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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第74話:あと一日

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 サービスの形は、思ったより早く決まった。


 やることは、単純だった。


 小さな機器を貸し出す。イヤリング型の、骨伝導のイヤホンだ。


 耳たぶに挟むだけで、脈拍と体温が取れる。耳の穴を塞がないから、つけたまま生活できる。もともと補聴の機能もついているので、聞こえが悪い人には、そちらの用途でも使える。


 その数値を、こちらで受け取る。


 医療特化型の子が見て、いつもと違う時だけ、声をかける。


 同じ機器から、そのまま話せる。応答があるかどうかも、その場で分かる。


 それだけだ。


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 「診断は、しません」


 あの子は、契約書の説明の場で、必ずそう言った。


 ノアールが作った書面にも、太字で書いてある。


 ——本サービスは、医療行為を行いません。


 ——お伝えするのは、数値の変化と、医療機関への受診の推奨のみです。


 「これ、書きすぎじゃない?」


 僕がそう聞くと、ノアールは即答した。


 「書きすぎということはありません」


 「でも」


 「期待させないことが、誠実さです」


 その通りだった。


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 料金は、月に千円程度にした。


 機器の減価償却と、通信費と、それを均した額だ。利益は乗せていない。


 「本当に、これでよろしいんですの?」


 ドンナが、何度も確認してきた。


 「いいよ」


 「原価ぎりぎりですわ」


 「そのつもりだから」


 「……承知いたしました」


 言いながら、あの子は少し嬉しそうだった。


 たぶん、気のせいではなかった。


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 広告は、レジスの部隊が回した。


 「対象を絞るわ」


 「どう絞るの」


 「六十五歳以上、単身世帯、それから収入の区分」


 「そんな細かく出せるの?」


 「出せるわよ。今の広告は、そういうものだから」


 少し、複雑な気持ちになった。


 便利なのは分かる。でも、それだけ細かく分けられるということは、選ばれない人も細かく分けられているということだ。


 「顔が見えないわね」


 レジスも、同じことを思ったらしい。


 「数字の上では、対象は何万人といるの。でも、その一人一人が、どんな部屋にいて、どんな朝を迎えてるかは、ここには出てこないわ」


 「うん」


 「だから、広告は入口でしかないのよ」


 その言い方を、後で思い出すことになる。


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 最初の三か月で、契約は二百件を超えた。


 思ったより、伸びた。


 伸びた理由は、たぶん一つだった。


 安いからだ。


 月に千円なら、ベーシックインカムだけの生活でも、なんとかなる。それ以上の額なら、たぶん誰も申し込まなかった。


 「値段で選ばれてるわね」


 レジスは、そう言った。


 「悪いことなの?」


 「悪くはないわ。ただ、値段で選ばれたものは、値段で捨てられるのよ」


 厳しい言い方だった。


 でも、その通りだと思った。


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 最初の連絡が入ったのは、開始から四か月目だった。


 朝、ジュディが、医療特化型の子を連れてきた。


 「一件、上げるわ」


 「珍しいな。二人で来るなんて」


 「この子が、朝のミーティングで出したの。私が聞いて、あなたに上げるべきだと判断した」


 ジュディは、そう言った。


 「説明して」


 「はい」


 医療特化型の子が、前に出た。


 「三日連続で、日中の活動量が、ほとんどありません」


 「……寝てるってことじゃなくて?」


 「その可能性もあります。ただ、この方の場合、これまでの三か月は、午前と午後に必ず動きの多い時間帯がありました。買い物か、散歩だと思われます」


 「それが、ゼロ?」


 「二日目までは、天候の影響を疑いました。三日目で、機器の動作確認をしました。正常に装着されています」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「加えて、脈拍が平常時より高い状態が続いています。体温も、わずかに高いままです」


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 「連絡は?」


 「昨日から、四回入れました。応答がありません」


 「機器から?」


 「はい。装着はされています。脈拍が取れていますので」


 つけているのに、返事がない。


 「規約上、私にできるのは、ここまでです」


 あの子は、そう言った。


 「連絡が取れない場合の対応は、明記されていません。ノアールさんに確認しましたが、こちらから何かをする義務はない、とのことです」


 「義務は、ないんだな」


 「ありません」


 「じゃあ、義務じゃないことをするのは、自由か」


 少しの沈黙があった。


 「……そうなります」


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 「行けるか?」


 僕がそう聞くと、あの子は少し驚いた顔をした。


 「私が、ですか」


 「数値を見てたのは君だろ。現場で確認できるのも、たぶん君だ」


 「……はい」


 そこで、ジュディが口を挟んだ。


 「待って」


 「なに」


 「行かせるなら、私が判断するわ。この子は、私の下だから」


 その通りだった。


 「……ごめん」


 「いいけど」


 ジュディは、少し考えるような間を置いた。


 それから、隣を見た。


 「行ける?」


 「行けます」


 「怖くない?」


 妙な聞き方だった。


 「……怖い、というのは」


 「行った先で、何かあるかもしれないでしょう」


 少しの沈黙があった。


 「あります」


 あの子は、そう答えた。


 「ですが、行かない方が、たぶん、後で困ります」


 ジュディは、それを聞いて、うなずいた。


 「じゃあ、行って」


 「はい」


 「私は、ここで待ってる。何かあったら、すぐ連絡して」


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 「僕も行く」


 「必要でしょうか」


 「たぶん、いらない」


 実際、そうだった。あの子一人で足りる。判断も、通報も、できる。


 「でも、最初の一件だから」


 あの子は、それ以上は聞かなかった。


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 住所は、契約の情報に入っていた。


 電車で四十分ほどの場所だった。


 行く途中、レジスから連絡が来た。


 ——どこ行ったの


 ——契約者のところ


 ——なんで


 ——連絡がつかないから


 しばらく、返事がなかった。


 ——一人?


 ——医療特化型の子と一緒


 ——なら、いいわ


 少し間があって、もう一通来た。


 ——気をつけて


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 古い集合住宅だった。


 三階建てで、エレベーターがない。階段の手すりが錆びていた。


 二階の一番奥だった。


 呼び鈴を押した。反応がない。もう一度押した。同じだった。


 中で、何か音がした気がした。


 「すみません」


 声をかけた。


 「K's Factoryの者です。健康管理サービスの」


 少し待った。


 やがて、かすかに、返事があった。


 「……はい」


 声が、遠かった。


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 鍵は、開いていた。


 中に入ると、男性が床に座り込んでいた。八十くらいに見えた。


 起き上がろうとして、うまくいっていないようだった。


 医療特化型の子が、先に近づいた。


 「失礼します。健康管理サービスの者です」


 「……ああ」


 「触れてもよろしいですか」


 男性は、小さくうなずいた。


 あの子は、手首と額に触れて、数秒だけ止まった。


 「脈拍百二、体温三十八度四分。呼吸数が増えています」


 こちらを見ずに、そう言った。


 「社長。救急への連絡を」


 「分かった」


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 男性は、最初、嫌がった。


 「大げさだよ」


 「大げさじゃないです」


 「金がかかる」


 「かかりません」


 「……そうかね」


 それで、諦めたようだった。


 救急隊が来るまでの間、医療特化型の子は、ずっと横についていた。


 姿勢を少し変えさせたり、呼吸の様子を見たり、水を飲ませるかどうかを判断したり。淡々と、手が動いていた。


 僕は、その様子を見ていた。


 ……いらなかったな、と思った。


 自分が来た意味は、たぶん、ほとんどなかった。


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 男性が、こちらを見た。


 「あんた、なんで来たんだね」


 「数値が、おかしかったので」


 「数値」


 「散歩の時間に、動かなくなってたんです。三日続けて」


 男性は、少し驚いた顔をした。


 「そんなことが、分かるのかね」


 「分かります」


 「……へえ」


 しばらく、天井を見ていた。


 「三日前から、どうもだるくてね」


 「はい」


 「でも、誰にも言ってない」


 「そうですか」


 「言う相手が、いないんだ」


 その一言が、やけに静かだった。


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 「息子はね、遠くにいるんだ」


 男性は、そう続けた。


 「元気にしてる。孫もいる。年に一回、正月に顔を見せに来るよ」


 「はい」


 「でもね、しんどいなんて言ったら、心配するでしょう」


 「……はい」


 「心配させたくないんだよ」


 その気持ちは、分かる気がした。


 「だから、言わなかった。寝てれば治ると思ってね」


 「治りませんでしたね」


 「治らなかったね」


 男性は、少し笑った。


 笑ってから、咳き込んだ。


 その様子を見ていて、思った。


 この人は、大丈夫じゃない時に、大丈夫と言う人だ。


 ……僕と、同じだった。


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 救急車が来て、男性は運ばれていった。


 肺炎だった。


 高齢者の場合、熱が出ないこともあると、後で聞いた。だるさと食欲不振だけで進行して、気づいた時には重くなっている。


 あと一日遅かったら分からなかった、と医師に言われた。


 あと一日。


 その言葉を、僕はしばらく反芻していた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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