第68話:小豆が甘い理由
広告うつぞーーー
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最初にやったのは、ヒアリングだった。
誰が行くかは、レジスのところで決まった。
市場を見るのはあの子の管轄だし、何を聞いてくるべきかも、あの子のチームが整理した方が早い。僕がやると、聞きたいことだけ聞いて帰ってきそうだった。
「じえいとPON子で行きなさい」
結論だけ、そう伝えられた。
「その二人?」
「その二人よ」
「なんで」
「あなた以外の誰かと、あの人たちが話せると思う?」
……たしかに。
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じえいとPON子を連れて、商店街に行った。
「なんで自分らなんすか」
「お前ら以外だと、たぶん誰も喋ってくれないから」
実際、そうだった。
レジスが行けば、たぶん正確な情報が取れる。でも、相手が構える。ジュディなら丁寧すぎる。ドンナは、そもそも商店街の雰囲気に合わない。
じえいとPON子が、一番合っている。
「よし、行きましょう!」
じえいは、最初の店で、いきなり試食を三つもらっていた。
「うまいっす! これ、めっちゃうまいっす!」
「兄ちゃん、AIやろ。味分かるんか」
「分かります! 甘さの立ち上がりが速くて、後に残らないっす!」
「ほう」
店の人が、少し身を乗り出した。
「それ、狙てんねん。分かる人には分かるんやけどな」
「分かります!」
……あいつ、才能あるな。
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PON子は、別の意味で活躍していた。
「これ、なんなのだ?」
「饅頭や」
「中に何が入ってるのだ?」
「あんこや」
「あんこは、何でできてるのだ?」
「小豆や」
「小豆は?」
「……豆や」
「豆なのに、甘いのだ?」
「そら、砂糖入れとるからな」
「なんで甘くしたのだ?」
店の人が、そこで、少し考えた。
「……そら、昔は砂糖が貴重やったからな。ハレの日のもんやったんや」
「ハレの日?」
「祝い事や。祭りとか、正月とか」
「じゃあ、これは、うれしい日の食べ物なのだ?」
「……そうやな」
店の人が、笑った。
「そうや。うれしい日のもんや」
僕は、その横で、それを聞いていた。
……今の、使える。
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その日集めた話を、全部持ち帰った。
レジスのチームが、それを分析した。
翌朝、二人が結果を持ってきた。レジスは、後ろで聞いているだけだった。
「面白い結果が出ました」
原因を掘る方の子が、そう言った。
「なにが」
「聞いてきた話の中身です。ほとんどが、商品の話ではありません。作り方とか、由来とか、そういう話ばかりでした」
「PON子が聞いたからだよ。あの子、何にでも『なんで』って聞くから」
「それが良かったのだと思います」
あの子は、資料を並べた。
「この商店街の問題は、知られていないことです。ですが、知られるだけでは足りません。知った上で、行く理由が要ります」
「理由」
「近いから、安いから、では勝てません。それは、家で頼んだ方が上ですので」
……前に、レジスも同じことを言っていた気がする。
教え方が、そのまま出ているらしい。
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「では、何で勝つのか」
打ち手を考える方の子が、そこで引き取った。
「聞ける、ということだと思います」
「聞ける?」
「小豆がなぜ甘いのかを、答えてくれる人がいます。それは、家では手に入りません」
二人が、顔を見合わせた。
「昨日のミーティングで、そこまで出ました」
「毎日やってるやつか」
「はい」
レジスが、後ろで少しだけうなずいていた。
何も言わなかったが、たぶん、満足していた。
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ドンナが、そこから形にした。
「叩き台でしたら、すぐお出しできますわ」
「すぐ?」
「五分ほどですの」
実際、それくらいで出てきた。
ただ、そこからが長かった。
写真の大きさ。言葉の並び順。どの店を先に出すか。一つ決めるたびに、僕が口を出して、ドンナが直す。直したものを見て、また気が変わる。
「マスター」
「なに」
「先ほどと、逆のことをおっしゃっていますわ」
「……そうだっけ」
「そうですの。三回目ですわ」
付き合わせて、半日が過ぎていた。
「ごめん」
「構いませんわ。直すのは一瞬ですもの」
ドンナは、あっさり言った。
「時間がかかっているのは、私の作業ではなく、マスターの決断ですわ」
……返す言葉がなかった。
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夕方になって、ようやく形が決まった。
できてきたものを見て、僕は少し驚いた。
派手ではない。写真も、そんなに多くない。ただ、一店ずつ、その店の人が語った言葉が、短く載っていた。
——小豆が甘いのは、ハレの日のものだったからです。
——この厚みは、三代前から変えていません。
——うちの魚は、朝しか出しません。夕方には、いい顔をしていないので。
どれも、あの日、じえいとPON子が引き出した言葉だった。
「これ、宣伝になるのか?」
「なりますわ」
ドンナは、あっさり言った。
「商品を並べても、比較されるだけですの。比較されたら、大手に勝てませんわ。でも、これは比較できませんでしょう?」
……なるほど。
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問題は、親方だった。
できたものを見せに行った時、あの人は、長いこと黙っていた。
「……これ、うちの菓子か」
「はい」
「写真、小さいな」
「小さいです」
「なんでや」
「言葉を読ませたいからです」
男は、画面を睨んでいた。
それから、こう言った。
「あんたな」
「はい」
「うちの菓子の重みが、これで伝わるんか」
声が、低かった。
「四十年やってきたんや。手で練って、手で丸めて、その日の湿気見ながら加減して。それが、こんな画面の中の文字で、伝わるんか」
場が、静かになった。
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僕は、少し考えて、こう答えた。
「伝わりません」
男が、こちらを見た。
「これで伝わるなら、四十年要らないです」
「……」
「伝えられるのは、店の場所と、あなたが何を大事にしてるかだけです。それ以上は、無理です」
「ほな、なんの意味があるんや」
「来てもらうためです」
僕は、画面を指した。
「食べてもらえば、伝わります。でも、その前に、来てもらわないといけない。それだけのためのものです」
男は、しばらく黙っていた。
それから、鼻を鳴らした。
「……当たり前のこと言うな」
「はい」
「まあ、ええわ」
その言い方は、たぶん、了承だった。
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公開してから、二週間ほどは、何も起きなかった。
レジスが、毎日数字を見ていた。
「まだね」
「まだか」
「こういうものは、時間がかかるわ」
三週目に、少し動いた。
「地元の人の検索が増えてる」
「地元?」
「近くに住んでる人が、商店街の名前で調べてるの。これ、面白い動きよ」
「なんで」
「知らなかったんじゃなくて、忘れてたのね」
その言い方が、妙に残った。
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一か月経った頃、親方から電話が来た。
「あんた、ちょっと来い」
「なんですか」
「ええから来い」
行った。
商店街は、少しだけ、人が増えていた。劇的にではない。ただ、前に来た時は誰もいなかった通りに、何人か歩いていた。
「日曜だけやけどな」
親方は、そう言った。
「先週から、ちょっと増えた」
「そうですか」
「あと、これや」
差し出されたのは、紙だった。
手書きだった。
「なんですか、これ」
「他の店の連中が、書いた」
読んでみた。
うちの店のことも書いてくれ、という内容だった。何軒分もあった。字が、それぞれ違っていた。
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「……全部、やるんですか」
「やれるんか」
「やれます」
即答した。
言ってから、しまった、と思った。
「ほんまか」
「……はい」
「金は、あんまり出せへんぞ」
「知ってます」
親方は、そこで、初めて少し笑った。
「あんた、商売下手やな」
「よく言われます」
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帰りの車の中で、僕は、その紙を何度も読んだ。
手書きだった。誰も、メールを送ってこなかった。書いて、親方に渡した。親方が、それを僕に持ってきた。
この人たちは、たぶん、うちのウェブサイトを自分で作ることはできない。広告の出し方も知らない。今後も、覚えないと思う。
でも、伝えたいことは、ちゃんとある。
小豆がなぜ甘いのかを、四十年やってきた人が知っている。
それを渡す手段だけが、なかった。
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会社に戻って、みんなに報告した。
「増えたんですか!」
じえいが、真っ先に反応した。
「日曜だけな」
「日曜でも増えたんすよね!」
「増えた」
「やったっす!」
あいつは、自分の手柄だと思っている節があった。実際、半分はそうだった。
PON子は、紙を覗き込んでいた。
「これ、みんな書いたのだ?」
「そうだよ」
「字がへたっぴなのだ」
「言うな」
「でも、あったかいのだ」
……この子は、たまに、そういうことを言う。
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レジスは、数字を見ていた。
「効果としては、まだ小さいわ」
「うん」
「でも」
彼女は、そこで少し、言い方を変えた。
「予測より、良かったわね」
「そうなの?」
「ええ。正直、ここまで動くとは思っていなかった」
「なんで動いたと思う?」
レジスは、少し考えてから答えた。
「……たぶん、あの言葉たちが良かったのよ」
「言葉」
「小豆の話とか、魚の顔の話とか。あれ、広告の文章としては下手なの。長いし、売り込んでもいない」
「うん」
「でも、書いた人の顔が見えるわ」
彼女は、画面を閉じた。
「うちのやり方が、間違ってなかったってことでしょうね」
その一言が、この日、一番嬉しかった。
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その夜、エグゼが隣に来た。
「うまくいったね」
「うん」
「よかった」
「……うん」
僕は、天井を見ていた。
嬉しかった。素直に、嬉しかった。
利益は、ほとんど出ていない。手間だけがかかっている。事業としては、たぶん褒められたものではない。
でも、あの商店街には、今、人が歩いている。
僕らがやってきたことが、外で通用した。それが、証明できた気がした。
「エグゼ」
「なに」
「これ、続けたいな」
エグゼは、少し黙った。
「……そうだね」
「反対?」
「してない」
「じゃあ」
「ただ」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。
「次が来るよ」
「うん」
「もう来てるでしょう。あの紙」
紙のことだった。
何軒分もあった、あの手書きの紙。
「あれ、全部やるつもり?」
「やるつもり」
「回せる?」
僕は、答えなかった。
答えられなかった、が正確だった。
レジスは、最初から言っていた。一件受けたら、次が来る、と。断れないだろう、とも。
その通りになっただけだった。
エグゼは、それ以上は聞かなかった。
ただ、立ち上がる時に、一言だけ言った。
「……嬉しそうだから、いいけど」
その言い方が、少しだけ、心配そうだった。
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