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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第78話:できます

-----


 じえいが帰ってきたのは、夕方だった。


 階段を、三段飛ばしで上がってきた。


 「社長!」


 「なんだ」


 「取れました!」


 両手を上げていた。


 「なにが」


 「契約っす!」


 ……嫌な予感がした。


-----


 じえいが営業に出るようになって、しばらく経つ。


 最初のうちは、小さな案件ばかりだった。個人宅の整備、店舗の一台、それくらいだ。


 それでも、あいつは毎回、嬉しそうに報告してきた。


 「今日、話聞いてもらえました!」


 「契約は?」


 「まだっす! でも、話は聞いてもらえました!」


 その段階で喜んでいた。


 だから、実際に契約が取れたと言われても、最初は同じ調子だと思っていた。


-----


 「どこの案件だ」


 「北山工業さんっす!」


 ……聞いたことがある。


 というより、知らない方がおかしい。この地域では、大きい方の会社だ。工場を三つ持っていて、従業員は——いや、今は従業員という言い方をするのかどうか。


 とにかく、規模が違う。


 「その会社の、なんの契約だ」


 「アンドロイドの整備っす!」


 「何台」


 「えっと」


 じえいは、少し考えた。


 「全部っす!」


-----


 僕は、椅子から立ち上がった。


 「全部?」


 「はい! 工場三つ分、一括でお願いしたいって!」


 「……何台あるんだ」


 「聞いてないっす!」


 「聞け!」


 「聞いてなかったっす!」


 あいつは、なぜか誇らしげだった。


 「でも、たぶん多いっす! 大きい会社なんで!」


-----


 その場に、ドンナがいた。


 端末を開いて、既に何かを調べていた。


 「マスター」


 「なんだ」


 「北山工業、公開情報によりますと、稼働中のアンドロイドは、およそ二百四十台ですわ」


 二百四十。


 「うちの現在の顧客が、合計で何台か、覚えていらして?」


 「……八十くらい?」


 「七十六台ですわ」


 三倍以上だった。


-----


 「じえい」


 「はい!」


 「なんて言った」


 「え?」


 「向こうに、なんて答えた」


 じえいは、少し胸を張った。


 「できます! って言いました!」


 「……即答か」


 「即答っす!」


 「なんで」


 「だって、うち、整備の会社じゃないっすか」


 ……間違ってはいない。


-----


 「先方の反応は」


 ドンナが、そう聞いた。


 「めっちゃ喜んでました! 助かるって!」


 「日程の話は?」


 「来月から順次でお願いしますって」


 「来月」


 ドンナの声が、一段低くなった。


 「今日は、何日でしたかしら」


 「二十三日っす!」


 「来月まで、あと八日ですわね」


 「はい!」


 「二百四十台を」


 「はい!」


 じえいは、まだ気づいていなかった。


-----


 その日の夜、全員を集めた。


 二階に、椅子を並べた。


 「まず、じえいは悪くない」


 最初に、そう言った。


 「え、自分、怒られると思ってたっす」


 「怒りたい気持ちはある」


 「あるんすか」


 「ある。でも、後回しだ」


 じえいが、少し肩を落とした。


 「今は、どうするかを決める」


-----


 レジスが、最初に口を開いた。


 「数字を出すわ」


 「頼む」


 「二百四十台。仮に、一台あたりの作業を平均三時間としましょう」


 「三時間?」


 「検査だけならもっと短いわ。でも、うちは調整も込みでしょう。過去の実績から均すと、そのくらいになるの」


 「うん」


 「合計、七百二十時間よ」


 ……七百二十。


 「作業できるのは、一日何時間?」


 「技術担当くんが、実質十時間くらい」


 「では、七十二日」


 「二か月半か」


 「はい。ただし、他の仕事を全部止めた場合よ」


-----


 「止められないな」


 「止められないわね」


 レジスは、あっさり言った。


 「今の顧客が七十六台。定期の検査も入るし、持ち込みの相談も来るわ。それを断ったら、うちは信用を失うの」


 「うん」


 「つまり、実際にはもっとかかる。四か月から、半年でしょうね」


 「先方の希望は、来月から順次だぞ」


 「順次、という言葉が、どこまでを指すかによるわ」


-----


 そこで、技術担当くんが手を挙げた。


 「一点、よろしいですか」


 「どうぞ」


 「レジスさんの試算は、私が一人で作業する前提かと思います」


 「そうね」


 「人を増やせば、短縮できます」


 「どれくらい?」


 「単純計算では、人数分です。ただし」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「教える時間が必要です」


-----


 「どれくらいかかる」


 「作業の種類によります」


 技術担当くんは、そう答えた。


 「定型の検査であれば、二週間ほどで一通り覚えられると思います。手順が決まっていますので」


 「早いな」


 「機械の側は、そう複雑ではありません。図面通りに動きますので」


 「じゃあ、増やせば回るのか」


 「いえ」


 即答だった。


-----


 「問題は、そこではありません」


 「じゃあ、どこだ」


 「診断です」


 あの子は、こちらを見た。


 「機械の不具合であれば、私が見られます。部品の摩耗も、駆動系の異常も、判断できます」


 「うん」


 「ですが、中身の問題は、社長にしか判断できません」


 ……ああ。


 「二百四十台のうち、何台がそちらに該当するかは分かりません。ですが、ゼロではないはずです」


 「工場のアンドロイドでも?」


 「あります。むしろ、多いかもしれません」


-----


 「なんで多いんだ」


 「長く同じ作業をしているからです」


 技術担当くんは、そう説明した。


 「同じ動作を繰り返すと、癖がつきます。その癖が、効率を落とすことがあります。機械としては正常でも、動きが最適ではなくなる」


 「それ、直せるのか」


 「直せます。ただ、どこまで戻すかの判断が必要です」


 「僕がやるやつだな」


 「はい」


 あの子は、はっきりうなずいた。


 「私が増員されても、そこは変わりません。社長が一人である限り、そこで詰まります」


-----


 部屋が、静かになった。


 その通りだった。


 人を増やせば手は増える。でも、判断する人間は一人しかいない。


 しかも、それは僕が望んだ形でもある。


 自分の手で見たい。よそに出して初期化されるのが嫌だ。そう言って、この会社を作った。


 その結果が、これだ。


-----


 「断るしかないんじゃない?」


 ジュディが、そう言った。


 「無理なものは無理でしょう。できないことを引き受けたら、迷惑をかけるわ」


 「そうだけど」


 「先方だって、来月から動かないと困るから頼んでるのよ。半年待ってくれとは言えないでしょう」


 正しかった。


 でも、僕は、少し引っかかっていた。


-----


 「なんで、うちに来たんだと思う?」


 僕は、そう聞いた。


 「え?」


 「大手なら、他にも選択肢があるだろ。整備チェーンでも、メーカー系列でも。なんで、うちみたいな小さいところに」


 全員が、少し黙った。


 「じえい」


 「はい」


 「向こう、なんて言ってた」


 じえいは、少し考えてから答えた。


 「えっと……前に出したところが、あんまり良くなかったって」


 「良くない?」


 「戻ってきたら、動きが変わってたって言ってました」


-----


 ……初期化だ。


 「それ、詳しく聞いたか」


 「聞いてないっす」


 「聞け」


 「はい!」


 「いや、待て。明日、僕も行く」


 言ってから、少し考えた。


 「レジス、うちの試算、もう一回頼めるか」


 「なにを」


 「体制を作る時間を含めた場合の、現実的な工程」


 「……受ける前提?」


 「受けたい」


-----


 レジスが、こちらを見た。


 「無理だと思うけど」


 「うん」


 「言ったわよね。四か月から半年って」


 「言った」


 「それでも?」


 「うん」


 少しの沈黙があった。


 「……理由は」


 「向こうが、初期化されて困ってるからだよ」


-----


 それを聞いて、エグゼが少しだけ顔を上げた。


 「じゃあ、断れないね」


 「え」


 「あなた、それが嫌でこの会社を作ったんでしょう」


 「……うん」


 「なら、断れないでしょう」


 あっさり言われた。


 レジスが、深くため息をついた。


 「……分かったわ。試算し直す」


-----


 結論から言うと、こうなった。


 全部を来月からは、無理。それは変わらない。


 でも、段階的にならできる。


 まず、二か月かけて体制を作る。技術担当くんに部下を二人つけて、定型の検査を任せられるようにする。その間、うちは通常業務を回す。


 三か月目から、順次着手する。工場を一つずつ、順番に。


 全部終わるのは、七か月後。


 「長いな」


 「長いわね」


 「向こう、待ってくれるかな」


 「それは、話してみないと分からないわ」


-----


 翌日、僕は、じえいと一緒に北山工業へ行った。


 行く直前に、監査役が現れた。


 「うちも行くわ」


 「え」


 「あかんの?」


 「いや、別に」


 「ほな、行くで」


 あっさり決まった。


-----


 道中、監査役は、じえいに何も言わなかった。


 説教されると思っていたのか、じえいは最初、緊張していた。


 「あの、自分、怒られないんすか」


 「なんでや」


 「いや、やらかしたんで」


 「やらかしたか?」


 「やらかしたっす」


 監査役は、少し笑った。


 「あんた、営業やろ」


 「はい」


 「営業が、できます言うて何が悪いねん」


-----


 「……いいんすか」


 「ええわけないけどな」


 あっさり否定された。


 「せやけど、あんた一人で行かせたのは、こっちの問題や」


 「え」


 「営業に行かせるんやったら、どこまで約束してええかを先に決めとくんが筋やろ。それ、誰も決めてへんかったんちゃうん」


 ……決めていなかった。


 完全に、決めていなかった。


-----


 「社長」


 「はい」


 「あんた、この子に何を持たせた?」


 「……名刺」


 「それだけか」


 「それだけです」


 「そら、できます言うわ」


 監査役は、そう言った。


 「判断の基準を渡してへんのに、判断させたらあかんやろ」


 その通りだった。


-----


 「せやから、うちがついて行く」


 「教育ですか」


 「ちゃうわ」


 即答だった。


 「基準を作りに行くんや」


 「基準?」


 「この子が何を約束してええか、どこから持ち帰るか。それを決めるには、現場を見なあかんやろ」


 なるほど、と思った。


 この人は、じえいを直そうとしていない。


 仕組みの方を直そうとしている。


-----


 北山工業は、思ったより古い建物だった。


 案内されたのは、工場長だという人だった。六十くらいに見えた。


 挨拶を済ませてから、僕は正直に切り出した。


 「来月から全部というのは、無理です」


 工場長は、少し驚いた顔をした。


 「そうですか」


 「はい。うちの規模では、対応できません」


 「……そうですよね」


 拍子抜けするくらい、あっさり受け入れられた。


-----


 「実は、ほかにも断られてまして」


 「え」


 「二社ほど、話をしたんです。どちらも、うちの規模だと難しいと」


 「そうなんですか」


 「大手さんは、受けてくれるんですよ。ただ」


 工場長は、そこで少し言葉を切った。


 「前に一度、出したんです。そうしたら」


 「……動きが、変わりましたか」


 工場長が、こちらを見た。


 「知ってるんですか」


-----


 「よくある話です」


 僕は、そう答えた。


 「初期化されたんだと思います」


 「初期化」


 「設定を、工場出荷時の状態に戻すことです。不具合が出た時、原因を探すより早いので」


 「……そんなことを」


 「効率としては、正しいんです」


 「でも、うちのは」


 工場長は、少し声を落とした。


 「十年、うちで動かしてるやつなんです」


-----


 「戻ってきたら、別のものになってました」


 その言い方に、僕は、少し胸が詰まった。


 「動くんです。ちゃんと動く。検査も通ってる」


 「はい」


 「でも、前と違うんですよ。手が、雑になった」


 「……分かります」


 「分かりますか」


 「分かります」


 工場長は、それを聞いて、少し黙った。


-----


 「だから、御社に頼みたかったんです」


 「うちに?」


 「小さいところの方が、丁寧に見てくれると思って」


 その言い方が、そのまま僕の会社の理由だった。


 「……七か月、いただけますか」


 「七か月」


 「それが、うちの正直な数字です。急げば、たぶん雑になります」


 工場長は、しばらく考えていた。


 それから、こう言った。


 「待ちます」


-----


 「いいんですか」


 「早く済ませて、また同じことになるより、いいです」


 あっさりしていた。


 「それに、うちも工場を止めるわけにいかないので。順番にやってもらえるなら、その方が助かります」


 ……そういうものらしい。


 僕は、少し力が抜けた。


-----


 帰り道、じえいが黙っていた。


 珍しいことだった。


 「どうした」


 「……いや」


 「言えよ」


 「自分、なんも聞いてなかったっす」


 あいつは、そう言った。


 「工場長さん、あんな話してたのに。自分、台数も聞かなかったし、なんでうちに頼むのかも聞かなかったっす」


 「そうだな」


 「怒らないんすか」


 「怒らない」


-----


 「今のは、僕が悪い」


 「え」


 「何を聞いてくるか、教えてなかった」


 「でも」


 「監査役に言われた。基準を渡してないのに判断させるな、って」


 じえいは、少し黙った。


 「……次から、聞きます」


 「なにを」


 「台数と、納期と、なんでうちなのか」


 「それでいい」


 「あと」


 あいつは、少し考えてから言った。


 「できますって言う前に、一回持ち帰ります」


 その一言が、たぶん、いちばん大きかった。


-----


 監査役が、後ろで小さく笑った。


 「言うようになったやん」


 「うるさいっす」


 「褒めとんねん」


 「褒められてる気しないっす」


 その後、しばらく二人でやり合っていた。


 僕は、少し離れて歩きながら、それを聞いていた。


 ……悪くないな、と思った。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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