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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第72話:あの子がいなかったら

また主人公が無茶な事言いだします・・・

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 完全に元に戻るまでに、一週間かかった。


 熱が下がってからも、体が重かった。階段を上がるだけで息が切れたし、集中も続かない。年を取るとこうなるのか、と少し落ち込んだ。


 でも、そのおかげで、一つ考える時間ができた。


 あの朝のことだ。


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 医療特化型の子が、階段の下で待っていた。


 起床時の心拍が高い。睡眠中の体動が多い。それだけを根拠に、受診を勧めてきた。


 あの時点で、僕には自覚がなかった。


 少しだるいかな、とは思っていた。でも、その程度なら、いつものことだ。仕事をしていれば、そういう日はいくらでもある。放っておけば治る、と思っていた。


 実際には、放っておけば治らなかった。


 あの日、そのまま働いていたら、たぶん倒れていた。作業場か、階段か、どこかで。


 ……あの子が、いなかったら。


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 その考えは、しばらく頭から離れなかった。


 うちには、あの子がいる。ジュディの下について、毎朝、僕の数値を取っている。それが当たり前になっていた。


 でも、当たり前ではない。


 あの子は、体を持っている。うちにいるのは、金を出したからだ。しかも一体ではなく、あれだけの人数を抱えている。


 世の中の大半は、そうじゃない。


 持っていても一台。その一台は、たいてい家事をしている。数値を取って、傾向を見て、異常が出たら受診を勧める——そんな余裕は、たぶんない。


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 もう一つ、引っかかっていることがあった。


 ベーシックインカムだけで暮らしている人のことだ。


 働いていなければ、健康診断の機会も減る。会社が用意してくれるものが、そもそもない。金がなければ、体調が悪くても受診をためらう。


 一人で暮らしていれば、なおさらだ。


 「最近どう?」と聞いてくる人がいない。数値を見る人もいない。だるいな、と思っても、それを言う相手がいない。


 気づいた時には、遅い。


 ……ありふれた話だと思った。


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 僕は、ジュディを呼んだ。


 「相談があるんだけど」


 「なに」


 「君のところの、医療の子」


 「あの子が、どうかした?」


 「聞きたいことがあって」


 ジュディが、少し首を傾げた。


 「直接聞けばいいでしょう」


 「いや」


 僕は、そう答えた。


 「あの子、君の下だろ」


 少しの沈黙があった。


 「……律儀ね」


 「決めたばかりだからな」


 「そう」


 ジュディは、少しだけ、口の端を上げた。


 「呼んでくるわ」


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 三人で、話すことになった。


 「聞きたいことがあるんだけど」


 「はい」


 「君がやってることって、体がないとできない?」


 少し、間があった。


 「どこまでを、と申しますと」


 「数値を取って、傾向を見て、異常があったら受診を勧める。あれ」


 「測定機器があれば、体は必須ではありません」


 即答だった。


 「今は、私が直接測っていますが、機器から数値を受け取る形でも成立します。むしろ、その方が精度が安定する場合もあります」


 「じゃあ、体がない状態でも」


 「可能です」


 ……できるのか。


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 「一つ、確認させてください」


 あの子が、そう言った。


 「はい」


 「これは、外部への提供を想定されていますか」


 「……なんで分かった」


 「質問の形からです。ご自身のためであれば、私が今やっていることをそのまま続ければ済みますので」


 鋭い。


 「そうだよ」


 「対象は」


 「アンドロイドを持ってない人。あるいは、持っていても余裕がない人」


 「……なるほど」


 あの子は、少し考えるような間を置いた。


 「技術的には、可能です。ただ、一点だけ」


 「なに」


 「診断は、できません」


 「分かってる」


 「私にできるのは、いつもと違うことをお伝えして、医療機関を勧めることまでです。それ以上は、法的にも、能力的にも」


 「それでいい」


 僕は、そう答えた。


 「あの朝、君がやったのも、それだけだろ」


 少しの沈黙があった。


 「……はい」


 「十分だったよ」


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 その横で、ジュディが口を開いた。


 「一つ、いい?」


 「なに」


 「この子に、負担が増えるでしょう」


 ……そこか。


 「今は、うちの分だけを見てるの。それが、何十件、何百件になったら、同じようにはいかないわ」


 「そうだな」


 「私が聞きたいのは、どこまで増えたら限界か、ということよ」


 ジュディは、そう言って、隣を見た。


 「答えられる?」


 「……正確には、分かりません」


 医療特化型の子は、正直にそう答えた。


 「ただ、数値を見るだけなら、件数が増えても処理は変わりません。負担が増えるのは、判断が必要になった時です」


 「じゃあ、異常が出た件数次第ね」


 「そうなります」


 「それ、明日のミーティングで詰めて。目安が出たら、私に上げて」


 「はい」


 二人のやり取りを、僕は横で聞いていた。


 ……こういうことか、と思った。


 僕が直接聞いていたら、たぶん「できます」で終わっていた。あの子は、聞かれたことにしか答えないからだ。


 ジュディは、聞かれていないことを聞いた。


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 その日の夜、三権に諮った。


 話し終わるまで、誰も口を挟まなかった。それが、逆に怖かった。


 最初に口を開いたのは、レジスだった。


 「……つまり」


 「うん」


 「新しい事業を始めたい、ということね」


 「そう」


 「収益の見込みは」


 「実費だけもらえればいいと思ってる」


 空気が、少し変わった。


 「実費」


 「うん。機器の費用と、通信の分と、それくらい」


 「利益は」


 「取らない」


 レジスは、しばらく黙っていた。


 それから、端末を開いた。


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 「今の財務状況、見たことある?」


 「……ある」


 「本当に?」


 「ドンナから毎月もらってる」


 「見ただけでしょう。読んでないわね」


 図星だった。


 レジスは、数字を並べ始めた。


 「収入の柱は、モデルのロイヤリティ。これが全体の八割以上よ」


 「うん」


 「整備と調整の売上は、伸びてはいるけれど、まだ小さい。人件費がかからないから赤字にはなっていないだけで、事業として自立しているとは言えないわ」


 「……うん」


 「広告代理店は、今どうなってると思う?」


 答えられなかった。


 「利益、出てないわよ」


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 「一件目は、ほぼ持ち出し。二件目以降も、媒体費が増えた分、差し引きはほぼゼロ。感謝はされてるでしょうね。でも、それだけよ」


 「知ってる」


 「知っていて、また同じことをするの?」


 声が、少しずつ強くなっていた。


 「あなたね、事業を三つ抱えて、そのうち二つが利益を出していないの。それでもまだ回っているのは、ロイヤリティが入ってきているからよ」


 「うん」


 「その柱が、一本しかないの。分かってる?」


 「……分かってる」


 「もし、あれが止まったら?」


 止まったら。


 考えたことはあった。ただ、真剣には考えていなかった。


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 「YS-0040の売上が落ちたら、うちは終わりよ」


 レジスは、はっきりそう言った。


 「今の支出構造だと、三か月も持たない。人が減らせない会社だから、固定費が下がらないの」


 「人?」


 「あなたが、誰か手放せる?」


 ……手放せない。


 全員、うちの子だ。


 「そうでしょう」


 レジスは、端末を閉じた。


 「だから、収益の柱を増やさないといけないの。今やるべきなのは、利益の出る事業を作ることよ。持ち出しを増やすことじゃない」


 全部、正しかった。


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 「……でも」


 「でも、じゃないわ」


 「聞いてくれ」


 「聞いたわよ。さっき、全部」


 「まだ言ってないことがある」


 レジスが、こちらを見た。


 「あの朝、あの子が言わなかったら、僕は仕事に行ってたと思う」


 「……」


 「たぶん、どこかで倒れてた」


 「そうかもしれないわね」


 あっさり認められた。


 「でも、それとこれは別よ」


 「別じゃない」


 「別なの」


 声が、また強くなった。


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 「あなたが助かったのは、あの子がいたから。それは事実よ」


 「うん」


 「でも、あの子がいるのは、あなたに金があったからでしょう」


 言葉に詰まった。


 「あなたは、五人分の体を買って、その上で新しい子を七人増やしたわ。その金がどこから来たか、忘れてないわよね」


 「忘れてない」


 「なら、分かるはずよ」


 レジスは、こう続けた。


 「金がないと、守れないの」


 ……そうだった。


 「あなたが助けたいと思っている人たちを、本当に助けたいなら、まず、この会社が潰れないようにしなさい」


 正論だった。


 どこにも、反論の余地がなかった。


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 「ジュディは、どう思う」


 僕がそう聞くと、あの子は少し困った顔をした。


 「……立場的に、賛成しにくいわ」


 「なんで」


 「私の下の子の話でしょう。あの子たちの仕事が増えるかどうかの話でもあるの」


 「負担になる?」


 「ならないと思う。でも、私が賛成したら、身内びいきに見えるでしょう」


 律儀な子だった。


 「その上で言うと」


 「うん」


 「やった方がいいと思う」


 「え」


 「あの朝、あなたが階段の下で止められたの、見てたから」


 少し、間があった。


 「あれがなかったら、あなたは行ってた。私が言っても、たぶん行ってたわ」


 ……それは、そうだった。


 「数値で言われたから、止まったのよ。あれは、私にはできないことだった」


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 エグゼは、その間、何も言わなかった。


 「エグゼは」


 「まだ」


 短かった。


 「まだ?」


 「レジスの言ってることが、たぶん正しいから」


 「じゃあ反対?」


 「そうは言ってない」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「正しいことと、やるべきことが、いつも同じとは限らないと思ってる」


 「……」


 「でも、今はまだ、そこまでしか言えない」


 結論を出さなかった。


 出さないまま、その日の話は終わった。


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 「……分かった」


 僕は、そう言った。


 「分かってないでしょう」


 「分かってるよ」


 「顔に出てるわ」


 「出てない」


 「出てる」


 レジスは、そこでため息をついた。


 「今日は、もう寝なさい。病み上がりでしょう」


 「うん」


 「あと」


 「なに」


 「……この話、まだ終わってないわよ」


 その言い方が、少しだけ、引っかかった。


 終わってない、と言った。だめだ、とは言わなかった。


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 部屋に戻って、僕は、しばらく座っていた。


 レジスの言っていることは、全部正しい。数字も、理屈も、優先順位も。


 僕がやろうとしているのは、経営者としては最悪の判断だ。利益の出ない事業を、三つ目として増やそうとしている。しかも、既存の二つも自立していない状態で。


 そんなことは、分かっている。


 でも。


 あの朝、階段の下で待っていたあの子のことを、思い出す。


 少しだるいな、と思っていただけの僕に、心拍と体動の話をして、受診を勧めてきた。数値だけを根拠に、はっきりと。


 あれがなかったら、僕は行っていた。


 同じ状況にいる人が、たぶん、たくさんいる。


 誰も止めてくれないまま、少しだるいな、と思いながら、そのまま行く人が。


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 背後で、扉が開いた。


 エグゼが立っていた。


 「まだ起きてるの」


 「うん」


 「怒られたんでしょう」


 「聞いてたのか」


 「聞こえてた」


 あの子は、そう言って、部屋に入ってきた。


 僕の隣に座って、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


 「私は、やってもいいと思うよ」


 僕は、顔を上げた。


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 「……なんで」


 「なんで、って」


 「レジスの言ってること、全部正しいだろ」


 「正しいね」


 あっさり認めた。


 「じゃあ」


 「でも、正しいことと、やるべきことは、別だと思う」


 エグゼは、こちらを見なかった。


 「あなたが、やりたいと思ったんでしょう」


 「……うん」


 「なら、それでいいんじゃない」


 「理由は?」


 「理由?」


 「賛成する理由。何かあるだろ」


 あの子は、少し考えるような間を置いた。


 「あなたが、何もないところから、やりたいって言い出したことはないから」


 ……え。


 「今までも、そうだった。会社を作る時も、広告をやる時も、あなたはいつも、何かを見てから言い出してる」


 「……」


 「今回も、そうなんでしょう」


 僕は、うなずいた。


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 「じゃあ、それでいい」


 エグゼは、そう言った。


 「私には、数字のことは分からない。レジスの言ってることが正しいかどうかも、判断できない」


 「うん」


 「でも、あなたのことは、分かる」


 その一言に、僕は、しばらく何も言えなかった。


 「あとで」


 「え」


 「一緒に、レジスを説得しに行こう」


 あの子が、そんなことを言い出すとは思わなかった。


 「エグゼが?」


 「私が」


 「珍しいな」


 「うるさい」


 少し、間があった。


 「……勝算は、あんまりないけど」


 正直だった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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