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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第4章:健康という商品
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第71話:怒ってるだけよ

レジスの優しさが刺さる回・・・だったらいいなぁ

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 最初に気づいたのは、医療特化型の子だった。


 朝、ジュディが、その子を連れて階段を降りてきた。


 「ちょっと」


 「なに」


 「顔色」


 言われて、自分の顔を触った。よく分からなかった。


 「起床時の数値に、変化が出ています」


 医療特化型の子が、そう言った。


 「心拍が高めです。昨夜は、睡眠中の体動も多くなっていました」


 「そんなに?」


 「平常時の一・三倍です」


 数字で言われると、反論しにくい。


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 「測って」


 ジュディが、体温計を差し出した。


 三十八度五分あった。


 「病院」


 「今日、予約が」


 「病院」


 二度目は、少し強かった。


 「あの、ジュディさん」


 医療特化型の子が、控えめに口を挟んだ。


 「私が判断する範囲かと思うのですが」


 「あ」


 ジュディが、少し固まった。


 「……そうね。ごめん」


 「いえ」


 あの子は、こちらを向いた。


 「受診を推奨します」


 結局、同じことを言われた。


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 インフルエンザだった。


 薬をもらって、帰ってきた。玄関を開けたら、エグゼが立っていた。


 「どうだった」


 「インフル」


 「……そう」


 それだけ言って、少し黙った。


 「うつるから、離れてろよ」


 「うつらないでしょう。私たちは」


 「あ、そうか」


 考えてみれば、そうだった。


 「でも」


 エグゼは、そこで一度、言葉を切った。


 「近くにいて、意味ある?」


 「ないかもな」


 「……そう」


 あの子は、そういう子だった。心配はする。でも、何をすればいいかが分からないと、動けない。


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 その後、リビングで、少し揉めたらしい。


 後で聞いた話だ。


 最初に手を挙げたのは、ジュディだった。当然の話だ。あの子の担当だし、経験もある。


 でも、レジスが引かなかったらしい。


 「私がやるわ」


 「なんで」


 「なんで、って」


 「私の仕事でしょう。世話をするのは」


 「……そうね」


 「じゃあ」


 「でも、私がやるわ」


 理屈になっていなかった。


 ジュディも、それは指摘したらしい。


 「あなた、料理もできないでしょ? 看病の経験もないし」


 全部その通りだった。


 それでも、レジスは引かなかった。


 「あの人の面倒を、私が見たいの」


 それだけ言ったそうだ。


 ジュディは、しばらく黙って、それから「勝手にすれば」と言って台所に行った。


 ……揉めた原因が僕なので、何とも言えない気分になった。


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 ただし、結論から言うと。


 その取り決めは、翌日には崩壊していた。


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 午前十時。


 ノックの音で目が覚めた。


 「失礼いたしますわ」


 ドンナだった。


 「……なに」


 「本日の予定を、整理してまいりました」


 「寝てるんだけど」


 「存じております。ですので、整理してまいりましたの」


 差し出された端末には、一週間分の予定が並んでいた。全部、後ろにずらされている。


 「打ち合わせは全て延期。先方には、体調不良とだけお伝えしてございます」


 「……ありがとう」


 「それから」


 彼女は、枕元に何かを置いた。


 「経口補水液ですわ。水よりも吸収が早いそうですの」


 「調べたの?」


 「当然ですわ」


 言いながら、少し得意げだった。


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 午前十一時。


 「入るわよ」


 ジュディが来た。手に、粥の器を持っている。


 「食べられる?」


 「たぶん」


 「じゃあ、置いていく」


 置いて、それから僕の額に手を当てた。


 「まだ高いわね」


 「うん」


 「あと、ドンナが来たでしょう」


 「なんで分かるの」


 「匂いが残ってる」


 ……そんな判別の仕方があるのか。


 「あの子、経口補水液置いていったでしょう」


 「置いてった」


 「私が用意しようと思ってたのに」


 少し、不服そうだった。


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 午前十一時十五分。


 「魔王さん! 生きてます!?」


 じえいだった。


 「生きてる」


 「よかったっす! これ、氷枕っす!」


 「ありがとう」


 「置きますね!」


 置こうとして、落とした。


 床で、ぼす、という音がした。


 「あ」


 「……」


 「拾います!」


 拾って、そのまま僕の頭の下に入れようとした。


 「待て」


 「なんすか」


 「床に落ちたやつだろ」


 「あ」


 じえいは、氷枕を持ったまま固まった。


 「……洗ってきます」


 「頼む」


 戻ってこなかった。たぶん、途中で他のことに気を取られている。


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 午後一時。


 目が覚めたら、PON子が枕元に座っていた。


 「起きたのだ」


 「……いつからいたの」


 「ずっといたのだ」


 寝顔を見られていたらしい。


 「これ、持ってきたのだ」


 差し出されたのは、みかんだった。


 「ありがとう」


 「食べるのだ?」


 「後で食べる」


 「わたしが剥くのだ」


 剥き始めた。


 剥きながら、途中で止まった。


 「パパ」


 「なに」


 「これ、風邪の時に食べるやつなのだ?」


 「そうだね」


 「なんでなのだ?」


 「……ビタミンが、あるから、かな」


 「ビタミンって何なのだ?」


 熱がある頭では、答えられなかった。


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 午後二時。


 ノアールが来た。


 「失礼します」


 「珍しいな」


 「業務の報告です。契約の件で、確認が一点」


 「今?」


 「お休み中でしたら、後にします」


 「いや、いいよ。聞く」


 「では」


 あの子は、簡潔に報告した。三分で終わった。


 終わってから、少しだけ、立ち止まった。


 「……お大事に」


 それだけ言って、出ていった。


 あの子なりの見舞いだった気がする。


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 午後三時。


 目が覚めたら、レジスがいた。


 椅子に座って、端末を見ている。


 「……いつから」


 「さっき」


 「そう」


 「起きたなら、水を飲みなさい」


 差し出された。飲んだ。


 飲み終わったところで、レジスが手を伸ばしてきた。


 額に、手が触れた。


 「まだあるわね」


 「……端末で見えるだろ」


 「見えるわよ」


 「じゃあ、なんで」


 少しの沈黙があった。


 「……そのまま寝てなさい」


 答えなかった。


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 その日から、レジスは、記録を取り始めた。


 体温、四時間おき。水分の量。食べたものと、その量。睡眠の時間。


 三日目には、グラフになっていた。


 「これ、なに」


 「経過よ」


 「経過をグラフにする人、いる?」


 「いるでしょう。今ここに」


 悪びれもしなかった。


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 ちなみに、そのグラフは、ジュディに一度指摘されている。


 「四時間おきは、多いわよ」


 「多くないわ」


 「多いの。夜中に起こしてまで測る必要ないでしょう」


 「……起こしてないわ」


 「起きてたわよ、あの人」


 僕は、寝たふりをしていた。


 「解熱剤の効果が切れる時間を見たいのよ」


 「それ、朝と夜で足りるの」


 「……」


 レジスは、答えなかった。


 その日から、測る回数は減った。


 でも、部屋に来る回数は、減らなかった。


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 四日目の夜、熱がまた上がった。


 三十九度を超えたあたりで、意識が曖昧になった。


 夢と現実の境目が、よく分からなくなった。天井の木目が動いて見えたし、誰かが話している声も、遠くから聞こえた。


 その中で、僕は、レジスがずっと部屋にいることに気づいていた。


 椅子に座って、端末を見ている。時々、こちらを見る。また端末に戻る。


 「……レジス」


 「起きた?」


 「いる」


 「いるわよ」


 「ずっと?」


 「ずっとじゃないわ。さっき来たところ」


 嘘だった。


 枕元のコップの水が、三回替わっていた。


---------------------------------------------------


 また、額に手が触れた。


 今度は、少し長かった。


 そのまま、前髪を横に流された。汗で張りついていたらしい。


 「……」


 何も言わなかった。


 言わないまま、もう一度、髪に触れた。


 撫でられている、と気づくまでに、少しかかった。


 「レジス」


 「なに」


 「今、撫でた?」


 「測ってるのよ」


 「手、動いてたけど」


 「……気のせいよ」


 嘘だった。


 でも、指摘する気力がなかったので、そのままにした。


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 その夜、僕は、たぶん、うわ言のようなことを言った。


 覚えているのは、断片だけだ。


 「レジス」


 「なに」


 「レジスって、いつも怒ってるよな」


 少しの沈黙があった。


 「……怒ってるわね」


 「なんで」


 「なんで、って」


 「怒りたいから怒ってるの?」


 僕は、たぶん、そんなことを聞いた。


 熱があったし、頭も回っていなかった。普段なら、聞かないことだった。


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 レジスは、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


 「怒りたくないわよ」


 「じゃあ」


 「じゃあ、なんで怒るのか、でしょう」


 「うん」


 彼女は、端末を置いた。


 その音が、やけに大きく聞こえた。


 「……心配だからよ」


 思ったより、あっさり出てきた。


 「え」


 「心配だから、怒ってるの」


 「……素直だな」


 「あなた、明日には忘れてるでしょう」


 なるほど。


 だから言ったのか。


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 「私はね」


 レジスは、そう続けた。


 「心配だって言うのが、あまり得意じゃないのよ」


 「うん」


 「言ったところで、あなたは変わらないでしょう。心配してる、無理しないで、って言われて、はいって答えて、また同じことをする」


 その通りだった。


 何度もやってきた。


 「だから、怒るの」


 「怒ると、変わる?」


 「変わらないわ」


 あっさり言われた。


 「でも、私が黙っていられないの」


 そこで、少し、間があった。


 「黙って心配してるより、怒ってる方が、まだ楽なのよ」


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 「……あのさ」


 「なに」


 「怒られるの、嫌いじゃないよ」


 レジスが、こちらを見た。


 「……変わってるわね」


 「そうかも」


 「普通は、嫌でしょう」


 「うん。でも、レジスの怒り方は、なんか違うんだよ」


 「どう違うの」


 僕は、少し考えた。


 熱のせいで、うまく言葉が出てこなかった。


 「……こっちのこと、ちゃんと見てから怒ってる」


 レジスは、それには答えなかった。


 代わりに、また額に手を当てた。


 今度は、測っているのか撫でているのか、自分でも分かっていないような手つきだった。


 「寝なさい」


 「うん」


 「あと、水を飲んで」


 「うん」


 言われた通りにした。


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 次に起きた時、熱は下がっていた。


 三十七度台まで落ちていた。体も、少し軽い。


 枕元に、また新しい水が置いてあった。


 レジスは、いなかった。


 代わりに、置き手紙のように、端末が一つ置かれていた。画面には、あのグラフが表示されていた。


 熱の推移と、水分量と、睡眠時間。


 その下に、一行だけ、書き足しがあった。


 ——ピーク越え。あと二日は安静。


 それだけだった。


 いつも通り、素っ気なかった。


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 起き上がって、リビングに行くと、レジスが座っていた。


 「起きたの」


 「うん」


 「まだ寝てなさい」


 「水を取りに来ただけ」


 「持っていくわ」


 「自分で取れる」


 「持っていく」


 譲る気がなかった。


 僕は、素直に部屋に戻った。


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 少しして、レジスが来た。


 水と、それから、なぜか粥を持っていた。


 「ジュディが作ったわ」


 「レジスじゃないんだ」


 「私は、料理をしないもの」


 あっさりしていた。


 「でも、持ってきたのはレジスだろ」


 「……ジュディが忙しかったのよ」


 嘘だった。


 さっきリビングを通った時、ジュディは普通に座っていた。


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 粥を食べている間、レジスは横に座っていた。


 何をするでもなく、ただ座っている。


 「レジス」


 「なに」


 「昨日の話、覚えてる?」


 「どの話」


 「怒る話」


 レジスの手が、少し止まった。


 「……熱で朦朧としてたんでしょう」


 「してた」


 「なら、忘れなさい」


 「覚えてるけど」


 「忘れなさい」


 強めに言われた。


 でも、顔は、こちらを見ていなかった。


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 「あと、撫でたのも覚えてる」


 「撫でてないわ」


 即答だった。


 「測ってたのよ」


 「三回くらい測ってたけど」


 「精度を上げるためよ」


 「手のひらで?」


 「……」


 レジスは、器を持って立ち上がった。


 立ち上がってから、こちらを見ずに、こう言った。


 「……三日、寝てなかったのよ」


 「え」


 「あなたが」


 言い直された。


 「あなたが、三日、まともに寝てなかったの。熱が上がるたびに、目を覚ましてたでしょう」


 「……うん」


 「そのたびに、私も起きてたわ」


 それだけ言って、部屋を出ていった。


 扉が閉まる音が、いつもより静かだった。


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 僕は、しばらく天井を見ていた。


 あの子は、たぶん、三日間ほとんど部屋を離れていない。


 水は三回替わっていたし、グラフは四時間おきに更新されていた。夜中に熱が上がった時も、必ずそこにいた。


 でも、それを言わない。


 言う代わりに、怒る。


 早く寝ろ、無理をするな、記録を取れ。全部、心配の言い換えだった。


 ……気づくのに、ずいぶんかかったな、と思った。


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 二日後、僕は復帰した。


 最初に会ったレジスは、いつも通りだった。


 「回復したのね」


 「うん」


 「じゃあ、これ」


 書類を渡された。


 溜まっていた分だった。しかも、かなりの厚さだった。


 「……容赦ないな」


 「回復したんでしょう」


 「したけど」


 「なら、働きなさい」


 いつもの声だった。


 でも、書類の一番上に、付箋が貼ってあった。


 ——急ぎのものだけ抜いてあるわ。残りは明日でいい。


 その一行を、僕は、しばらく見ていた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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