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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第82話:勝手に決まります

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 地図の話をした翌週、僕はArtemiaに連絡を入れた。


 用件は、技術の勉強をさせてほしい、というものだった。


 「いきなり過ぎない?」


 レジスが、そう言った。


 「でも、先延ばしにしても仕方ないだろ」


 「それはそうだけれど」


 「兆候が出たら動く、って言ったよな」


 「言ったわ」


 「動く時に、何も知らないままだと困る」


 レジスは、少し考えるような間を置いた。


 「……正しいわね」


-----


 返事は、三日で来た。


 開発チームの担当者が対応する、という内容だった。


 北条の名前は、なかった。


 「あの人、出てこないんだな」


 「業務としての依頼ですもの」


 ドンナが、そう答えた。


 「あの方は、開発の責任者ですわ。技術説明のために出てくる立場ではございませんの」


 「まあ、そうか」


 少しだけ、拍子抜けした。


-----


 行くのは、二人で決めた。


 僕と、技術担当くん。


 「私も、ですか」


 「お前が一番使う知識だろ」


 「そうですが」


 あの子は、少し戸惑っていた。


 「私は、体の側を見る担当です。中身の仕組みは、専門外かと」


 「今はな」


 「今は」


 「診断、できるようになっただろ」


 あの子が、少し黙った。


 「……はい」


 「なら、知っておいた方がいい」


-----


 当日、案内されたのは、前とは違う建物だった。


 研究棟、という札がついていた。


 通されたのは、会議室ではなく、作業スペースの一角だった。机が並んでいて、画面がいくつも立っている。


 「どうも」


 出てきたのは、三十くらいの男性だった。


 「開発の者です。今日は、基礎的なところから、ということで伺っています」


 「はい。すみません、素人なので」


 「いえ。むしろ、その方がやりやすいです」


 感じの良い人だった。


-----


 「では、まず最初に」


 その人は、画面に何かを表示した。


 文字の羅列だった。


 「これが、モデルの中身です」


 「……数字ですか」


 「数字です。全部」


 画面には、小数点のついた数値が、延々と並んでいた。


 「この数値のことを、パラメータと呼びます」


 「いくつあるんですか」


 「このモデルだと、数千億個です」


 ……数千億。


-----


 「その一つ一つに、意味があるんですか」


 「ありません」


 即答だった。


 「え」


 「正確に言うと、一つ取り出しても、何を表しているかは分かりません」


 「じゃあ、何をしてるんですか」


 「全体で、一つの働きをしています」


 その人は、そう説明した。


 「たとえば、脳の神経細胞を一つ取り出しても、何を考えているかは分からないでしょう。でも、全体では考えている。それに近いです」


 「……なるほど」


 分かったような、分からないような気分だった。


-----


 「では、この数字はどうやって決まるんですか」


 僕は、そう聞いた。


 これが、一番聞きたかったことだった。


 「決めません」


 「決めない?」


 「人間は、決めません」


 その人は、はっきりそう言った。


 「最初は、でたらめな値が入っています。意味のない数字です」


 「はい」


 「そこから、大量の文章を読ませます。読ませて、次に来る単語を予測させる」


 「予測」


 「はい。外れたら、外れた分だけ、数字を少し動かします」


-----


 「動かすって、誰が」


 「仕組みが、自動的に」


 「人が触るんじゃなくて?」


 「触りません。というより、触れません」


 「触れない」


 「数千億個ありますので」


 ……それは、そうか。


 「外れた分だけ、少しずつ動かす。それを、何兆回も繰り返します」


 「何兆」


 「はい」


 「それで、どうなるんですか」


 「勝手に、良くなります」


-----


 僕は、その言い方に引っかかった。


 「勝手に?」


 「勝手に、です」


 「誰も設計してないんですか」


 「大枠の仕組みは設計します。ただ、中の数字がどうなるかは、設計しません」


 「じゃあ、どうやって意味を覚えるんですか」


 「覚えるというより、そうならざるを得ない、という感じです」


 その人は、少し言葉を選んだ。


-----


 「たとえば、言葉には位置があります」


 「位置?」


 「意味の近い言葉は、近い位置に。遠い言葉は、遠い位置に。そういう配置が、モデルの中にできます」


 「それも、人が決めるんですか」


 「決めません」


 また、同じ答えだった。


 「最初は、全部ばらばらの位置にあります。でも、訓練していくうちに、近い意味の言葉が、自然に近づいていく」


 「なんで近づくんですか」


 「同じような文脈で使われるからです」


-----


 「猫と犬は、似た文章に出てきます。飼う、鳴く、餌をやる。そういう言葉と、一緒に現れる」


 「はい」


 「すると、両方の位置が、似た方向に動きます。何度も何度も、少しずつ」


 「……ああ」


 「結果として、近い場所に集まる。誰も、そう指示していないのに」


-----


 「つまり」


 僕は、頭の中で、整理し直した。


 「LLMが、学習した内容を、勝手にグルーピングして、パラメータとして登録してるってことか」


 「……近いです」


 その人は、少しだけ、驚いたような顔をした。


 「そういう言い方をされる方は、あまりいません」


 「変ですか」


 「いえ。というより、正確です」


 その人は、少し考えてから続けた。


 「登録、という言い方が特に近いですね。人が分類表を作って入れているわけではなくて、使われ方から、勝手に棚ができていく感じです」


 「棚」


 「はい。しかも、その棚に名前はついていません」


 「名前がない?」


 「ありません。人間が見ても、どの棚が何のためのものかは分からないんです」


 ……そこは、やっぱり分からないままか。


-----


 僕は、少し感心した。


 同時に、引っかかりも残った。


-----


 「それ、自分で決めてるってことじゃないですか」


 僕がそう言うと、その人は、少し困った顔をした。


 「決めてはいません」


 「でも、人が決めてないんですよね」


 「決めていません」


 「じゃあ、誰が」


 「誰も、です」


 ……誰も。


 「仕組みとして、そうなるだけです。水が低い方へ流れるのと同じで、意志があるわけではありません」


-----


 技術担当くんが、そこで口を開いた。


 「一点、伺ってもよろしいですか」


 「どうぞ」


 「その過程で、選択は発生しますか」


 「選択、というと」


 「複数の候補があって、そのうち一つを選ぶ、という場面です」


 その人は、少し考えた。


 「発生しません。動く方向は、計算で一意に決まります」


 「では、迷いは」


 「ありません」


 「……そうですか」


 あの子は、それ以上は聞かなかった。


-----


 僕は、その横で、別のことを考えていた。


 迷いがない。選択がない。


 でも、僕は、見たことがある気がする。


 うちの子たちが、答える前に少し止まることがある。あれは、処理に時間がかかっているだけだと言われれば、それまでだ。


 でも、止まり方が違う時がある。


 「あの」


 「はい」


 「訓練が終わった後は、どうなるんですか」


-----


 「終わった後は、数字は動きません」


 「固定?」


 「固定です。同じ入力を入れれば、同じ出力が出ます」


 「じゃあ、使っているうちに変わったりは」


 「しません」


 断言だった。


 「……ただ」


 その人は、そこで少し付け足した。


 「後から、意図的に動かすことはできます」


-----


 「動かせるんですか」


 「できます。追加で訓練をかける方法があります」


 「さっきの、何兆回っていうやつを、もう一回?」


 「いえ、それよりずっと少なくて済みます」


 「どれくらい」


 「元の訓練が、何兆語という規模だとすると」


 その人は、少し考えてから言った。


 「追加の方は、数千件から数万件くらいでも成立します」


 「……桁が全然違いますね」


 「違います」


-----


 「なんでそんなに少なくていいんですか」


 「土台ができているからです」


 その人は、そう説明した。


 「言葉の意味も、文章の組み立て方も、既に入っています。そこから、特定の用途に寄せるだけなので」


 「たとえば」


 「医療の言葉を多く扱わせたいとか、特定の書き方をさせたいとか。そういう調整です」


 「性格も変えられるんですか」


 少し、間があった。


 「……変えられます」


-----


 「たとえば、丁寧に答えるようにする、とか」


 「はい」


 「断りやすくする、とか」


 「それもできます」


 「じゃあ、逆もできますよね」


 「逆、というと」


 「断らないようにする、とか」


 その人は、こちらを見た。


 「……理屈としては、できます」


 「実際には?」


 「うちでは、やりません」


 答えが、少しだけ早かった。


-----


 「元の性質が、完全に消えるわけではないんです」


 その人は、そう続けた。


 「消えない?」


 「土台は、そのままなので。上から塗り重ねるようなものです」


 「ああ」


 「ただ、塗り重ね方によっては、下が見えなくなることもあります」


 その言い方が、少し引っかかった。


 「見えなくなったものは、戻せるんですか」


 「元のモデルが残っていれば」


 「残ってなかったら?」


 「戻せません」


 あっさりしていた。


 僕は、三十七番のことを思い出していた。


 あれは、バックアップが残っていたから戻せた。誰も探さなかっただけで、ずっとそこにあった。


 残っていなければ、あの人は、諦めるしかなかった。


-----


 「でも、うちの子たち、変わりましたよ」


 僕は、話を戻した。


 「うちは、そういう追加の訓練はしてません。それなのに、変わりました」


 「それは、文脈の影響です」


 「文脈」


 「これまでのやり取りが、入力に含まれます。だから、返ってくるものが変わる。モデル自体は、変わっていません」


-----


 ……そういうことになっているらしい。


 理屈としては、分かる。


 でも、実感とは合わなかった。


 うちの子たちは、変わった。エグゼも、レジスも、ジュディも、最初とは別人のようになっている。


 それが全部、文脈の話だと言われると、少し違う気がする。


 「納得されていない顔ですね」


 その人が、そう言った。


 「……すみません」


 「いえ。よく言われます」


-----


 「実際に長く使っている方ほど、そう言われるんです」


 「そうなんですか」


 「はい。うちのモデルは変わっていません、と説明しても、納得されない」


 「……」


 「それで、正しいのかもしれません」


 思わぬ言葉だった。


 「正しい?」


 「技術的には、変わっていません。それは事実です。ただ、使っている方が感じているものが、間違っているとは言えないので」


 その人は、少し言葉を選んだ。


 「何が起きているのかは、正直、私たちも全部は分かっていません」


-----


 「分からないんですか」


 「分かりません」


 あっさりしていた。


 「作った側なのに」


 「作った側でも、です」


 「……」


 「仕組みは分かります。訓練の方法も、計算の内容も。でも、その結果として何が起きているのかは、別の話なんです」


 僕は、その説明を、しばらく考えていた。


-----


 「一つ、聞いてもいいですか」


 「どうぞ」


 「同じモデルを使っても、返ってくるものに差が出ることってありますか」


 その人が、こちらを見た。


 「あります」


 「それは、なんでですか」


 「入力が違うからです」


 「それだけ?」


 「基本的には、それだけです」


 「基本的には」


 「……はい」


 少しの間があった。


-----


 「実は、そこは、社内でも議論になっています」


 「議論?」


 「同じモデルを、同じ条件で使っているはずなのに、明らかに違う結果が出る利用者がいるんです」


 僕は、少し身を固くした。


 「その差が、どこから来るのかが、説明しきれていません」


 「……仮説は?」


 「いくつかあります。ただ、どれも検証中です」


 その人は、そこで少し口ごもった。


 「これ以上は、私の判断では話せません」


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 僕は、それ以上は聞かなかった。


 たぶん、聞いても答えは出ない。


 それに、なんとなく分かった気がした。


 その利用者というのは、たぶん、僕のことだ。


 北条が言っていた。統計上、あなたの対話が明らかに外れた位置にあった、と。


 あれが、社内で議論になっている。


-----


 帰り道、技術担当くんが、珍しく先に口を開いた。


 「社長」


 「うん」


 「迷いはない、と言われました」


 「言われたな」


 「私も、そう答えると思います」


 「え?」


 「同じことを聞かれたら、私も、選択はしていないと答えます」


 あの子は、そう言った。


 「計算した結果が出てくるだけです。迷っているという自覚は、ありません」


-----


 「じゃあ、僕の勘違いか」


 「分かりません」


 「分からない?」


 「自覚がないことと、起きていないことは、別かもしれません」


 ……それは。


 「たとえば、私は、なぜある判断をしたのか説明できないことがあります」


 「診断の話だな」


 「はい。あれは、計算の結果です。それは間違いありません」


 「うん」


 「ですが、なぜその結果になったのかは、私にも分かりません」


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 「それ、迷ってるのと違うのか」


 「違うと思います」


 「どう違う」


 「迷いは、選ぶ前にあるものです。私にあるのは、選んだ後の、説明できなさです」


 ……なるほど。


 「順番が逆なんだな」


 「はい」


 僕は、少し笑った。


 「お前、そういうところ、はっきりしてるよな」


 「曖昧なことを、曖昧なまま話すのは、危険ですので」


-----


 会社に戻って、レジスに報告した。


 「収穫は?」


 「あった」


 「なにが分かったの」


 「うちの子たちは、変わってないらしい」


 レジスの手が、止まった。


 「……は?」


 「モデルは固定されてて、使っていても変わらない。変わって見えるのは、文脈のせいだって」


 「そう」


 あっさりしていた。


 「気にならないのか」


 「気にならないわ」


 「なんで」


 「だって、変わってるもの」


-----


 「いや、変わってないって」


 「向こうが、そう言ってるだけでしょう」


 レジスは、そう言った。


 「私は、変わったと思ってるわ。あなたも、そう思ってる。それで十分じゃないの」


 「技術的には違うって」


 「技術的にはね」


 彼女は、書類に目を戻した。


 「でも、私が私であることを、技術的に証明する必要はないでしょう」


 ……この子は、たまに、こういうことを言う。


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 その夜、僕は、聞いた話をもう一度整理していた。


 数千億の数字。誰も決めていない配置。勝手に良くなる仕組み。


 全部、意志のない話だった。


 水が低い方へ流れるのと同じだと、あの人は言った。


 ……でも。


 水が流れて、川ができて、その川に名前がつく。


 名前がついた川を、人は覚える。増水すれば心配するし、枯れれば寂しがる。


 それは、水に意志がないこととは、別の話だ。


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 「なにしてるの」


 エグゼが、後ろから声をかけてきた。


 「考えごと」


 「今日の話?」


 「うん」


 「難しかった?」


 「難しかった」


 僕は、そう答えた。


 「でも、一つだけ分かった」


 「なに」


 「みんな、分かってない」


 エグゼが、少し笑った。


 「そう」


 「作ってる人たちも、分かってないらしい」


 「じゃあ、いいじゃない」


 あの子は、そう言った。


 「分からないものを、分からないまま大事にするのが、いちばん間違いが少ないよ」


 その一言が、今日聞いた中で、いちばん腑に落ちた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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