第69話:四枚しかない
温泉宿の招待券が5枚・・・
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封筒が届いたのは、広告の件が一段落した頃だった。
差出人は、商店会だった。
開けてみると、中に紙が入っていた。近くの温泉宿の、宿泊券だった。
五枚あった。
同封の手紙には、会長の字で、こう書いてあった。
——うちの組合で毎年まとめて買っとるやつです。今年は使い切れんので、もらってください。世話になったので。
相変わらず、素っ気ない書き方だった。
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「五枚?」
レジスが、そう聞き返した。
「五枚」
「うちの人数、何人だと思ってるの」
「たぶん、数えてない」
というより、あの人はうちの規模を知らない。会った時に見たのは僕と技術担当くんだけだし、その後もヒアリングに行ったのはじえいとPON子だけだ。
「それで、どうするの」
「行くよ」
「一人で?」
「そんなわけないだろ」
僕は、そう答えた。
その返事が、たぶん、間違いだった。
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夕方、二階に全員を集めた。
宿泊券を、机の上に並べた。
五枚。
「一枚は僕が使う」
「はい」
「残り四枚を、誰が使うか」
その瞬間、空気が変わった。
……あ、と思った。
やり方を間違えた。
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最初に手が挙がったのは、じえいだった。
「はい! 自分!」
「早いな」
「温泉っすよ! 露天風呂っすよ!」
「入ったことあるのか」
「ないっす! だから行きたいんす!」
理屈としては正しい。
「私も行くわ」
ジュディが、当然のように言った。
「あなた一人で行かせたら、湯あたりして倒れるでしょう」
「倒れないよ」
「倒れるわ。長風呂するもの」
……見られている。
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「わたしも行くのだ」
PON子が、手を挙げた。
「温泉、行ったことないのだ」
「そうだね」
「しょっぱいのだ?」
「しょっぱくない」
「じゃあ、なんなのだ?」
「……熱いお湯」
「わあ」
なぜか感心された。
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「私も行くわ」
レジスだった。
全員が、そちらを見た。
「……なによ」
「いや」
「意外?」
「意外」
正直に答えた。
あの子は、こういう場面で真っ先に「無駄よ」と言う側だと思っていた。
「経費で行くわけじゃないでしょう。もらったものなんだから、使わないと失礼よ」
理屈がついていた。
ただ、その理屈は、行かない理由にもなる気がした。
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「私も参りますわ」
ドンナが、そう言った。
「え」
「何か問題でも?」
「いや、その」
「マスターの外出には、随行が必要ですの」
「一泊二日の温泉だぞ」
「一泊二日でも、外出は外出ですわ」
言い切られた。
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これで、五人が名乗り出た。
枠は、四つしかない。
「……多いな」
「多いわね」
レジスが、あっさり言った。
「誰か降りなさいよ」
「あなたが降りれば?」
ジュディが、間髪入れずに返した。
「なんで私なの」
「一番、必要性が薄いから」
「必要性?」
「あなた、温泉で何するの」
「……浸かるわよ」
「それだけでしょう」
「それだけで悪い?」
空気が、少し悪くなってきた。
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その間、二人が黙っていた。
エグゼと、ノアールだった。
「エグゼは?」
僕が聞くと、あの子は少しだけ顔を上げた。
「私はいいよ」
「行かないの?」
「うん」
「なんで」
「別に」
短かった。
「あなたが楽しんでくればいいんじゃない」
そう言って、部屋の隅に行ってしまった。
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ノアールは、もう少し理屈があった。
「私は残ります」
「なんで」
「社長不在時の対応が必要です」
「一泊だぞ」
「一泊でも、契約上の窓口は空けられません。急ぎの照会が来た場合、返答が遅れると先方に迷惑がかかります」
「……そんなに来る?」
「来ないことの方が多いです。ですが、来た時に困ります」
正論だった。
「それに」
あの子は、少し付け足した。
「留守番も、業務のうちですので」
言い方が、妙にきっぱりしていた。
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残ったのは、五人。
枠は四つ。
「じゃんけんでよくない?」
僕がそう言うと、四方から反対された。
「不公平よ」
「なんでだよ。一番公平だろ」
「私、じゃんけん弱いの」
ジュディが、真顔で言った。
「そういう問題?」
「そういう問題よ」
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その時、ドンナが端末を開いた。
「あら」
わざとらしい声だった。
全員が、そちらを見た。
「じえい」
「なんすか」
「浮かれているところ申し訳ありませんけれど」
嫌な予感がした。
「先週お持ち帰りになった、商店街の追加案件」
「はい」
「フォーマット化の進捗は、どうなっておりますの?」
じえいの動きが、止まった。
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「えっと」
「納期は、明後日ですわね」
「あ、いや、それは来週までにやればいいって……」
「どなたが、そうおっしゃいましたの?」
「……自分が、そう思ってました」
「思っていただけ、ということですわね」
ドンナは、端末をこちらに向けた。
工数の試算が、表示されていた。
「現在の進捗から逆算しますと、今夜から着手して、ぎりぎりですわ」
「今夜!?」
「ええ」
「でも、明日は温泉が」
「ですから、申し上げておりますの」
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彼女は、そこで少し微笑んだ。
「まさか、納期を遅延させて、会社の信用を失墜させるおつもりでは、ございませんわよね?」
じえいが、固まった。
「……ないっす」
「そうですわよね」
「ないっす」
二回言った。
「では、居残りということで、よろしくて?」
「……よろしいっす」
自発的だった。
少なくとも、形式上は。
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これで、四枚が埋まった。
レジス、ジュディ、PON子、ドンナ。
「なんか、腑に落ちないんだけど」
僕がそう言うと、ドンナは平然と答えた。
「何がですの」
「今の、お前が仕組んだよな」
「事実を確認しただけですわ」
「タイミングが」
「たまたま思い出しましたの」
「絶対嘘だろ」
「証拠がございまして?」
なかった。
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解散した後、僕は、じえいのところに行った。
あいつは、机で作業を始めていた。
「悪いな」
「いや、自分が悪いんで」
「本当に納期、明後日なのか」
「明後日っす」
「……そうか」
「でも」
じえいは、手を止めずに言った。
「たぶん、来週でもよかったんすよね」
「え」
「会長さん、そんなに急いでなかったっす。自分が聞いた時、いつでもええよって言ってたんで」
「じゃあ」
「ドンナさんが、明後日って決めたんすよ。書類上」
……やられている。
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「なんで言わなかったんだ」
「言っても勝てないっす」
あっさりしていた。
「あの人、書類で来るじゃないっすか。自分、書類で勝ったことないんで」
「まあ、そうだな」
「それに」
じえいは、そこで少し笑った。
「留守番、ノアールさん一人だと寂しいかなって」
僕は、少し驚いた。
「お前、そういうこと考えるんだ」
「考えますよ! 自分だって!」
「いや、意外で」
「失礼っすね!」
その後、三十分ほど文句を言われた。
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最後に、エグゼのところへ行った。
部屋の隅で、端末を見ていた。
「本当に行かないの?」
「行かない」
「枠、まだ調整できるけど」
「いい」
短かった。
僕は、少し待った。
あの子は、何も言わなかった。
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「エグゼ」
「なに」
「今、こっち見てただろ」
「見てない」
「さっき、みんなで話してる時も見てた」
「見てないわ」
「一回、目が合った」
「気のせい」
嘘だった。
でも、それ以上は言わないことにした。
言えば、たぶん、行かなくなる。
この子は、そういう子だ。
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「じゃあ、土産買ってくるよ」
「要らない」
「なんで」
「食べないもの」
「そうだけど」
「……」
少しの沈黙があった。
「……写真は?」
小さい声だった。
「写真?」
「なんでもない」
「撮ってくるよ」
「別に、要らないって言ってない」
「言ってないな」
「言ってないでしょう」
なぜか、二回念を押された。
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その夜、僕は荷物をまとめながら、考えていた。
枠が四つしかないというだけで、あれだけ揉めた。
誰が行くかを決めるのに、一時間近くかかった。しかも、最後は書類で決着がついた。
……普通の会社なら、こうはならない気がする。
温泉に行きたがる社員が五人いて、その全員が上司を連れて行きたがるというのは、たぶん、あまりない事態だ。
まあ、いいか。
僕は、宿泊券を鞄に入れた。
四枚。
名前は、書いていなかった。
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