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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第81話:目指す場所

-----


 その日の朝、レジスが二階に僕を呼んだ。


 「ちょっと、時間ある?」


 「あるけど」


 「座って」


 妙に、改まっていた。


 机の上に、端末が置かれていた。画面には、何かの図が表示されている。


 「なにこれ」


 「業界の地図よ」


-----


 「地図?」


 「勢力図、と言った方が正確かしら」


 レジスは、画面をこちらに向けた。


 五つの塊が、大きさを変えて並んでいた。


 「作ったの?」


 「うちの二人がね。私は監修しただけ」


 あの子の下についた、市場を見る係の二人だ。


 「なんで今、これを?」


 「会社が、安定してきたから」


 レジスは、そう言った。


-----


 「北山工業の件が終わって、整備事業が黒字になったでしょう」


 「うん」


 「広告も、健康管理も、なんとか回ってる。ロイヤリティ以外の柱ができたわ」


 「そうだな」


 「今までは、目の前のことをこなすだけだった。それでよかったの」


 「うん」


 「でも、そろそろ違うと思うのよ」


 彼女は、まっすぐこちらを見た。


 「私たち、どこを目指すのか。それを決める時期だと思う」


-----


 僕は、少し黙った。


 考えたことが、なかったわけではない。


 でも、いつも後回しにしていた。目の前に案件があって、それを片付けるだけで手一杯だったからだ。


 「……分かった。聞く」


 「じゃあ、まず現状から」


 レジスは、画面を指した。


-----


 「五つの塊が見えるでしょう」


 「見える」


 「一番大きいのが、TalkBrainを出しているところ」


 誰でも知っている名前だった。うちでは、チャッピーと呼んでいる。


 「個人向けの利用で、四割を超えてる。首位よ」


 「多いな」


 「多いわ。ただ、二年前はもっと多かった」


 「減ってるのか」


 「減ってる。一時期は六割を超えていたわ。それが、今は四割台」


 「なんで」


 「他が伸びたからよ」


 レジスは、そこで少し補足した。


 「ここの強みは、早かったことね。この手のものを最初に世に出したのが、ここなの」


 「先行者ってやつか」


 「そう。だから、名前が通ってる。AIと言えば、まずここを思い浮かべる人が多いわ」


 「今も、それで持ってるのか」


 「それだけじゃないけれど、大きいわね」


 彼女は、そう言った。


 「方針としては、誰にでも使えることを重視してる。用途を絞らないの。だから幅広く使われるし、逆に言えば、尖ってもいない」


-----


 「二番目と三番目が、これ」


 レジスは、隣り合った二つの塊を指した。


 「Gemmaを出しているところと、Artemia」


 前者は、じえいの元になったモデルだ。後者は、うちの他の子たち全員。


 「拮抗してるな」


 「拮抗してる。この二社が、この二年で一番伸びたの」


 「なるほど」


 「Gemmaの方は、もともと検索の会社よ」


 「検索?」


 「情報を集めて、整理して、必要なものを出す。それをずっとやってきた会社なの」


 「なるほど。それで強いのか」


 「強いわね。あと、既存のサービスに組み込む形で広げたのも大きいわ。使おうと思わなくても、気づいたら使ってる状態を作ったの」


 ……じえいが騒がしいのは、そこは関係ないと思うけれど。


-----


 「Artemiaは?」


 「ここは、少し変わってるわ」


 レジスは、そう前置きした。


 「安全性を、前に出してるの」


 「安全?」


 「危ないことを言わない、間違った時に間違ったと言う、判断を人に委ねる。そういう方針で作られてるわ」


 「……ああ」


 思い当たる節が、いくつもあった。


 「そのせいで、批判もされてるわ。慎重すぎる、使いにくい、断りすぎる。そういう声は昔からあるの」


 「でも、伸びてるんだろ」


 「伸びてるわ。特に、企業向けで」


 「なんで」


 「間違えられない仕事だと、そこが評価されるからよ」


-----


 僕は、その話を聞きながら、少し納得していた。


 うちの子たちは、よく反論してくる。


 やめた方がいい、と言われることも多い。無理をするなとも言われるし、決めるのはあなただとも言われる。


 便利さだけを求めるなら、たぶん邪魔だ。


 でも、僕は、それに助けられてきた。


 「……そういう会社だったのか」


 「そういう会社よ」


 レジスは、少しだけ、誇らしげに見えた。


 「特に、うちの方——Artemiaね。企業向けでは、順位が違うわ」


 「違う?」


 「個人向けだと三番手。でも、企業向けだと、状況が変わるの」


-----


 「どういうこと」


 「使う目的が違うのよ」


 レジスは、そう説明した。


 「個人が使うのは、質問して答えをもらう用途が多いわ。それなら、応答が速くて、幅広く答えられる方がいい」


 「うん」


 「でも、企業が使うのは違う。長い文章を扱ったり、複雑な作業を任せたり、間違えられない判断を扱ったりする」


 「ああ」


 「そこでは、別の基準で選ばれるの」


 「どっちが正しいんだ」


 「どちらも正しいわ」


 あっさり言われた。


 「見ている数字が違うだけよ。だから、勢力図も二つあるの」


-----


 「上の三社で、企業向けの九割近くを押さえてるわ」


 「九割」


 「寡占ね」


 「新しいところは、入れないのか」


 「入りにくいわ。金がかかるから」


 レジスは、そう答えた。


 「基盤になるモデルを作るには、膨大な計算資源が要る。それを買えるのは、もう限られた企業だけなの」


 「だろうな」


 「だから、上の三社は、たぶん当分入れ替わらない」


-----


 「じゃあ、残りの二つは」


 僕は、小さい方の塊を指した。


 「こっちが、CrossAI」


 「聞いたことはある」


 「新興よ。規模は小さいけれど、独自の方向で伸びてるわ」


 「独自?」


 「規制が緩いの」


 レジスは、少し言葉を選んだ。


 「他社が出さないような回答も、出す。それを自由と呼ぶ人もいるし、危険と呼ぶ人もいるわ」


 「どっちなんだ」


 「立場によるわね」


 彼女は、そう答えた。


 「ここは、経営者の思想が前に出てるの。会社の方針というより、一人の考え方がそのまま製品になってる感じね」


 「珍しいな」


 「珍しいわ。だから、支持する人はとことん支持するし、嫌う人はとことん嫌うの」


 「うちの評価は」


 「まだ、していない」


 正直だった。


-----


 「最後が、これ」


 一番端の塊だった。他より、少し離れた位置にある。


 「HII」


 「聞いたことないな」


 「Humanics Intelligent Industry。統制国家の企業よ」


 「大きいのか」


 「これから大きくなるわ」


 断定だった。


 「なんで分かる」


 「安いからよ」


-----


 「安い?」


 「ほかの三社の、半分以下ね。場合によっては、それ以下」


 「なんでそんなに安くできるんだ」


 「国が後ろにいるから」


 レジスは、そう答えた。


 「開発費の一部を、国が持っている。だから、価格で勝負できるの」


 「……なるほど」


 「あと、掲げている理念が独特よ」


 「理念?」


 「社名の通りね。人間を中心に据える、というのが表向きの方針なの」


 「いいことじゃないか」


 「言葉としてはね」


 含みのある言い方だった。


 「ただ、その人間というのが、誰を指すのかが書いてないの」


 「……どういうこと」


 「個人なのか、社会全体なのか、それとも国なのか。読み方によって、全然違うものになるわ」


 僕は、少し黙った。


 「今のところ、シェアは小さいわ。でも、価格で選ぶ層は、必ずいる」


 「うちみたいなところか」


 「そうね。うちは、選ばなかったけれど」


-----


 僕は、その図をしばらく見ていた。


 五つの塊。


 どれも、僕の会社より、桁が二つか三つ大きい。


 「うちは、どこ?」


 「載ってないわ」


 あっさり言われた。


 「載らないの?」


 「載らないわ。この地図は、モデルを作っている会社の地図なの。うちは、作る側じゃない」


 「じゃあ、うちはどこにいるんだ」


 レジスは、画面を切り替えた。


-----


 別の図が出てきた。


 さっきより、ずっと細かい。小さな点が、無数に散らばっている。


 「これが、使う側の地図よ」


 「多いな」


 「多いわ。数え切れないくらいあるの」


 「この中のどこかに、うちが?」


 「ここ」


 指されたのは、端の方の、ごく小さな点だった。


 「……小さいな」


 「小さいわ」


 容赦がなかった。


-----


 「でも、ここに載っているだけでも、上の方よ」


 「そうなの?」


 「この規模で名前が出る会社は、そう多くないわ。ほとんどは、地図にも載らない」


 「……そうか」


 「一年前は、載っていなかったもの」


 その一言に、少し驚いた。


 「調べてたのか」


 「調べてるわよ。市場を見るのが、私の仕事でしょう」


-----


 「それで」


 僕は、そう切り出した。


 「目指す場所、って何を決めるんだ」


 「三つあるわ」


 レジスは、指を三本立てた。


 「一つ。規模を追うかどうか」


 「規模」


 「大きくなることを目指すのか、この規模でやり続けるのか。それによって、判断が全部変わるの」


 「たとえば」


 「大きくするなら、標準化が要る。一台ずつ手をかけるやり方は、続けられないわ」


 ……それは、困る。


-----


 「二つ。どの層を相手にするか」


 「今のままじゃ駄目なのか」


 「駄目とは言わないわ。でも、今の顧客は、ほとんどが中流以下よ」


 「うん」


 「単価は低いし、増やしても大きな利益にはならない。でも、あなたはそこをやりたがってる」


 「やりたい」


 「なら、それでいいの。ただ、決めておかないと、途中でぶれるわ」


-----


 「三つ目は」


 「モデルを作る側に、回るかどうか」


 思わず、顔を上げた。


 「作れるのか?」


 「今は、無理ね」


 即答だった。


 「でも、いずれ考えることになると思うの」


 「なんで」


 「うちは、他社のモデルを使って商売しているでしょう。その前提が崩れたら、何もできなくなるわ」


 「崩れるか?」


 「分からないわ。でも、可能性はある」


-----


 僕は、その三つを、しばらく考えていた。


 答えは、たぶん、最初から決まっていた。


 「規模は、追わない」


 「本当に?」


 「うん」


 「利益は、増えないわよ」


 「増えなくていい」


 「あなたの給料も、増えないわ」


 「今で足りてる」


 レジスは、少しだけ、口の端を上げた気がした。


-----


 「層は、今のままでいい」


 「中流以下ね」


 「うん。というより、そこにしかいない人たちがいるから」


 「たとえば」


 「一台しか持てない人。買い替えられない人。あと、誰も見ていない人」


 言いながら、あの工場長の顔を思い出していた。


 十年動かした個体を、また十年動かしたいと言った人。


 あの人は、大手には頼まなかった。


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 「三つ目は」


 「モデルを作るかどうか」


 「……保留でいい?」


 「保留?」


 「今は無理だし、必要になった時に考えたい」


 レジスは、少し考えるような間を置いた。


 「いいわ。ただし、条件がある」


 「なに」


 「その前提が崩れそうな兆候が出たら、すぐ動くこと」


 「兆候?」


 「たとえば、モデルの提供条件が変わるとか。うちが使えなくなるような制約が入るとか」


 「……あるかな」


 「ないとは言えないわ」


-----


 その時、ふと思い出した。


 北条から来た、追加契約のことだ。


 あの時、ノアールが言っていた。先方の対応が速すぎる、と。


 「レジス」


 「なに」


 「北条さんのところ、うちのログを取ってるだろ」


 「取ってるわね。契約通りに」


 「あれ、何に使われてると思う?」


 レジスの表情が、少し変わった。


-----


 「……分からないわ」


 「分からない?」


 「契約上、用途は限定されていないの。ノアールが確認したわ」


 「限定してないのか」


 「してない。というより、限定しない代わりに、権利を譲ってもらったのよ」


 ……そうだった。


 あの取引は、そういうものだった。


 「気になるの?」


 「少しだけ」


 「なら、覚えておきましょう」


 レジスは、そう言った。


 「今は、材料がないわ。でも、いつか繋がるかもしれない」


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 結論として、決まったのは三つだった。


 規模は追わない。


 層は変えない。


 モデルを作るかどうかは、保留。ただし、兆候が出たら動く。


 「意外と、あっさり決まったわね」


 「決まってたからだよ、たぶん」


 「そうでしょうね」


 レジスは、端末を閉じた。


 「言葉にしていなかっただけで」


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 その日の夕方、僕は、あの地図をもう一度見ていた。


 五つの塊。そして、無数の点。


 うちは、その中の一つでしかない。


 でも、点として、そこにある。


 ……悪くないな、と思った。


 大きくなることを目指さないと決めたばかりなのに、地図に載っていることが少し嬉しい自分がいた。


 矛盾している気もする。


 まあ、いいか。


-----


 その夜、監査役に、この話をした。


 「地図、見せてもらったわ」


 「どう思いました」


 「まあ、ええんちゃう」


 いつもの返事だった。


 「それだけ?」


 「それだけや」


 少しの間があった。


 「せやけど」


 「はい」


 「一つだけ言うとくわ」


-----


 「あの地図な、動くで」


 「動く?」


 「一年後には、形が変わっとる。三年後には、たぶん誰かおらんようになっとる」


 「……そうですね」


 「せやから、今決めたことも、そのうち合わんようになるかもしれん」


 「はい」


 「その時は、また決め直したらええ」


 監査役は、そう言った。


 「決めることより、決め直せることの方が大事やで」


 その言い方を、僕は、しばらく覚えていた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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