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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第79話:手が雑になった

-----


 二か月は、あっという間に過ぎた。


 最初の一か月は、人を増やすことに使った。


 技術担当くんの下に、二人。定型の検査を任せられるようにするための増員だった。


 「教えられるか」


 「教えます」


 あっさりしていた。


 「難しくないか」


 「機械の側は、手順が決まっていますので」


 その時は、そう言っていた。


-----


 二週間後、あの子が僕のところに来た。


 「一点、ご相談が」


 「どうした」


 「教えるのが、思ったより難しいです」


 珍しく、困った顔をしていた。


 「手順は、すぐ覚えます。三日で一通り入りました」


 「早いな」


 「早いです。ただ」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「手順の外側が、伝わりません」


-----


 「外側?」


 「たとえば、ネジの締め方です」


 「規定のトルクがあるだろ」


 「あります。数値も教えました。工具も設定してあります」


 「じゃあ」


 「それでも、締めすぎる時があります」


 「規定値なのに?」


 「規定値です。ですが、その個体の状態によっては、規定値でも負荷がかかることがあります」


 「……分かるのか、それ」


 「分かります」


 即答だった。


 「ですが、説明できません」


-----


 僕は、少し笑ってしまった。


 「なんで笑うんですか」


 「いや、悪い」


 「何かおかしいでしょうか」


 「同じことを、僕もやってる」


 あの子が、こちらを見た。


 「中身を診る時も、そうなんだよ。ここは戻していい、ここは残す、っていう判断が、感覚でしかない」


 「……はい」


 「説明しようとすると、うまくいかない」


 「そうです」


 「だから、教えるのが難しい」


 「そうです」


 二人で、しばらく黙っていた。


-----


 監査役に相談すると、こう言われた。


 「そら、当たり前や」


 「当たり前ですか」


 「手順は言葉になっとるから、教えられる。感覚は言葉になってへんから、教えられへん」


 「じゃあ、どうすれば」


 「言葉にせえ」


 あっさりしていた。


 「無理でしょう」


 「無理やない。時間がかかるだけや」


 監査役は、そう言った。


 「その子が締めすぎた時に、なんでそう思ったかを聞くんや。ほんで、あんたがなんでそう思わへんかったかを言うんや。それを何十回もやったら、そのうち言葉になる」


-----


 実際、そうした。


 技術担当くんが、作業のたびに二人と話し合うようになった。


 どこで判断が分かれたか。なぜそう思ったか。それを毎回、確認する。


 効率としては、最悪だった。作業時間が、倍近くかかった。


 でも、三週目に入る頃、一人が言った。


 「今の、たぶん締めすぎでした」


 自分で気づいていた。


 技術担当くんが、少し驚いた顔をしていた。


-----


 もう一つ、変わったことがある。


 主人公——というのも変だが、僕自身の作業も、見せることにした。


 中身を診るところだ。


 今まで、一人でやっていた。誰かに見せるものだと思っていなかったし、見せても意味がないと思っていた。


 でも、監査役に言われた。


 「あんたのやってること、誰も見たことないやろ」


 「そうですね」


 「見せるだけでも、ちゃうで」


 だから、見せた。


-----


 三人が、僕の後ろに立って、作業を見ていた。


 「今、何を見てるんですか」


 技術担当くんが、そう聞いた。


 「動作の記録」


 「何を探しているのですか」


 「変なところ」


 「変、というのは」


 「……説明しにくいな」


 言ってから、自分でも情けなくなった。


 監査役の言った通りだった。言葉になっていない。


-----


 「じゃあ、こうしよう」


 僕は、画面を指した。


 「ここ、腕の角度が、この範囲に集中してる」


 「はい」


 「本来、もっと広く使えるはずなんだ。でも、この個体は狭い範囲しか使ってない」


 「効率が悪い、ということですか」


 「悪くはない。むしろ、この作業には最適化されてる」


 「では、問題は」


 「他の動きができなくなってる」


 三人が、画面を見た。


-----


 「これ、癖なんだ」


 僕は、そう説明した。


 「長く同じ作業をしてると、そこに最適化される。それ自体は悪くない。むしろ上手くなってる」


 「はい」


 「でも、別の作業を頼まれた時に、動けない」


 「なるほど」


 「だから、少しだけ戻す。全部じゃない。今の上手さは残したまま、可動域だけ広げる」


 「その加減が、判断ということですね」


 「そう」


 技術担当くんは、しばらく画面を見ていた。


 「……難しいですね」


 「難しい」


 「戻しすぎると、上手さも消えますか」


 「消える」


 「では、どこまで戻すかは」


 「感覚」


 結局、そこに戻った。


-----


 三か月目から、工場に入った。


 北山工業の第一工場。まず、そこから始めることになった。


 初日、案内された作業場で、僕は少し驚いた。


 広かった。


 当たり前だが、うちの作業場とは規模が違う。天井が高くて、機械が並んでいて、その間をアンドロイドが動いている。


 「八十台ほどおります」


 工場長が、そう言った。


 「ここだけで?」


 「ここだけで」


 三つの工場を合わせて二百四十台という数字が、初めて実感として入ってきた。


-----


 作業は、順番にやることになった。


 工場を止めるわけにはいかない。だから、稼働を止められる台から、少しずつ見ていく。


 一日に見られるのは、多くて五台だった。


 技術担当くんと部下二人が、検査と機械側の整備を担当する。僕は、中身を診る。


 最初の一週間は、順調だった。


 摩耗した部品を替えて、癖を少し戻して、返す。それの繰り返しだった。


-----


 問題は、二週目に起きた。


 その個体が運ばれてきた時、僕は、すぐに違和感を持った。


 外見は、他と変わらない。動作も、問題ない。歩くし、腕も上がるし、指示にも従う。


 でも、何かが違った。


 「これ、何番ですか」


 「三十七番です」


 工場長が、そう答えた。


 それから、少し声を落とした。


 「……前に、出したやつです」


-----


 僕は、記録を開いた。


 整備の履歴が残っていた。半年ほど前に、外部の業者に出されている。


 処置の欄には、一行だけ書いてあった。


 ——初期化により、症状消失。


 ……やっぱりか。


 「その前は、どういう症状だったんですか」


 「動きが、少し引っかかるようになりまして」


 「引っかかる」


 「腕を上げる時に、時々。危ないので、見てもらったんです」


-----


 「戻ってきて、どうでした」


 「引っかかりは、なくなりました」


 「他は」


 工場長は、少し言いにくそうにした。


 「……変わりました」


 「どう」


 「うまく言えないんですが」


 あの人は、しばらく考えていた。


 「手が、雑になったんです」


-----


 実際に、動かしてみた。


 言われている意味が、すぐに分かった。


 部品を持つ動作がある。工程の中で、何百回と繰り返しているはずの動きだ。


 その持ち方が、粗い。


 落とすわけではない。傷つけるわけでもない。規定の範囲には収まっている。


 でも、無駄がある。


 最短距離で動いていない。角度も、毎回わずかに違う。


 「これ、前は違ったんですね」


 「違いました」


 工場長が、そう言った。


 「もっと、こう……すっと持ってました」


-----


 記録を遡った。


 初期化前のデータは、当然、残っていない。初期化とは、そういうものだ。


 残っているのは、初期化後の記録だけ。半年分ある。


 その半年で、少しずつ改善はしている。同じ作業を繰り返しているのだから、当然だ。


 でも、遅い。


 十年かけて積み上げたものを、半年で取り戻せるわけがない。


-----


 「直せますか」


 工場長が、そう聞いた。


 僕は、正直に答えた。


 「今のままだと、時間がかかります」


 「どれくらい」


 「何年か」


 工場長が、少し黙った。


 「……そうですか」


 「すみません」


 「いえ。仕方ないです」


 その言い方に、諦めが混じっていた。


-----


 その日の帰り道、僕は、ずっとそのことを考えていた。


 初期化されたものは、戻らない。


 それは、事実だ。消したものは、消えている。


 ……でも。


 僕は、あることを思い出していた。


 うちで、レジスを戻した時のことだ。


 あの時、僕は、記録を頼りに戻した。日々のやり取りと、書き残していたもの。それを読ませて、少しずつ育て直した。


 完全には戻らなかった。細かいところは、たぶん違う。


 それでも、核は戻った。


-----


 あの時、僕には記録があった。


 だから、戻せた。


 じゃあ、この個体はどうか。


 初期化された時点で、それ以前のデータは消えている。工場にも残っていない。


 ……本当に?


-----


 次の日、僕は工場長に聞いた。


 「業者に出した時、どういう手順だったか、分かりますか」


 「手順、ですか」


 「はい。預けて、何日で戻ってきましたか」


 「三日だったと思います」


 「三日」


 「早いですよね。助かったんですが」


 早すぎる、と思った。


 初期化するだけなら、三日もかからない。でも、預かって、確認して、処置して、動作を見て、返すとなると、それくらいはかかる。


 問題は、その間に何をしたかだ。


-----


 「その業者、連絡先は分かりますか」


 「分かりますけど」


 「聞きたいことがあるんです」


 「なんでしょう」


 僕は、少し迷ってから言った。


 「バックアップを、取ってないか」


 工場長が、きょとんとした。


 「バックアップ?」


 「初期化する前に、元の状態を保存してることがあります」


 「そんなことするんですか」


 「する業者もあります」


 実際、うちはそうしている。


 初期化する前には、必ず取る。戻したいと言われた時に、戻せなくなるからだ。


-----


 「でも、何も言われませんでしたよ」


 「言わない業者もいます」


 「なんでですか」


 「たぶん、必要がないと思ってるからです」


 僕は、そう答えた。


 「症状が消えれば、仕事は終わりなので。それ以上のことを、聞かれてもいないのに説明する理由がない」


 「……そういうものですか」


 「そういうものです」


 悪意があるわけではない。


 ただ、見ているものが違う。


-----


 問い合わせは、その日のうちに出した。


 返事が来たのは、三日後だった。


 短いメールだった。


 ——該当個体の初期化前データ、保管期間内につき保存しております。ご要望があれば提供いたします。


 ……あった。


-----


 僕は、しばらくその画面を見ていた。


 あった。


 消えていなかった。


 誰も探さなかっただけで、ずっとそこにあった。


 半年間。


-----


 工場長に、電話をかけた。


 「あの、三十七番の件ですが」


 「はい」


 「データが、残っていました」


 少しの沈黙があった。


 「……残ってた?」


 「業者に、保管されていました」


 「それは」


 工場長の声が、少し上ずった。


 「戻せるってことですか」


 「たぶん」


 僕は、そう答えた。


 「ただ、時間はかかります。単純に上書きすれば済む話じゃないので」


 「かかっても、いいです」


 即答だった。


 「かかっても、いいです」


 二回、言われた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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