場に付き合え」
父さんはぼくのことを坊主と呼ぶ。と言うかほとんど呼ばないけどね・・・。
うちの父さんはエンジニアだ。
今は某車メーカーのエンジンチューンの仕事に関わっている。
10年以上日本を離れているけれど、日本らしいことを続けているし、その師範でもある。
それは合気道だった。
その影響で、ぼくもなにか武道をしろと言われたことがあり、少し反発して空手をした。
合気道が武道かって?
それを言ったら空手も本流ではないかも知れませんがね・・・。
日本が誇る”道”の話をさせたら父さんは延々と語る。
なんたって茶道、華道の師匠でもあるからね・・・。変わった人だ。
その父さんに連れられて市内のビルの中にある合気道の道場に連れて行かれた。
「ミズホ、空手で学んだ型を見せてみなさい」
いや、小学3年で辞めたから覚えてない・・・あれ?結構覚えている。まじめにやってたもんな~
師範も普通は何年もかけて習得する型をどんどん教えてくれたのを思い出す。
半月、南光、汪輯、鎮東と続けていると流石にこの辺からは怪しくなってきた。
そりゃ、この辺は段持ちがやる型だし・・・。
「柿谷師範は丁寧に教えてくれたみたいだな」
し、知り合いですか!?
父親なのに知らないことばかりある!?
「綺麗な型だな。その流派はどちらかというと独特の間合いの実践空手だが、俺が思うよさは型の完成度にある」
父さん語りだしましたよ・・・。
「全ての動きのポイントは何処にあると教えられた?」
「・・・へそ?」
「大雑把だな。しかし、そんなところだ。丹田という言葉は知っているか?」
「へその下」
「もういい。そこに意識を向けて南光の型をもう一度やってみろ」
ぼくが型を始めると「丹田に意識をもて」と違うところに意識が向くと声をかけてきた。
そんな事を続けていると門下生立ちが集まってきている。
それでも続ける父さん・・・。恥ずかしいから辞めようよ・・・。
10回ほど繰り返したときに「もう一度!」と気合入れられてはじめると、父さんがその型に併せて打ち込む姿勢、受けの姿勢をとり始めた。
あれ?南光の型にこんな意味があるの?柿谷師範に、目の前に相手がいると思いながらひとつひとつの動きを丁寧にとは言われてやっていた。
でも、父さんの動きは・・・マジに打ち込んでくるような気迫というか殺気を感じる。
打ち込みを受ける動きは”受け止める”というより”受け流す”動きだ。
負け時と攻撃の型のときに気合を入れると「力抜け」と注意される。
最後の一回だけの父さんとの正面あっての型。演舞のようになっていたと思う。
終わり、挨拶をすると門下生から拍手が上がった。
「チカラではない。身体の軸と次の動きに変えるときの重心の移動」
なに言いたいのでしょうかこの方は・・・。
カツコが来たとき馬鹿みたいな会話で盛り上がっていた姿からは想像もできない引き締まった顔。でも、穏やかだった。
「少し、稽古を見ていきなさい」
そういうと稽古が始まった。
稽古が始まったときは思わなかったけれど、乱取りが始まると合気道って面白いなあと思い出した。
「嘘だろうって感じで転がるでしょう」
父さんと共に教えていたドイツ人が話しかけてきた。
「合気道のポイントは真中、伸張力重力です。たったこれだけです。
気になるのでしたら少し通われてはいかがですか?」
う~ん。フッスバルで手がいっぱいなんだけど・・・。
「これをフッスバルに使った人はまだいないよ。キミが始めての人になるんだ」
あれ?この人どこかで見たことがある気がする。
「ぼくはヘルタでトレーナーをやっています」
トップカテゴリーの選手も見ている人でした。
「ここに通う時間を作るように、ぼくからカールコーチに言っときますよ」
あら?マジですか?
でも、この合気道を始めてすぐにハマった。
素質あるのかな?
でも言われたことは・・・。
「坊主。まだまだ甘い」
父さん厳しいよ・・・。
合気道がフッスバルにどの様に生きてくるかわかるのはまだ少し先の話だった。




