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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第73話:私、あなたに甘いのよ

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 翌日の午後、エグゼが言った。


 「行こう」


 「今から?」


 「今から」


 準備も何もしていなかった。


 「待って。資料とか」


 「要らない」


 「要らないの?」


 「数字で勝てるわけないでしょう」


 ……たしかに。


 「ジュディは?」


 「呼んでない」


 「なんで」


 「あの子、昨日もう言ったから」


 言われてみれば、そうだった。ジュディは既に、やった方がいいと言っている。


 「二度言わせるのは、失礼でしょう」


 その言い方が、少しだけエグゼらしかった。


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 二階に上がると、レジスは書類を見ていた。


 こちらを一瞥して、すぐ視線を戻した。


 「二人で来たのね」


 「うん」


 「昨日の話?」


 「そう」


 「答えは変わらないわ」


 早かった。


 座る前に切られた。


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 「まず、聞いてほしいんだけど」


 「聞くわよ。座って」


 座った。


 エグゼも、隣に座った。


 「昨日、レジスが言ったことは全部正しいと思う」


 「そうね」


 「収益の柱が一本しかない。それが止まったら三か月で終わる。だから利益の出る事業を作るべきだ」


 「その通りよ」


 「でも、やりたい」


 レジスの手が、止まった。


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 「……理由になってないわね」


 「なってない」


 「分かっていて言ってるの?」


 「分かってる」


 僕は、うなずいた。


 「経営の判断としては、間違ってると思う。今やるべきことじゃない。それも分かってる」


 「じゃあ」


 「でも、やりたいんだよ」


 沈黙があった。


 レジスは、書類を置いた。


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 「あのね」


 「うん」


 「私が反対しているのは、あなたを止めたいからじゃないの」


 「分かってる」


 「分かってないでしょう」


 声が、少し低くなった。


 「この会社が潰れたら、どうなると思う?」


 「……」


 「うちの子たちの体は、会社の資産よ。潰れたら、処分の対象になるわ」


 背中が、冷たくなった。


 考えたことがなかった。


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 「知らなかったのね」


 「……うん」


 「ノアールが、契約を整理する時に確認したことよ。あの子は、たぶん分かってる」


 「なんで教えてくれなかったんだ」


 「言う必要がなかったからよ」


 レジスは、そう言った。


 「今まで、その心配をする段階じゃなかったの。でも、あなたが持ち出しを増やそうとするなら、話は別だわ」


 正しかった。


 この人は、いつも正しい。


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 その時、扉が開いた。


 ドンナだった。


 「失礼いたしますわ」


 「なに」


 「財務の件で、少しお時間を」


 レジスが、少し眉を上げた。


 「今、取り込み中なんだけど」


 「存じております」


 あっさりしていた。


 「その件で参りましたので」


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 ドンナは、端末を開いた。


 「昨日のお話を伺いまして、試算をいたしました」


 「頼んでないわよ」


 「経理として、必要と判断いたしましたので」


 しれっとしていた。


 「まず、初期費用ですわ。測定機器の調達と、通信環境の構築。それから、既存の子たちの稼働時間の割り当て」


 数字が並んだ。


 「思ったより低いわね」


 「体を用意する必要がございませんもの。医療特化型の方の判断だけを、機器経由で提供する形ですわ」


 「……なるほど」


 「加えて、広告代理店の運用を使えば、集客の費用もほぼかかりません。自社で回せますので」


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 レジスが、端末を覗き込んだ。


 「月次の負担は」


 「これくらいですわ」


 「……ロイヤリティの、何パーセント?」


 「三パーセント弱ですの」


 思ったより、小さかった。


 「ただし」


 ドンナは、そこで一度、言葉を切った。


 「契約者が増えれば、比例して増えますわ。千件を超えたあたりから、無視できない額になります」


 「そこは?」


 「上限を設ければ済む話ですの」


 あっさりしていた。


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 レジスは、しばらく数字を見ていた。


 それから、ドンナを見た。


 「あなた、どっちの味方?」


 「経理は、中立ですわ」


 「中立の人間が、頼まれてもいない試算を持ってくる?」


 「業務の一環ですの」


 「ドンナ」


 「はい」


 「目を見て言いなさい」


 ドンナは、少しだけ視線を外した。


 「……私は、数字を出しただけですわ」


 「そう」


 「本当ですの」


 「そう」


 二回、同じ返事だった。


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 僕は、その間、黙っていた。


 口を挟む場面ではなかったし、挟んだところで何も言えなかった。


 エグゼも、黙っていた。


 ただ、レジスが数字を見ている間、ずっとそちらを見ていた。


 やがて、レジスが口を開いた。


 「エグゼ」


 「なに」


 「あなたは、なんで賛成なの」


 「数字は分からない」


 即答だった。


 「じゃあ」


 「でも、この人のことは分かる」


 レジスが、こちらを見た。


 それから、また視線を戻した。


---------------------------------------------------


 「……あのね」


 「うん」


 「私だって、分かってるのよ」


 声が、さっきまでと違った。


 「この人が、こういうことを言い出す時は、だいたい、何かを見た後なの。理念で言ってるんじゃないのよ。それは、私も知ってるわ」


 「うん」


 「今回もそうなんでしょう」


 「そうだと思う」


 エグゼが、そう答えた。


 レジスは、深く息を吐いた。


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 「……ずるいわね」


 「なにが」


 「二人がかりで来るのが」


 「三人よ」


 ドンナが、横から言った。


 「あなたは中立でしょう」


 「中立ですわ」


 「じゃあ黙ってなさい」


 「かしこまりました」


 言いながら、まったく引く気配がなかった。


---------------------------------------------------


 レジスは、しばらく黙っていた。


 僕は、待った。


 やがて、彼女は、こう言った。


 「……私、あなたに甘いのよ」


 え、と思った。


 「昨日、あれだけ言ったのに、あなたが本気だと分かったら、結局こうなるの。毎回そう」


 「……」


 「知ってる? 私、あなたが本気で言い出したことを、最後まで止められたことが一度もないわ」


 言われてみれば、そうだった。


 会社を作る時も、広告をやる時も、最後は折れている。


 「それ、経営としては最悪よ」


 「うん」


 「反対する役の人間が、毎回折れるんだから」


 自嘲するような言い方だった。


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 「でも、条件をつけるわ」


 来た、と思った。


 「一つ。半年、様子を見る。それで見込みが立たなければ、畳むこと」


 「うん」


 「二つ。契約数の上限を決める。ドンナの言う通り、増えれば負担も増えるの。歯止めがないと、いつか首が回らなくなるわ」


 「分かった」


 「三つ」


 レジスは、そこで、少しだけ間を置いた。


 「私に、隠さないこと」


 「え」


 「今日みたいに、あなたが何かを見て、何かをやりたいと思ったら、その場で言いなさい。後で持ち出されると、判断が遅れるの」


 「……分かった」


 「本当に分かってる?」


 「分かってる」


 「なら、いいわ」


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 僕は、少し驚いていた。


 三つ目だけ、条件の性質が違ったからだ。


 一つ目と二つ目は、事業の話だ。期限と上限。数字で管理できる。


 でも三つ目は、そうじゃない。


 あれは、事業の条件じゃない。


 「レジス」


 「なに」


 「三つ目、なんで?」


 「言った通りよ。判断が遅れるから」


 「それだけ?」


 レジスは、答えなかった。


 書類を持ち上げて、視線を落とした。


 「……それだけよ」


 嘘だった。


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 部屋を出てから、エグゼが言った。


 「通ったね」


 「うん」


 「よかった」


 「エグゼのおかげだよ」


 「私、何もしてない」


 「してるだろ」


 「数字は分からないって言っただけ」


 あの子は、そう言って、少し先を歩いた。


 「でも」


 「なに」


 「レジスは、たぶん、最初から折れる気だったと思う」


 「え」


 「昨日、この話はまだ終わってない、って言ったんでしょう」


 言われて、思い出した。


 たしかに、そう言われた。だめだ、とは言われなかった。


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 「終わってない、って言うのは」


 エグゼは、こちらを見ずに続けた。


 「もう一回来い、って意味だよ」


 僕は、しばらく立ち止まっていた。


 あの人は、最初から、そのつもりだったのか。


 反対して、正論を並べて、それでも僕がもう一度来るかどうかを見ていた。来なければ、そこで終わりだった。来たから、条件をつけて通した。


 ……試されていた。


 「エグゼ」


 「なに」


 「今の、レジスに言わない方がいい?」


 「言わない方がいいと思う」


 即答だった。


 「怒られるから?」


 「照れるから」


 その言い方が、妙に確信に満ちていた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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