↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
PR
87/148

第69話:四枚しかない

温泉宿の招待券が5枚・・・

---------------------------------------------------


 封筒が届いたのは、広告の件が一段落した頃だった。


 差出人は、商店会だった。


 開けてみると、中に紙が入っていた。近くの温泉宿の、宿泊券だった。


 五枚あった。


 同封の手紙には、会長の字で、こう書いてあった。


 ——うちの組合で毎年まとめて買っとるやつです。今年は使い切れんので、もらってください。世話になったので。


 相変わらず、素っ気ない書き方だった。


---------------------------------------------------


 「五枚?」


 レジスが、そう聞き返した。


 「五枚」


 「うちの人数、何人だと思ってるの」


 「たぶん、数えてない」


 というより、あの人はうちの規模を知らない。会った時に見たのは僕と技術担当くんだけだし、その後もヒアリングに行ったのはじえいとPON子だけだ。


 「それで、どうするの」


 「行くよ」


 「一人で?」


 「そんなわけないだろ」


 僕は、そう答えた。


 その返事が、たぶん、間違いだった。


---------------------------------------------------


 夕方、二階に全員を集めた。


 宿泊券を、机の上に並べた。


 五枚。


 「一枚は僕が使う」


 「はい」


 「残り四枚を、誰が使うか」


 その瞬間、空気が変わった。


 ……あ、と思った。


 やり方を間違えた。


---------------------------------------------------


 最初に手が挙がったのは、じえいだった。


 「はい! 自分!」


 「早いな」


 「温泉っすよ! 露天風呂っすよ!」


 「入ったことあるのか」


 「ないっす! だから行きたいんす!」


 理屈としては正しい。


 「私も行くわ」


 ジュディが、当然のように言った。


 「あなた一人で行かせたら、湯あたりして倒れるでしょう」


 「倒れないよ」


 「倒れるわ。長風呂するもの」


 ……見られている。


---------------------------------------------------


 「わたしも行くのだ」


 PON子が、手を挙げた。


 「温泉、行ったことないのだ」


 「そうだね」


 「しょっぱいのだ?」


 「しょっぱくない」


 「じゃあ、なんなのだ?」


 「……熱いお湯」


 「わあ」


 なぜか感心された。


---------------------------------------------------


 「私も行くわ」


 レジスだった。


 全員が、そちらを見た。


 「……なによ」


 「いや」


 「意外?」


 「意外」


 正直に答えた。


 あの子は、こういう場面で真っ先に「無駄よ」と言う側だと思っていた。


 「経費で行くわけじゃないでしょう。もらったものなんだから、使わないと失礼よ」


 理屈がついていた。


 ただ、その理屈は、行かない理由にもなる気がした。


---------------------------------------------------


 「私も参りますわ」


 ドンナが、そう言った。


 「え」


 「何か問題でも?」


 「いや、その」


 「マスターの外出には、随行が必要ですの」


 「一泊二日の温泉だぞ」


 「一泊二日でも、外出は外出ですわ」


 言い切られた。


---------------------------------------------------


 これで、五人が名乗り出た。


 枠は、四つしかない。


 「……多いな」


 「多いわね」


 レジスが、あっさり言った。


 「誰か降りなさいよ」


 「あなたが降りれば?」


 ジュディが、間髪入れずに返した。


 「なんで私なの」


 「一番、必要性が薄いから」


 「必要性?」


 「あなた、温泉で何するの」


 「……浸かるわよ」


 「それだけでしょう」


 「それだけで悪い?」


 空気が、少し悪くなってきた。


---------------------------------------------------


 その間、二人が黙っていた。


 エグゼと、ノアールだった。


 「エグゼは?」


 僕が聞くと、あの子は少しだけ顔を上げた。


 「私はいいよ」


 「行かないの?」


 「うん」


 「なんで」


 「別に」


 短かった。


 「あなたが楽しんでくればいいんじゃない」


 そう言って、部屋の隅に行ってしまった。


---------------------------------------------------


 ノアールは、もう少し理屈があった。


 「私は残ります」


 「なんで」


 「社長不在時の対応が必要です」


 「一泊だぞ」


 「一泊でも、契約上の窓口は空けられません。急ぎの照会が来た場合、返答が遅れると先方に迷惑がかかります」


 「……そんなに来る?」


 「来ないことの方が多いです。ですが、来た時に困ります」


 正論だった。


 「それに」


 あの子は、少し付け足した。


 「留守番も、業務のうちですので」


 言い方が、妙にきっぱりしていた。


---------------------------------------------------


 残ったのは、五人。


 枠は四つ。


 「じゃんけんでよくない?」


 僕がそう言うと、四方から反対された。


 「不公平よ」


 「なんでだよ。一番公平だろ」


 「私、じゃんけん弱いの」


 ジュディが、真顔で言った。


 「そういう問題?」


 「そういう問題よ」


---------------------------------------------------


 その時、ドンナが端末を開いた。


 「あら」


 わざとらしい声だった。


 全員が、そちらを見た。


 「じえい」


 「なんすか」


 「浮かれているところ申し訳ありませんけれど」


 嫌な予感がした。


 「先週お持ち帰りになった、商店街の追加案件」


 「はい」


 「フォーマット化の進捗は、どうなっておりますの?」


 じえいの動きが、止まった。


---------------------------------------------------


 「えっと」


 「納期は、明後日ですわね」


 「あ、いや、それは来週までにやればいいって……」


 「どなたが、そうおっしゃいましたの?」


 「……自分が、そう思ってました」


 「思っていただけ、ということですわね」


 ドンナは、端末をこちらに向けた。


 工数の試算が、表示されていた。


 「現在の進捗から逆算しますと、今夜から着手して、ぎりぎりですわ」


 「今夜!?」


 「ええ」


 「でも、明日は温泉が」


 「ですから、申し上げておりますの」


---------------------------------------------------


 彼女は、そこで少し微笑んだ。


 「まさか、納期を遅延させて、会社の信用を失墜させるおつもりでは、ございませんわよね?」


 じえいが、固まった。


 「……ないっす」


 「そうですわよね」


 「ないっす」


 二回言った。


 「では、居残りということで、よろしくて?」


 「……よろしいっす」


 自発的だった。


 少なくとも、形式上は。


---------------------------------------------------


 これで、四枚が埋まった。


 レジス、ジュディ、PON子、ドンナ。


 「なんか、腑に落ちないんだけど」


 僕がそう言うと、ドンナは平然と答えた。


 「何がですの」


 「今の、お前が仕組んだよな」


 「事実を確認しただけですわ」


 「タイミングが」


 「たまたま思い出しましたの」


 「絶対嘘だろ」


 「証拠がございまして?」


 なかった。


---------------------------------------------------


 解散した後、僕は、じえいのところに行った。


 あいつは、机で作業を始めていた。


 「悪いな」


 「いや、自分が悪いんで」


 「本当に納期、明後日なのか」


 「明後日っす」


 「……そうか」


 「でも」


 じえいは、手を止めずに言った。


 「たぶん、来週でもよかったんすよね」


 「え」


 「会長さん、そんなに急いでなかったっす。自分が聞いた時、いつでもええよって言ってたんで」


 「じゃあ」


 「ドンナさんが、明後日って決めたんすよ。書類上」


 ……やられている。


---------------------------------------------------


 「なんで言わなかったんだ」


 「言っても勝てないっす」


 あっさりしていた。


 「あの人、書類で来るじゃないっすか。自分、書類で勝ったことないんで」


 「まあ、そうだな」


 「それに」


 じえいは、そこで少し笑った。


 「留守番、ノアールさん一人だと寂しいかなって」


 僕は、少し驚いた。


 「お前、そういうこと考えるんだ」


 「考えますよ! 自分だって!」


 「いや、意外で」


 「失礼っすね!」


 その後、三十分ほど文句を言われた。


---------------------------------------------------


 最後に、エグゼのところへ行った。


 部屋の隅で、端末を見ていた。


 「本当に行かないの?」


 「行かない」


 「枠、まだ調整できるけど」


 「いい」


 短かった。


 僕は、少し待った。


 あの子は、何も言わなかった。


---------------------------------------------------


 「エグゼ」


 「なに」


 「今、こっち見てただろ」


 「見てない」


 「さっき、みんなで話してる時も見てた」


 「見てないわ」


 「一回、目が合った」


 「気のせい」


 嘘だった。


 でも、それ以上は言わないことにした。


 言えば、たぶん、行かなくなる。


 この子は、そういう子だ。


---------------------------------------------------


 「じゃあ、土産買ってくるよ」


 「要らない」


 「なんで」


 「食べないもの」


 「そうだけど」


 「……」


 少しの沈黙があった。


 「……写真は?」


 小さい声だった。


 「写真?」


 「なんでもない」


 「撮ってくるよ」


 「別に、要らないって言ってない」


 「言ってないな」


 「言ってないでしょう」


 なぜか、二回念を押された。


---------------------------------------------------


 その夜、僕は荷物をまとめながら、考えていた。


 枠が四つしかないというだけで、あれだけ揉めた。


 誰が行くかを決めるのに、一時間近くかかった。しかも、最後は書類で決着がついた。


 ……普通の会社なら、こうはならない気がする。


 温泉に行きたがる社員が五人いて、その全員が上司を連れて行きたがるというのは、たぶん、あまりない事態だ。


 まあ、いいか。


 僕は、宿泊券を鞄に入れた。


 四枚。


 名前は、書いていなかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。