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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第75話:押さないと動きません

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 会社に戻ったのは、夜だった。


 全員が、待っていた。


 「どうだった」


 レジスが、真っ先に聞いた。


 「肺炎だった。入院した」


 「命は」


 「大丈夫だって。あと一日遅かったら、分からなかったらしいけど」


 部屋が、静かになった。


 誰も、何も言わなかった。


 医療特化型の子だけが、少ししてから、口を開いた。


 「……私の判断は、正しかったのでしょうか」


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 妙な聞き方だった。


 「正しかっただろ」


 「いえ」


 あの子は、首を振った。


 「私は、数値の異常を検知して、連絡を入れました。応答がないことも記録しました。そこまでが、私の役割です」


 「うん」


 「その先——訪問することは、規約に含まれていません」


 「……ああ」


 言いたいことが、分かった気がした。


 「今日、私が行ったのは、ジュディさんが判断されたからです。規約に定められた役割ではありませんでした」


 「うん」


 「もし、誰も判断しなかったら、私は行きませんでした」


 あの子は、そう言った。


 「その場合、あの方は亡くなっていた可能性があります。それでも、私の判断は、規約上は正しいことになります」


 「……そうだな」


 「私は、それを、どう考えればいいのでしょうか」


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 答えられなかった。


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 やがて、レジスが口を開いた。


 「それは、あなたが考えることじゃないわ」


 「……はい」


 「規約を作ったのは、私たちよ。あなたは、その範囲で正しく動いた。それだけ」


 「ですが」


 「足りないと思ったなら、規約を変えるの。あなたが悩むところじゃないわ」


 厳しい言い方だった。


 でも、それは、あの子を守る言い方でもあった。


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 その夜、僕は、ノアールを呼んだ。


 「規約、変えられるか」


 「どこをですか」


 「連絡が取れない場合の対応。今、明記されてないだろ」


 「ありません」


 「入れたい」


 ノアールは、少し考えるような間を置いた。


 「入れるとなると、義務が発生します」


 「うん」


 「一定回数の連絡で応答がない場合、こちらから何らかの行動を取る。そう書けば、それをしなかった時に責任を問われます」


 「分かってる」


 「その行動とは、具体的には」


 「……訪問、かな」


 言ってから、自分でも引っかかった。


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 「今日、四十分かかりました」


 ノアールが、そう言った。


 「うん」


 「往復で一時間半です。加えて、現場での対応と、救急への同行」


 「うん」


 「契約は、二百件です」


 その数字を、言われて初めて意識した。


 「今日のような事案が、月に一件なら回ります。週に一件でも、なんとかなるかもしれません」


 「うん」


 「では、契約が千件になったら?」


 答えられなかった。


 「五千件になったら、どうされますか」


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 「……訪問専門の子を、増やす?」


 「体が必要になります。何体でしょうか」


 「……」


 「それから、地域の問題があります。契約者は、全国に散らばっています。今回はたまたま近かっただけです」


 その通りだった。


 二百件のうち、電車で行ける範囲にいる人が、どれだけいるだろう。


 「無理だな」


 「無理です」


 あっさり言われた。


 「訪問を規約に書くのは、勧めません。守れないからです」


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 僕は、しばらく黙っていた。


 守れないことは書けない。それはノアールの言う通りだ。


 でも、書かなければ、また同じことが起きる。医療特化型の子が、また同じ問いを抱えることになる。


 どうすればいいのか。


 ……そこで、一つ思い出した。


 「自治体って、似たようなことやってないか」


 「と、申しますと」


 「緊急通報のやつ。ボタンを押すと消防に繋がるとか、そういうの」


 ノアールが、端末を開いた。


 少しして、顔を上げた。


 「あります」


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 「多くの自治体で、高齢者の単身世帯を対象に、緊急通報システムが提供されています。機器を貸与して、押せば消防や委託先に繋がる形です」


 「費用は」


 「無料から、月に数百円程度です。自治体が費用の大半を負担しています」


 「……あるじゃん」


 「あります」


 「じゃあ、うちのサービス、要らなくない?」


 ノアールは、首を振った。


 「一点、違いがあります」


 「なに」


 「あちらは、押さないと動きません」


 ……あ。


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 「今日の方は、押せましたか」


 「押せなかったと思う」


 「そうでしょうね」


 あの人は、床に座り込んで、起き上がれなかった。ボタンがあっても、たぶん手が届かなかった。


 仮に届いても、押さなかったかもしれない。大丈夫だと思っていたから。


 「うちは、押さなくても分かる」


 「はい」


 「向こうは、押されたら動ける」


 「はい」


 噛み合っていた。


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 問題は、相手が一つではないことだった。


 契約者は、全国に散らばっている。同じ市の中に固まっているわけではない。ということは、それぞれの居住地の自治体と、個別に話をつける必要がある。


 「何件になる?」


 レジスに聞いた。


 「契約者の所在地で数えると、四十七」


 「都道府県?」


 「市区町村よ」


 ……四十七。


 「全部回るの?」


 「回るしかないでしょうね」


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 実際には、回らなかった。


 最初の数件は、僕が直接出向いた。だが、三件目で気づいた。


 やっていることが、毎回同じだった。


 サービスの説明をして、何ができて何ができないかを伝えて、通報を受けてもらえるか聞く。それだけだ。相手が変わっても、話す内容は変わらない。


 「これ、資料でいいんじゃない?」


 「そうでしょうね」


 レジスは、当然のようにうなずいた。


 「最初から言おうと思ってたわ」


 「言えよ」


 「三件行くまで気づかないとは思わなかったの」


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 そこからは、ドンナとノアールが引き取った。


 説明の資料を作って、各自治体の担当窓口に問い合わせを出す。返事が来たところから、順に話を詰めていく。


 「反応は、三つに分かれますわ」


 ドンナが、途中経過を報告してきた。


 「三つ?」


 「すぐに受けてくださるところ。判断に時間がかかるところ。それから、前例がないので難しいとおっしゃるところ」


 「最後のは、多い?」


 「思ったより少のうございます」


 ……珍しく、素が出ていた。


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 僕自身が出向いたのは、最初の三件と、それから話がこじれたところだけだった。


 その中の一つで、担当の人が、こう言った。


 「押さなくても分かる、というのは」


 「脈拍と活動量です。いつもと違う状態が続いたら、こちらで検知します」


 「それは……」


 担当の人は、少し考え込んだ。


 「正直、そこがずっと課題でして」


 「はい」


 「うちの緊急通報も、押していただければ動けるんです。でも、押せない方が、いらっしゃる」


 「そうですよね」


 「ボタンを配ることはできても、押してもらうことはできないので」


 その言い方が、妙に耳に残った。


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 話は、思ったより早く進んだ。


 こちらから自治体に情報を渡す。それを受けて、向こうが安否確認をする。既存の枠組みの中で、通報者が一つ増えるだけの話だった。


 「新しい制度を作る、という話じゃないんですね」


 僕がそう言うと、担当の人は笑った。


 「新しい制度を作るのは、三年かかります」


 「三年」


 「でも、今ある仕組みに乗せるだけなら、来月からできます」


 ……そういうものらしい。


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 全部の自治体と話がつくまでに、二か月かかった。


 三十二件が受け入れ、九件が検討中、残りは前例がないという理由で保留になった。


 「全部は、無理だったな」


 「無理ですわ」


 ドンナは、あっさり言った。


 「ただ、保留のところも、他所の実績が増えれば変わりますわ。役所とは、そういうものですの」


 「詳しいな」


 「調べましたので」


 この子は、いつの間にか、そういうことまで調べている。


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 規約は、そう書き直した。


 ——一定回数の連絡に応答がない場合、居住地の自治体へ情報を提供します。


 ただし、と続けて、もう一行書いた。


 ——自治体によっては、受け入れ体制が整っていない場合があります。その場合は、ご登録いただいた緊急連絡先へご連絡します。


 保留になった自治体の分は、家族や親族の連絡先を先に登録してもらうことにした。


 「格好がつかないな」


 「つきませんね」


 ノアールは、あっさり認めた。


 「ですが、できないことをできると書くよりは、ましです」


 訪問する、とは書かなかった。


 書けなかった、が正確だ。


 「これで、いいのか」


 ノアールに聞くと、あの子はうなずいた。


 「守れる範囲で書きました。それが一番大事です」


 「でも、行けないってことだよな」


 「行けません」


 はっきり言われた。


 「行けないことを、行けると書く方が、罪が重いです」


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 その話を、レジスにもした。


 「妥当ね」


 あっさり言われた。


 「反対しないんだ」


 「するわけないでしょう。むしろ、それが最初からの正解よ」


 「……最初から?」


 「自分たちで抱え込まないこと。うちの規模で全部やろうとしたら、潰れるわ」


 その通りだった。


 「でも」


 レジスは、そこで少しだけ、言い方を変えた。


 「今回、行ったのは正しかったと思う」


 「え」


 「行かなかったら、その人は死んでたのよ。それに、行ってみないと、行けないことも分からなかったでしょう」


 「……うん」


 「一度だけなら、無茶をしていいの。二度目からは、仕組みにしなさい」


 その言い方が、この人らしかった。


 「あと」


 「なに」


 「あの子に、二度と同じことを聞かせないで」


 それだけ言って、書類に戻った。


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 男性は、二週間ほどで退院した。


 退院してすぐ、電話が来た。


 「あんたかね」


 「はい」


 「あの機械な」


 「はい」


 「まだ、置いておいていいかね」


 「もちろんです」


 少し、間があった。


 「息子にね、言ったんだ」


 「はい」


 「入院したこと」


 「……そうですか」


 「怒られたよ。なんで言わなかったんだ、ってね」


 男性は、少し笑っていた。


 「だから、今度から言うことにしたよ」


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 電話を切ってから、僕は、しばらく座っていた。


 あの人は、たぶん、これからも大丈夫と言うのだと思う。しんどい時に、しんどいと言えない人は、そう簡単には変わらない。


 僕自身が、そうだから。


 でも、あの部屋には、数値を見ている誰かがいる。


 言えなくても、伝わる。


 それだけのことだけど、それだけのことが、たぶん、あと一日を作る。


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 その日の夜、医療特化型の子が来た。


 「社長」


 「うん」


 「ジュディさんから、報告するようにと」


 ……律儀だった。


 「規約の件、ありがとうございました」


 「いや」


 「これで、次からは迷いません」


 「うん」


 あの子は、少し考えるような間を置いた。


 「一つ、お伝えしてもよろしいですか」


 「なに」


 「あの日、連絡がつかないと分かった時」


 「うん」


 「私は、社長に報告するかどうかを、少し迷いました」


 ……え。


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 「報告する義務は、ありませんでした」


 あの子は、淡々と続けた。


 「規約上、私の役割は連絡までです。その先を社長にお伝えするのは、業務の範囲を超えています」


 「……でも、報告したよな」


 「しました」


 「なんで」


 少しの沈黙があった。


 「社長なら、行くと思ったからです」


 僕は、何も言えなかった。


 「これは、判断ではありません。予測です」


 あの子は、そう言った。


 「三か月、社長の数値を取っていましたので」


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 その言い方が、しばらく耳に残った。


 三か月。毎朝、僕の心拍と体温を取っていた期間だ。


 あの子は、その間、数値だけを見ていたわけではなかったらしい。


 ……見られていたのは、こっちの方だった。


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 その後、僕は、監査役にも一連の話をした。


 三権が決めて、ノアールが書いて、自治体に持っていって、それで形になった。その全部を、一通り。


 「まあ、ええんちゃう」


 いつもの返事だった。


 「それだけ?」


 「それだけや」


 「今回、けっこう大きい判断したと思うんだけど」


 「したな」


 「なんかないの」


 監査役は、少し笑った。


 「あんた、うちに何を言うてほしいん」


 「……いや」


 考えてみたら、特になかった。


 褒めてほしいわけでもないし、止めてほしいわけでもない。


 ただ、話したかっただけだった。


 「そういうもんやろ」


 あの人は、そう言った。


 「決めた後で、誰かに言いたなるんは、普通のことや」


 その言い方に、僕は、少しだけ救われた気がした。


 三権には、決める前に話す。決めた後で話す相手は、たぶん、この人だけだった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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