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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第76話:職業訓練

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 朝、目が覚めるのは、だいたい十時頃だ。


 目覚まし時計は、しばらく使っていない。起きなければならない時間が、ないからだ。


 起きて、顔を洗って、部屋に戻る。


 朝食は、たいてい用意されている。


 「おはようございます」


 「ああ」


 うちの一台が、そう言う。


 毎朝、同じ挨拶だ。返事も、だいたい同じになる。


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 金には、困っていない。


 基礎所得保障——世間ではベーシックインカムと呼ばれている——が、毎月、口座に振り込まれる。


 手続きは、要らない。申請も、面接も、書類もない。


 制度が始まった時、そこは徹底されたらしい。誰が受け取るべきかを審査していたら、その審査に金がかかる。だったら全員に配って、あとは税で調整すればいい。そういう理屈だそうだ。


 だから、僕は、何もしていない。


 何もしていないのに、毎月、金が入る。


 家賃も払えるし、飯も食える。アンドロイドの税金も、なんとかなっている。贅沢はできないが、困ってもいない。


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 困っていないというのが、一番きつい。


 これは、たぶん、経験した人間にしか分からないと思う。


 金がないなら、稼げばいい。仕事を探せばいい。目標がはっきりしている。


 でも、金はある。


 あるのに、何もしていない。


 その状態が、ずいぶん続いている。


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 午前中は、求人を見ている。


 画面を開けば、求人はいくらでも出てくる。数だけなら、昔より多いくらいだ。


 企業には、人間を雇う義務がある。一定規模以上の会社は、決められた人数を雇わないといけない。雇えば、法人税が減額される。


 だから、募集はある。


 問題は、その中身だ。


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 試しに、一つ開いてみる。


 ——業務内容:AIが処理した結果の確認、および承認


 ——必要な経験:不問


 ——勤務時間:週三日、一日四時間


 承認。


 AIが判断して、AIが処理して、その結果に人間が判子を押す。それだけの仕事だ。


 昔なら、それは責任を伴う仕事だった。判断する人間がいて、その人が責任を負っていた。


 今は、違う。


 判断はAIがしていて、人間は「確認しました」と押すだけだ。押さなくても結果は同じだし、押した人間が責任を問われることもない。


 制度上、人間が確認したことにしないといけない。だから、そのための人を雇っている。


 ……それだけだ。


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 それでも、応募する。


 書類は、五分で作れる。


 志望動機も、自己PRも、AIに書かせれば、完璧なものが出てくる。文章は整っているし、誤字もない。


 問題は、それを全員がやっていることだ。


 だから、差がつかない。


 完璧な書類が、何千通も届く。


 その中から選ばれる基準が、何なのか。僕には、いまだに分からない。


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 先月、一件だけ、面接まで進んだ。


 オンラインだった。相手は、担当者が一人。


 十五分で終わった。


 聞かれたのは、三つだけだった。


 週三日、来られますか。健康状態に問題はありませんか。他に応募している会社はありますか。


 それだけだった。


 志望動機も、経歴も、聞かれなかった。


 三日後、不採用の通知が来た。


 理由は、書いていなかった。


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 昼過ぎ、端末に向かって言った。


 「今朝のニュース」


 壁際の画面が、明るくなった。


 最近は、これが日課になっている。特に見たい内容があるわけではない。ただ、部屋が静かすぎるからだ。


 少し待つと、映像が流れ始めた。


 この画面に映っているのは、放送されているものではない。僕がこれまで何を見てきたかを踏まえて、その場で作られたものだ。


 だから、内容は人によって違う。同じ日の同じ時刻でも、隣の部屋では別のニュースが流れている。


 昔は、決まった時間に、決まった番組があったらしい。全員が同じものを見ていたと聞くと、少し不思議な気がする。


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 「——内閣府の発表によりますと、現在の就業構造は、次のようになっています」


 画面に、図が出た。


 円グラフだった。三つに分かれている。


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 「上位層が、およそ二パーセント。企業の株主、起業家、そしてAIモデルのロイヤリティを得ている層です」


 二パーセント。


 「中間層が、十八パーセント。AIと協働して働く層、および個人事業主です」


 十八。


 「そして、残る八十パーセントが、基礎所得保障の受給層となっています」


 ……八十。


 僕は、その数字を、しばらく見ていた。


 自分が、どこにいるかは、考えるまでもなかった。


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 「政府は、受給層の削減を目標に掲げ、職業訓練への予算を大幅に増額する方針を決定しました」


 職業訓練。


 僕は、少し笑ってしまった。


 行ったことがある。


 以前、三十万円払って、AI活用のスクールに通った。三か月のコースだった。


 教わったことは、覚えている。


 こういう時は、こう聞く。この形式で指示を出す。この項目を明示する。


 全部、覚えた。


 現場では、一つも使えなかった。


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 教わった通りに聞いても、返ってくるものが違った。


 毎回、違う。同じ聞き方をしても、状況が変われば答えが変わる。だから、覚えた型が当てはまらない。


 先輩に相談したことがある。


 あの人は、こう言った。


 ——それ、たぶん、お前が教えてないだけだよ。


 意味が、分からなかった。


 教える? 機械に?


 こっちが教わる側なのに。


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 予算を増やして、また同じことをやるのだろうか。


 同じことを教えて、同じように使えなくて、同じように八十パーセントに戻ってくる。


 それを、削減と呼ぶのだろうか。


 ……まあ、いいか。


 僕には、関係のない話だ。


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 ニュースは、次の話題に移っていた。


 「続いて、こちらのニュースです」


 画面が切り替わった。


 明るい音楽が鳴った。


 「今、家庭用サポートアンドロイドとして人気を集めているYS-0040に、新たなモデルが登場します」


 画面の中の人物が、笑顔で言った。実在しない誰かだ。


 「ホワイトカラーモデルと、ブルーカラーモデル。事務作業と、現場作業のそれぞれに特化した仕様となっており、来月から順次販売が開始されます」


 ……は?


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 僕は、画面を見ていた。


 映像には、真新しいアンドロイドが映っていた。スーツを着たものと、作業着を着たもの。


 どちらも、動きが滑らかだった。


 「メーカーによりますと、深刻な人手不足を背景に、幅広い業種からの引き合いがあるとのことです」


 人手不足。


 「特にブルーカラーモデルは、危険を伴う作業を代替できることから、労働環境の改善につながると期待されています」


 期待。


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 僕は、画面を見たまま、しばらく動けなかった。


 さっきのニュースは、なんだった。


 八十パーセントが職に就いていない。だから訓練に予算を増やす。そういう話だったはずだ。


 その次のニュースが、これだ。


 事務も、現場も、代わりにやってくれる機械が、来月から売り出される。


 しかも、明るい話として。


 「人手不足を補う」と言っていた。


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 誰が、足りていないんだ。


 八十パーセントが、余っている。


 その八十パーセントは、事務も、現場も、やろうと思えばできる。というより、やる仕事がないから、余っている。


 なのに、人手不足だと言う。


 ……意味が、分からない。


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 「鈴木さん」


 声がした。


 うちの一台だった。


 「なんだ」


 「お飲み物を、お持ちしましょうか」


 「いらない」


 「かしこまりました」


 それだけだった。


 少しして、僕は、聞いてみた。


 「なあ」


 「はい」


 「今のニュース、見てたか」


 「はい」


 「どう思う」


 少しの間があった。


 「新しいモデルの発売についての報道でした」


 「そうじゃなくて」


 「と、申しますと」


 「感想だよ。感想」


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 「有益な情報だと思います」


 ……有益。


 「他には」


 「特にございません」


 僕は、画面を消した。


 いつも、これだ。


 何を聞いても、当たり障りのないことしか返ってこない。それが正しいのは分かる。機械なんだから、感想なんてあるわけがない。


 分かっているのに、腹が立つ。


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 「お前さ」


 「はい」


 「あのニュース、自分のことだって分かってるか」


 「と、申しますと」


 「同じだろ。お前も、あれも」


 「私は、家庭用サポートモデルです。報道されていたのは、業務用の新規モデルかと」


 「そうじゃない」


 「申し訳ありません。理解が及びませんでした」


 謝られた。


 僕は、それ以上、何も言わなかった。


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 夜、風呂に入りながら、考えていた。


 あの機械が売れれば、企業は人を雇わなくてよくなる。


 いや、雇用義務があるから、形だけは雇うだろう。承認を押す仕事とか、確認したことにする仕事とか。そういう枠は残る。


 でも、それだけだ。


 僕が探しているのは、そういう仕事じゃない。


 ……というのは、贅沢な話なのかもしれない。


 金には困っていないのだから。


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 風呂から上がると、部屋が片付いていた。


 脱ぎ散らかしていた服が、畳んである。テーブルの上も、拭いてある。


 「ありがとう」


 「いえ」


 「なあ」


 「はい」


 「お前、なんでこれやってるんだ」


 「業務ですので」


 「業務」


 「はい」


 「他に理由は」


 「ございません」


 ……そうか。


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 布団に入って、天井を見ていた。


 やることがないので、寝るしかない。


 明日も、たぶん同じだ。十時に起きて、求人を見て、五分で書類を作って、応募して、返事を待つ。


 そのうち、不採用の通知が来る。理由は書いていない。


 それを、ずっとやっている。


 ……いつまで、やるんだろう。


 考えても、答えは出なかった。


 金は、明日も振り込まれる。


 それだけは、確かだった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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