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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第77話:公園

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 その日、僕は、家を出た。


 理由はない。求人を三件送って、返事を待つだけの時間ができたからだ。


 部屋にいると、うちの一台が何かと話しかけてくる。飲み物はいるか、部屋の温度はどうか、そういうことを。


 悪気はないのだろう。でも、聞かれるたびに、自分が何もしていないことを確認させられる気がする。


 だから、出た。


 行き先は、決めていなかった。


-----


 歩いていると、公園に出た。


 昔からある公園だ。子供の頃、何度か来た記憶がある。


 あの頃は、もっと静かだった気がする。


 今日は、人がいた。


 しかも、けっこう多い。


-----


 子供が、走り回っていた。


 数えると、十人以上いる。年齢はばらばらだ。小学生くらいの子もいれば、まだ歩き始めたばかりの子もいる。


 その周りに、大人がいた。


 ベンチに座っている人。子供を追いかけている人。何人かで話し込んでいる人。


 平日の、午後二時だった。


 ……全員、働いていない。


-----


 そう思った時、少し、居心地が悪くなった。


 自分も同じだからだ。


 僕は、少し離れたベンチに座った。


 特に何をするでもなく、ただ、その光景を見ていた。


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 母親らしい人が、子供に何か言っていた。


 「そっち行ったら危ないよ」


 「はーい」


 返事だけして、そのまま走っていった。


 母親は、少し笑って、追いかけていった。


 その隣で、父親らしい人が、下の子を抱いていた。


 ……夫婦とも、いるのか。


 考えてみれば、当たり前だった。二人とも、働いていないのだから。


-----


 別のベンチで、二人の女性が話していた。


 声が、少しこちらまで届く。


 「三人目、来月なんだって」


 「早いね」


 「うん。だから、今のうちに部屋広くしようかって」


 「引っ越すの?」


 「同じ団地の、上の階。あそこ、四人以上いると優先で入れるから」


 「いいなあ」


 ……そういう制度が、あるらしい。


 知らなかった。


-----


 考えてみれば、当然かもしれない。


 基礎所得保障は、一人あたりで支給される。子供にも出る。


 つまり、人数が多いほど、世帯の収入は増える。


 しかも、学費は無料だ。教育に関する費用は、ほとんどかからない。医療も同じだ。


 子供を持つことに、金銭的な障害がない。


 僕が子供の頃は、たしか逆だった。子供を持つと金がかかるから、産まない。そういう話をよく聞いた気がする。


 今は、そうじゃない。


-----


 「パパー!」


 子供が、父親に向かって走っていった。


 抱き上げられて、笑っていた。


 その父親も、笑っていた。


 僕は、それを見ていた。


 ……幸せそうだな、と思った。


 思ってから、自分の中で、何かが少し引っかかった。


-----


 あの人たちは、働いていない。


 僕も、働いていない。


 同じはずだ。


 同じ金をもらって、同じように時間があって、同じように何の義務もない。


 なのに、あちらは笑っている。


 僕は、ベンチに座って、それを見ている。


 何が違うんだろう。


-----


 働いていないことを、恥じている様子はなかった。


 当たり前だ。恥じる理由がない。八割がそうなのだから、それが標準だ。


 むしろ、恥じているのは僕の方かもしれない。


 ……いや。


 僕は、少し考え直した。


 あの人たちには、やることがある。


 子供がいる。世話をする相手がいる。今日やらなければならないことが、たぶん十個くらいある。


 僕には、ない。


 求人を三件送った。それで、今日の予定は終わりだった。


-----


 じゃあ、僕も同じようにすればいいのか。


 結婚して、子供を持って、その世話をして暮らす。


 ……できるだろうか。


 相手がいない、という以前の問題だった。


 僕が欲しいのは、たぶん、そういうものじゃない。


 でも、じゃあ何が欲しいのかと聞かれると、答えられない。


-----


 働きたい、と思っている。


 それは、間違いない。


 でも、なぜ働きたいのかを、うまく説明できない。


 金が欲しいわけではない。困っていない。


 誰かの役に立ちたい、というほど立派でもない。


 ……たぶん、認められたいのだと思う。


 誰かに、必要とされたい。


 それが、仕事という形でしか手に入らないと、思い込んでいるだけかもしれない。


-----


 あの父親は、子供に必要とされている。


 あの母親も、そうだ。


 だから、働いていなくても、平気なのだと思う。


 ……ずるい、と思ってしまった。


 思ってから、自己嫌悪した。


-----


 小一時間ほど、そこにいた。


 帰ろうと立ち上がった時、子供が一人、僕の前に転がってきた。


 ボールを追いかけていたらしい。


 「大丈夫か」


 「うん」


 膝を擦りむいていた。血が出ている。


 「痛くないのか」


 「痛い」


 言いながら、泣いてはいなかった。


 僕は、少し迷ってから、鞄を探した。絆創膏があった気がした。


 あった。いつ入れたのかは、覚えていない。


-----


 「貼るか」


 「うん」


 膝に貼った。子供は、それを見ていた。


 「おじさん、ありがとう」


 「おじさんじゃない」


 「おにいさん」


 「……まあ、いいや」


 子供は、笑って、走っていった。


 その背中を見ながら、思った。


 今、少しだけ、役に立った気がする。


 絆創膏を一枚貼っただけだ。


 それだけのことで、少し気分が良くなった自分に、また少し、嫌になった。


-----


 帰り道、スマートフォンを見ていた。


 特に理由はない。歩きながら、なんとなく画面を見る癖がついている。


 地域の情報が流れてきた。


 商店街の記事だった。


-----


 ——駅北商店街、来訪者が増加


 写真が載っていた。人が歩いている通りの写真だ。


 記事によると、この半年ほどで、日曜の来訪者が目に見えて増えたらしい。


 理由として、ある広告が挙げられていた。


 各店舗の主人が語った言葉を、そのまま載せたページ。それが評判になって、少しずつ人が来るようになった、と。


 ……ふうん。


 僕は、そのページを開いてみた。


-----


 小豆が甘いのは、ハレの日のものだったからです。


 この厚みは、三代前から変えていません。


 うちの魚は、朝しか出しません。夕方には、いい顔をしていないので。


 ……上手いな、と思った。


 商品の写真は小さい。文章も、売り込んでいない。


 でも、読んでしまう。


 こういうのを、たぶん、才能と言うのだと思う。


-----


 記事の最後に、制作した会社の名前があった。


 K's Factory。


 ……聞いたことがある。


 どこだったか、と思って、少し考えた。


 思い出した。


 先輩の会社だ。


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 立ち止まった。


 道の真ん中だった。


 僕は、その名前を、しばらく見ていた。


 あの人は、会社を作ったと言っていた。整備の会社だと。うちには枠がないと言われた。


 ……広告も、やってたのか。


-----


 検索してみた。


 会社の情報が、すぐ出てきた。


 事業内容が、三つ書かれていた。


 アンドロイドの整備と調整。


 広告代理業。


 それから——健康管理サービス。


 「なんだこれ」


 声に出ていた。


-----


 健康管理サービスの説明を読んだ。


 高齢者向けらしい。機器を貸し出して、脈拍や活動量を測る。異常があれば連絡する。それだけのサービスだ。


 月額千円と書いてあった。


 ……安いな。


 安すぎる気がした。


 この手のサービスは、たいてい、もっと高い。警備会社のものは月に何千円もするし、駆けつけには別料金がかかる。


 なのに、千円。


 しかも、契約は既に数百件あるらしい。


-----


 僕は、しばらくその画面を見ていた。


 整備、広告、健康管理。


 業種が、ばらばらだ。


 普通の会社なら、こんなに手を広げない。一つの事業を深くやる方が効率がいいし、リスクも小さい。


 なのに、三つもやっている。


 なぜだろう。


 ……いや。


 考えているうちに、一つ、思い当たった。


-----


 広告代理業を持っている会社が、健康管理サービスを始める。


 しかも、安く。


 安ければ、人が集まる。集まった人の情報が、手に入る。


 年齢、住所、健康状態、生活のリズム。


 ……全部、広告に使える情報だ。


 しかも、高齢者だ。


 この層の情報は、たぶん、高く売れる。


-----


 僕は、画面を閉じた。


 心臓が、少し速くなっていた。


 そういうことか。


 あの人は、広告の仕事をやっていた。だから知っているはずだ。顧客の情報がどれだけ価値を持つか。それをどう集めれば効率がいいか。


 安いサービスで人を集めて、情報を握る。


 広告の世界では、よくある手法だ。僕でも知っている。


 ……なるほど。


 だから、うちには枠がないと言ったのか。


-----


 歩きながら、僕は、その考えを何度も確かめた。


 確かめるほど、辻褄が合った。


 整備で客と接点を作る。広告で情報の使い道を作る。健康管理で情報を集める。


 全部、繋がっている。


 偶然じゃない。


 最初から、そのつもりで設計されている。


-----


 あの日のことを、思い出した。


 アカウントを一か月貸してもらった。ログを見せろと言われた。


 あの時は、親切だと思った。


 でも、今から考えると、あれも情報だ。


 僕が何をどう使うかを、あの人は見ていた。


 ……使えない、と判断されたのか。


-----


 家に着く頃には、日が暮れていた。


 「おかえりなさい」


 うちの一台が、そう言った。


 「ああ」


 「お飲み物を——」


 「いらない」


 少し、強い言い方になった。


 「かしこまりました」


 いつも通りの返事だった。


 いつも通りすぎて、余計に腹が立った。


-----


 部屋に入って、僕は、しばらく座っていた。


 あの人は、いい人だと思っていた。


 飯を奢ってもらったこともある。何度も相談に乗ってもらった。断られた時も、丁寧だった。


 でも、それが全部、上手いやり方だったとしたら。


 ……考えすぎだろうか。


 考えすぎかもしれない。


 でも、辻褄は合っている。


-----


 その夜、寝つけなかった。


 天井を見ながら、昼間の公園を思い出していた。


 子供が笑っていた。父親が、それを抱き上げていた。


 あの人たちは、たぶん、何も知らない。


 情報がどう集められて、どう使われているかも。


 知らないまま、幸せそうにしていた。


 ……それでいいのかもしれない。


 でも、僕は、知ってしまった。


 知ってしまったら、もう、戻れない気がした。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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