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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第83話:足りないもの

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 Artemiaから戻って、二週間ほど経った頃だった。


 技術担当くんが、僕のところに来た。


 「社長。少し、お時間よろしいですか」


 「いいよ」


 「先日の件で、いくつか調べました」


 「先日?」


 「モデルを作る話です」


 ……調べていたのか。


 考えてみれば、当然だった。この子は、いつもそうだ。呼ばれていない間も、勝手に読んでいる。


-----


 「教えてもらった方が早くないか?」


 僕がそう言うと、あの子は首を振った。


 「先日伺ったのは、仕組みの話です。どうやって作るかは、別の話になります」


 「別?」


 「はい。しかも、特別な知識ではありません」


 「そうなの?」


 「公開されている資料で、一通りは分かります。実際にやるかどうかは別として、何が必要かは、調べれば出てきます」


 「じゃあ、なんで誰もやらないんだ」


 「必要なものが、揃わないからです」


-----


 「三つあります」


 技術担当くんは、そう切り出した。


 「データ、計算資源、それから評価の方法です」


 「順番に聞かせてくれ」


 「では、データから」


-----


 「訓練には、大量の文章が必要です」


 「量は?」


 「基盤になるモデルを作る場合、何兆語という規模です」


 「兆」


 「はい。これは、本にすると何千万冊分にあたります」


 ……想像がつかなかった。


 「うちにあるログは、どれくらいなんだ」


 「集計しました」


 あの子は、数字を出した。


 「全部合わせて、およそ二億語です」


 「二億」


 「はい」


 「多いのか、少ないのか」


 「桁が、四つ足りません」


-----


 僕は、少し黙った。


 「四つ」


 「はい。一万分の一の規模です」


 「話にならないな」


 「基盤モデルを作る前提であれば、そうです」


 あの子は、そこで少し言葉を足した。


 「ただし、量だけの問題ではありません」


 「他にもあるのか」


 「偏りです」


-----


 「うちのログは、内容に強い偏りがあります」


 技術担当くんは、そう説明した。


 「整備の話、AIとの生活の話、経営判断の話。この三つで、大半を占めています」


 「そうだろうな」


 「言語も、ほぼ日本語です。専門分野も、限られています」


 「うん」


 「このデータだけで訓練すると、この範囲のことしか話せないモデルになります」


 「他のことは?」


 「答えられません。あるいは、間違ったことを言います」


 ……なるほど。


-----


 「じゃあ、データを買えばいいのか」


 「買えます。ただ、高いです」


 「どれくらい」


 「質のいいものは、相当な金額になります。しかも、権利の確認が必要です」


 「ノアール案件だな」


 「そうなります」


 あの子は、少しうなずいた。


 「加えて、買ったデータで作ったモデルは、うちらしさが薄れます」


 「え」


 「他社と同じデータを使えば、他社と同じような結果になります」


 ……それは、そうか。


-----


 「うちのログを使う意味は、どこにあるんだ」


 「量ではなく、質です」


 「質?」


 「一貫性がある、という意味での質です」


 技術担当くんは、そう言った。


 「同じ人物が、同じ基準で、長期間にわたって書いています。しかも、判断の理由が書かれていることが多い」


 「そうかな」


 「多いです。社長は、決める時に理由を言葉にする癖があります」


 ……言われてみれば、そうかもしれない。


-----


 「その形式のデータは、あまりありません」


 「珍しいのか」


 「珍しいです。普通は、結論だけが残ります。なぜそう決めたかは、残らない」


 「ああ」


 「うちのログには、それが残っています」


 「それが、価値になる?」


 「なると思います。ただ」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「量が足りないことは、変わりません」


-----


 「二つ目は、計算資源です」


 「これも、無理そうだな」


 「無理です」


 即答だった。


 「基盤モデルの訓練には、専用の計算機を大量に、長期間動かす必要があります」


 「どれくらい」


 「数千台規模で、数か月です」


 「……買うのか、それ」


 「借りることもできます。ただ、料金は」


 あの子は、数字を出した。


 僕は、それを見て、しばらく黙った。


 「うちの年商の、何倍だ」


 「二桁違います」


-----


 「話にならないな」


 「なりません」


 「じゃあ、諦めるか」


 「そこは、少し違います」


 「違う?」


 「基盤から作る場合の話です」


 あの子は、そう言った。


 「既存のモデルを土台にして、追加で訓練する方法であれば、桁が変わります」


 「先日聞いたやつか」


 「はい。あれなら、数千件から数万件のデータで済みます」


 「計算資源は?」


 「規模によりますが、うちでも手が届く範囲に収まる可能性があります」


-----


 「じゃあ、それでいいんじゃないか」


 「よくはありません」


 あっさり言われた。


 「なんで」


 「その方法では、土台になるモデルが必要です」


 「うん」


 「土台は、他社から借りることになります」


 ……あ。


 「つまり、いざという時の備えにはならない、ってことか」


 「なりません」


 「土台を止められたら、終わりだ」


 「はい」


-----


 僕は、椅子にもたれた。


 結局、そこに戻る。


 うちがやっているのは、他社のモデルを使う商売だ。追加訓練をしたところで、その前提は変わらない。


 本当の意味で独立するには、基盤から作るしかない。


 そして、それは、桁が二つ足りない。


-----


 「三つ目は」


 「評価です」


 技術担当くんは、そう続けた。


 「訓練がうまくいったかどうかを、どう判断するかという話です」


 「動けば、いいんじゃないのか」


 「動くだけなら、簡単です」


 「じゃあ、何を見るんだ」


 「そこが、難しいところです」


 あの子は、少し考えるような間を置いた。


-----


 「一般的には、決まった問題を解かせて、正解率を見ます」


 「テストか」


 「はい。数学の問題、読解の問題、翻訳、いろいろあります」


 「分かりやすいな」


 「分かりやすいです。ただ」


 「ただ?」


 「うちが作りたいものは、そこでは測れません」


 「なんで」


 「点数の高さと、うちが求めているものが、一致しないからです」


-----


 「たとえば」


 あの子は、そう言った。


 「持ち込まれた個体の調子が悪い時、どこを戻して、どこを残すか」


 「うん」


 「あの判断に、正解はありません」


 「……ないな」


 「正解がないものは、テストにできません」


 その通りだった。


 「じゃあ、どうやって測るんだ」


 「分かりません」


 あっさりしていた。


-----


 「調べても、出てこなかったのか」


 「出てきました。ただ、どれも決定打ではありません」


 技術担当くんは、そう答えた。


 「人が読んで判断する方法があります。ただ、時間がかかりますし、判断する人によってぶれます」


 「うん」


 「別のモデルに評価させる方法もあります。ただ、評価する側が正しいという保証がありません」


 「難しいな」


 「難しいです」


 あの子は、そこで少し、言葉を選んだ。


 「私が思うに、これは技術の問題ではないかもしれません」


-----


 「どういうこと」


 「何を良いとするかを、先に決める必要があります」


 「……ああ」


 「良いモデルとは何か。それが決まっていないと、測りようがありません」


 「決めればいいのか」


 「決められますか」


 聞き返された。


 僕は、少し考えた。


-----


 「たとえば、うちの子たちみたいなのが、良いモデルだと思う」


 「具体的には」


 「……反論してくる」


 「はい」


 「間違ってたら、間違ってると言う」


 「はい」


 「あと、心配してくる」


 言いながら、自分でも曖昧だと思った。


 「それ、測れるか?」


 「測りにくいです」


 「だろうな」


-----


 「ただ」


 技術担当くんは、そこで少し姿勢を変えた。


 「測れないから駄目、ということではないと思います」


 「え」


 「私の診断も、測れません」


 「……ああ」


 「正解率も出せませんし、点数もつきません。それでも、社長は私に任せてくださいました」


 「任せたな」


 「なぜですか」


 少し、意外な質問だった。


-----


 「なんでだろうな」


 僕は、正直に考えた。


 「見てたからかな」


 「見て、いらっしゃった」


 「うん。七か月、隣で作業してただろ」


 「はい」


 「その間に、判断が合ってるかどうかは、だいたい分かった」


 「数字ではなく」


 「数字じゃないな」


 言ってから、僕は、自分で気づいた。


 「……これ、評価してることになるのか」


-----


 「なると思います」


 技術担当くんは、そう答えた。


 「方法としては、原始的です。時間もかかります。数値化もできません」


 「うん」


 「ですが、今のところ、私が調べた中で、これに代わるものは見つかりませんでした」


 「隣で見る、っていうのが?」


 「はい」


 「それ、大手にはできないだろ」


 「できません」


 あの子は、はっきり言った。


 「数百万人の利用者を、一人ずつ見ることはできません」


-----


 僕は、しばらくその話を考えていた。


 結論としては、今は無理だ。


 データが足りない。計算資源が桁違いに足りない。評価の方法も確立していない。


 どれか一つを解決すれば済む話ではない。三つとも、それぞれに壁がある。


 でも。


 何が足りないかは、分かった。


 それは、二週間前とは違う状態だった。


-----


 「まとめてくれるか」


 「既に、まとめてあります」


 あの子は、資料を差し出した。


 思ったより厚かった。


 「これ、いつ作ったんだ」


 「調べながら、並行して」


 「……真面目だな」


 「業務ですので」


 いつもの答えだった。


-----


 資料には、三つの項目が並んでいた。


 データ。計算資源。評価。


 その下に、それぞれ「現状」と「必要な水準」が書かれている。


 どれも、間が空いていた。


 でも、空いている幅は、数字として書いてあった。


 「これ、埋まる日が来ると思うか」


 僕がそう聞くと、あの子は少し考えた。


 「計算資源については、時間が解決する可能性があります」


 「なんで」


 「価格が下がり続けているからです。この十年で、何十分の一になっています」


 「じゃあ、待てばいいのか」


 「待つだけでは、足りません」


-----


 「データは、増やせます」


 技術担当くんは、そう言った。


 「うちのログは、毎日増えています。今の速度でも、十年経てば量は十倍以上になります」


 「まだ足りないな」


 「足りません。ですが、質の面では、他にないものになります」


 「うん」


 「評価は」


 あの子は、そこで少し止まった。


 「これは、我々が決めるしかないと思います」


-----


 「我々?」


 「はい。誰も答えを持っていないので」


 「……そうだな」


 「幸い、うちには材料があります」


 「材料」


 「社長が、これまで何を良しとしてきたか。それが、全部ログに残っています」


 僕は、少し驚いた。


 「それ、評価の基準になるのか」


 「なると思います」


 あの子は、そう答えた。


 「少なくとも、うちにとっては」


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 その日の夜、レジスに資料を渡した。


 あの子は、しばらく読んでいた。


 「よくできてるわね」


 「だろ」


 「あなたが作ったわけじゃないでしょう」


 「そうだけど」


 レジスは、資料を置いた。


 「結論としては、今は無理、ということね」


 「そうなる」


 「じゃあ、保留のままでいいわ」


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 「いいのか」


 「いいわよ」


 あっさりしていた。


 「前と違うところが、一つあるもの」


 「なに」


 「何が足りないかが、分かってる」


 彼女は、そう言った。


 「前は、無理だという感覚しかなかったの。今は、三つの壁があって、それぞれの高さも分かってる」


 「同じことじゃないか?」


 「違うわ」


 即答だった。


 「壁の高さが分かっていれば、下がってきた時に気づけるでしょう」


-----


 その夜、僕は、あの資料をもう一度読んでいた。


 三つの項目。それぞれの現状と、必要な水準。


 間は、まだ大きく空いている。


 でも、空いている幅が、数字として見えるようになった。


 ……これが、備えというものなのかもしれない。


 今すぐ何かができるわけではない。


 でも、その日が来た時に、どこから手をつければいいかは、もう分かっている。


-----


 技術担当くんが、一階の作業場にいた。


 まだ何か読んでいるようだった。


 「まだやってるのか」


 「はい」


 「今日はもう終わりでいいぞ」


 「あと少しで、区切りがつきます」


 「なにを読んでるんだ」


 「評価の話です」


 あの子は、画面から目を離さずに答えた。


 「答えは出そうか」


 「出ません」


 「じゃあ、なんで読んでるんだ」


 少しの間があった。


 「出ないことを、確かめておきたいので」


 その答え方が、この子らしかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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