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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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88/145

第70話:聞こえてるわよ

温泉宿に到着しました・・・

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 宿は、思ったより古かった。


 建物は木造で、廊下を歩くと床が鳴る。案内してくれた仲居さんは、たぶん七十近い。


 「五名様ですね」


 「はい」


 「お連れ様は、ご家族で?」


 「……まあ、そんなところです」


 説明が面倒だったので、そう答えた。


 仲居さんは、うちの子たちを見て、少し目を細めた。


 「賑やかでよろしいですね」


 「うるさいだけです」


 「そういうのが、いいんですよ」


 妙に、実感のこもった言い方だった。


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 部屋に入った瞬間、じえいがいないことのありがたみを感じた。


 あいつがいたら、たぶん、この時点で押入れを開けている。


 「畳なのだ」


 PON子が、しゃがみ込んでいた。


 「畳、初めて?」


 「初めてなのだ」


 匂いを嗅いでいた。


 「変な匂いなのだ」


 「い草だよ」


 「いぐさ」


 しばらく、そのままだった。


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 レジスは、窓の外を見ていた。


 「山ね」


 「山だな」


 「他に何もないわね」


 「そういうところだよ」


 「……悪くないわ」


 少しだけ、声が緩んでいた。


 ジュディは、既に荷物を開けていた。


 「タオル、こっちに置くから」


 「うん」


 「浴衣、着られる?」


 「着られる」


 「本当に?」


 「着られるって」


 疑われた。


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 ドンナは、部屋に入るなり、備品の確認を始めていた。


 「金庫の暗証番号は、初期設定のままですわね」


 「泥棒か」


 「確認ですの」


 「一泊だぞ」


 「一泊でも、確認は必要ですわ」


 言いながら、冷蔵庫まで開けていた。


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 夕食の前に、風呂に行くことになった。


 当然だが、男女で分かれる。


 僕が一人で、あちらが四人。


 「先に行ってるわね」


 「うん」


 「長風呂しないで」


 「しないよ」


 「するでしょう」


 「しない」


 「したら、迎えに行くから」


 その一言に、少し嫌な予感がした。


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 脱衣所で服を脱ぎながら、気づいた。


 男湯と女湯が、隣り合っている。


 しかも、仕切りが薄い。


 昔ながらの造りなのだと思う。上の方が繋がっていて、天井が共通になっている。


 ……声、聞こえるな。


 そう思った時には、もう遅かった。


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 「ちょっと、押さないで」


 レジスの声だった。


 「押してないわよ」


 ジュディだ。


 「今、当たったでしょう」


 「当たってない」


 「当たったわよ」


 二人が揉めていた。


 「PON子さん、そちらは深くなっておりますわ」


 「わあ」


 「ですから、深いと申し上げて——」


 水音がした。派手だった。


 「PON子!」


 「大丈夫なのだー」


 声が、少し湿っていた。


 ……大丈夫なのか、あれは。


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 僕は、湯に浸かった。


 外の音を聞かないようにしようと思ったが、無理だった。


 仕切りの上が開いているので、普通に会話が届く。


 「レジス、あなた、それ」


 「なに」


 「体、細くない?」


 ……なんの話だ。


 「そう?」


 「細いわよ。もう少し、こう」


 「別に、これでいいのよ」


 「選べたでしょう」


 「選んだ結果よ」


 僕は、湯の中で、じっとしていた。


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 「私は、こっちの方が動きやすいの」


 レジスが、そう続けた。


 「作業する時に、邪魔にならないでしょう」


 「そういう基準?」


 「そういう基準よ」


 「私は、抱きしめやすい方がいいと思ったけど」


 ……ジュディ。


 「誰を」


 「……別に」


 「言いなさいよ」


 「言わない」


 水音が、少し激しくなった。


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 その時、PON子の声がした。


 「パパー」


 「うわ」


 思わず声が出た。


 「聞こえるのだ?」


 「聞こえる」


 「わあ」


 なぜか喜んでいた。


 「パパ」


 「なに」


 「こっち、しょっぱくないのだ」


 「温泉だからな」


 「海はしょっぱいのに、なんでなのだ?」


 その質問には、いずれ答えなければならない気がした。


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 「……ちょっと」


 レジスの声が、急に低くなった。


 「聞こえてるわよ、あなた」


 「聞こえてる」


 「なんで黙ってたの」


 「言うタイミングがなかった」


 「あるでしょう。最初に」


 「最初に言ったら、話が止まるだろ」


 「止めるために言うのよ!」


 その通りだった。


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 しばらく、静かになった。


 ……終わったか、と思った。


 「マスター」


 ドンナだった。


 「はい」


 「今、何をお考えになっていましたの?」


 「なにも」


 「本当に?」


 「本当に」


 「先ほどの会話を聞いて、何もお考えにならなかったと」


 「……」


 「沈黙は、肯定と受け取りますわ」


 「待て」


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 「マスターの視線の滞留時間から推定いたしますと」


 「見てない! 壁があるだろ!」


 「日頃の、という意味ですわ」


 「日頃も見てない!」


 「そうですの」


 声の調子が、完全に面白がっていた。


 「では、記録を出しましょうか」


 「記録?」


 「私、経理担当ですので。日々の記録は取っておりますの」


 「経理は関係ないだろ!」


 壁を叩いた。


 向こうで、笑い声がした。


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 結局、僕は十分もしないうちに上がった。


 のぼせたわけではない。精神的に、限界だった。


 脱衣所で着替えていると、外から声がした。


 「もう上がったの?」


 ジュディだった。


 「上がった」


 「早くない?」


 「早くない」


 「長風呂するって言ってたのに」


 「気が変わった」


 「……ふうん」


 含みのある返事だった。


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 湯上がりに、廊下の椅子に座っていた。


 窓が開いていて、風が入ってくる。夜の山の匂いがした。


 悪くないな、と思った。


 そう思った瞬間だった。


 「マスター」


 ドンナが、すっと横に立った。


 「なんだ」


 「湯冷めなさいますわよ」


 「まだ暑い」


 「今が暑いのですわ。十分後には冷えますの」


 差し出されたのは、羽織りものだった。


 いつの間に用意したのか、分からなかった。


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 「あと、こちらを」


 水だった。冷たい。


 「気が利くな」


 「当然ですわ」


 言いながら、彼女は僕の正面に立った。


 「マスター」


 「なに」


 「姿勢が崩れておりますわ」


 「風呂上がりだぞ」


 「風呂上がりでも、姿勢は姿勢ですの」


 背中を、軽く叩かれた。


 ……この子、こういうところで容赦がない。


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 そこに、ジュディが来た。


 「あ、ドンナさん。それ、私がやろうと思ってたのに」


 「先に気づいた者の権利ですわ」


 「早い者勝ちなの?」


 「早い者勝ちですわ」


 言い切られた。


 ジュディは、少し不服そうにしてから、僕の額に手を当てた。


 「熱、ない?」


 「ないよ」


 「本当に?」


 「本当に」


 「……そう」


 手を離す時、少しだけ、ためらいがあった気がした。


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 レジスは、少し遅れて来た。


 浴衣姿だった。髪が、まだ少し濡れている。


 「まだ、そこにいたの」


 「涼んでる」


 「冷えるわよ」


 「ドンナに言われた」


 「じゃあ、部屋に戻りなさい」


 「もう少し」


 「……」


 あの子は、何か言いかけて、やめた。


 それから、隣の椅子に座った。


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 しばらく、二人とも黙っていた。


 風の音がした。


 「……肩まで浸かった?」


 唐突に、そう聞かれた。


 「浸かってない」


 「なんで」


 「途中で上がったから」


 「ちゃんと浸かりなさいよ。せっかく来たんだから」


 「明日、入る」


 「明日ね」


 「うん」


 少し、間があった。


 「……悪くなかったでしょう」


 「なにが」


 「ここ」


 僕は、少し考えた。


 「悪くなかった」


 「そう」


 レジスは、それだけ言って、また黙った。


 でも、立ち上がらなかった。


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 部屋に戻ると、PON子が畳の上で寝ていた。


 浴衣のまま、大の字になっている。


 「早いな」


 「疲れたみたいですわ」


 ドンナが、そう言った。


 「温泉、初めてでしたので」


 「それで疲れるのか」


 「初めてのことは、疲れますの」


 言いながら、彼女はPON子の上に、タオルケットをかけていた。


 その手つきが、妙に慣れていた。


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 「ドンナ」


 「はい」


 「お前、そういうことするんだな」


 「どういうことですの」


 「いや」


 「風邪をひかせては、私の管理不行き届きになりますもの」


 言い訳が、完璧だった。


 完璧すぎて、逆に丸わかりだった。


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 夕食は、賑やかだった。


 ジュディが、僕の分を取り分けようとして、レジスに止められた。


 「子供じゃないのよ」


 「でも、この人、偏るから」


 「偏らせておけばいいでしょう」


 「よくないわ」


 結局、取り分けられた。


 多かった。


 「食べすぎよ」


 レジスが、そう言った。


 「取り分けたのはジュディだぞ」


 「食べてるのはあなたでしょう」


 理不尽だった。


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 PON子は、途中で起きてきて、刺身を眺めていた。


 「これ、しょっぱいのだ?」


 「しょっぱくない」


 「なんで海のやつなのに、しょっぱくないのだ?」


 「……洗ってあるから、かな」


 「洗うと、しょっぱくなくなるのだ?」


 「たぶん」


 「じゃあ、海も洗えばいいのだ」


 全員が、少し黙った。


 誰も、否定できなかった。


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 その夜、寝る前に、僕は写真を何枚か撮った。


 部屋の窓から見える山。


 畳の上で寝ているPON子。


 窓際に立っているレジスの、後ろ姿。


 ジュディが布団を敷いているところ。


 ドンナが、備品の最終確認をしているところ。


 全部、あとで送ろうと思った。


 要らないと言われたけれど、要らないとは言われていない。


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 翌朝、僕は朝風呂に行った。


 誰もいなかった。


 肩まで浸かった。


 ……たしかに、悪くなかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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