第67話:慈善でやったと思われたら
新しい事業に手を出したいんです!〇西先生!
---------------------------------------------------
その夜、三権に諮った。
新しい事業をやるかどうかは、まずこの三人で揉む。そう決めたばかりだった。
結果から言うと、僕は怒られた。
「受けたの?」
レジスが、開口一番そう聞いてきた。
「まだ受けてない。話を聞いただけ」
「聞いた時点で、受ける気でしょう」
図星だった。
「金額は?」
「……聞いてない」
「聞きなさいよ」
「たぶん、出せないと思う」
レジスは、書類を置いた。
「制作の手間は、大したことないわ。作るだけなら、私たちで何とでもなる」
「じゃあ」
「問題は、そこじゃないの」
彼女は、こちらを見た。
「一件受けたら、次が来るわ」
「……」
「あの人、商店会の会長でしょう。他の店にも話すわよ。そうしたら、断れる?」
断れない。
「あなた、断れないでしょう」
「……断れない」
「なら、これは一件の話じゃないの。事業として続くかどうかの話よ」
正論だった。
---------------------------------------------------
「ジュディは?」
僕がそう聞くと、あの子は少し考えてから答えた。
「反対はしない」
「賛成でもない?」
「賛成でもない」
はっきりしていた。
「私、その商店街のこと、何も知らないもの。判断できるほどの材料がないわ」
「うん」
「ただ」
少し、間があった。
「あなたが、あの人の話を聞いて帰ってきた時の顔は、見てる」
「顔?」
「何か言いたそうだったでしょう。言わなかったけど」
……見られていた。
「だから、聞くだけは聞くわ」
---------------------------------------------------
エグゼは、最後まで黙っていた。
三人の中で、あの子だけが何も言わない。
「エグゼ」
「なに」
「意見は」
「まだ」
短かった。
「まだ?」
「材料が足りない。この人が何を見てきたのか、まだ分かってないから」
その言い方に、レジスが少し反応した。
「見てきたもので判断するの?」
「そう」
「数字は?」
「見るけど、それだけでは決めない」
二人の間に、少し空気が張った。
……この二人、判断の軸が根本的に違う。
---------------------------------------------------
「あのさ」
僕は、そこで口を挟んだ。
「うちが広告を業務に入れたの、何のためだっけ」
レジスが、少し黙った。
「……AIを使えない人が、その恩恵を受けられるようにするため」
「そう」
「でも、それは理念でしょう」
「理念だよ」
「理念で会社は回らないわ」
「回らないな」
僕は、うなずいた。
「でも、回す方法は、あると思う」
「どういうこと」
「作るのは、うちの子たちだろ」
「そうね」
「制作費はかからない。かかるのは媒体費と、僕が客先に行く時間だけだ」
レジスの目が、少し動いた。
---------------------------------------------------
「……分かったわ。試算させる」
「レジスがやるんじゃないんだ」
「うちの子たちにやらせるわ」
あの子は、そう言った。
「原因を掘る方と、打ち手を考える方。二人で組ませてるでしょう」
「うん」
「今回みたいな案件は、まさにその仕事よ。商店街に人が来ない原因を掘って、それに対して何が打てるかを考える。私が一人でやるより、そっちの方が精度が出るわ」
「……そういうものか」
「そういうものよ」
言い方に、少し誇らしさが混じっていた気がした。
---------------------------------------------------
翌日の夕方、レジスが結果を持ってきた。
「まず、収支から」
数字が並んでいた。
「媒体費が月にこれだけ。先方からもらえるのは、たぶんこの程度でしょう。差し引きで、ほぼゼロ」
「ゼロならいいじゃん」
「一件ならね」
レジスは、そこで釘を刺した。
「これが十件になったら、媒体費も十倍よ。それから、あなたが客先に行く時間も十倍」
「……あ」
「気づいてなかったの?」
「気づいてなかった」
「だと思ったわ」
---------------------------------------------------
「それから、これは別の話だけど」
レジスは、もう一枚出した。
「うちの子が、面白いことを言っていたわ」
「なに」
「この案件、本当の問題は集客じゃない、って」
「え」
「原因を掘る方の子が、そう言ったの。商店街に人が来ないのは、知られていないからだけど——知られたところで、行く理由がなければ来ない、と」
その通りだった。
「じゃあ、どうすれば」
「そこは、まだ出てないわ。打ち手を考える方の子が、今やってる」
「間に合う?」
「間に合わせるでしょう。あの子たち、毎日話してるもの」
……そうか。
毎日やることにした、あのミーティングだ。
---------------------------------------------------
「ドンナにも、見せた?」
「見せたわ」
「なんて?」
「持ち出しにはならない、ただし件数が増えたら知らせろ、って」
「相変わらずだな」
「あの子は、そういう役目だから」
レジスは、そう言って、書類を閉じた。
---------------------------------------------------
「エグゼ」
僕がそう呼ぶと、あの子は少し顔を上げた。
「もう、意見出せる?」
「出せる」
「聞かせて」
エグゼは、少し考えるような間を置いた。
「あなた、あの人の店の話をしてないよね」
「え」
「和菓子屋の話。今日、一度も出てこなかった」
言われて、気づいた。
たしかに、僕が話していたのは商店街全体のことだけだった。
「あの人、自分の店の宣伝をしてくれとは言わなかったんでしょう」
「……言わなかった」
「そういう人の頼みなら、聞いていいと思う」
それだけだった。
理由としては、たぶん薄い。数字も、根拠もない。
でも、レジスは何も言わなかった。
---------------------------------------------------
「ジュディは?」
「困ってる人がいるなら、やればいいでしょう」
あっさりしていた。
「さっき、判断できないって言ってなかった?」
「言ったわよ。でも、話を聞いたら判断できたの」
……この子は、そういうところがある。
---------------------------------------------------
「じゃあ、やっていいの?」
「よくはないわ」
いつもの返し方だった。
「でも、あなた、どうせやるでしょう」
「やる」
「なら、ちゃんと形にしなさい。慈善でやったと思われたら、先方に失礼よ」
その言い方が、この人らしかった。
---------------------------------------------------
翌朝、ノアールが来た。
「契約の件、伺いました」
「早いな」
「レジスさんから回っていましたので」
この家の情報伝達は、僕が思っているより速い。
「作りましょうか」
「頼む」
「では、確認させてください」
ノアールは、いくつか質問をした。
業務の範囲。期間。金額。成果が出なかった場合の扱い。中途で終わる時の条件。
「成果が出なかった場合、というのは」
「必要です」
即答だった。
「広告の効果は、保証できるものではありません。それを事前に明示しておかないと、後で揉めます」
「揉めるかな。あの人」
「あの方は揉めないでしょう」
ノアールは、そこで少しだけ、言い方を変えた。
「ですが、あの方の周りの方が、どうかは分かりません」
……なるほど。
商店会だ。会長一人の話ではない。
---------------------------------------------------
書面は、すぐに出てきた。
僕は、それを読んで、少し戸惑った。
「……短くない?」
「短くしました」
「前に、短いものほど危ないって言ってなかった?」
「言いました」
ノアールは、あっさり認めた。
「ですが、それは、相手が読める場合の話です」
「読める場合?」
「今回の相手は、七十を過ぎた方です。しかも、以前に業者と揉めた経験がある」
「うん」
「その方に、十ページの契約書を渡して、どうなると思いますか」
僕は、少し考えた。
……読まないな。
いや、読もうとして、途中でやめる。そして、また騙されるんじゃないかと不安になる。
「そうです」
ノアールは、言った。
「読まれない契約書には、意味がありません。書いてあることが守られるのは、双方が理解している場合だけですから」
---------------------------------------------------
できてきたものは、一枚だった。
項目は五つ。何をするか。いつまでか。いくらか。効果は保証しないこと。やめたい時はいつでも言えること。
全部、平易な言葉で書いてあった。
「これで足りるの?」
「足ります。争いになりそうな点は、全て入っています」
「専門用語がないけど」
「不要です」
ノアールは、書面を指した。
「専門用語は、正確に書くためのものであって、難しく書くためのものではありません。同じことを平易に書けるなら、そちらの方が良いに決まっています」
「……なるほど」
「ただ」
彼女は、そこで少しだけ、付け足した。
「私の側の控えには、詳細な条項を残してあります。同じ内容ですが、法的な表現で書いたものです」
「二種類あるの?」
「はい」
「なんで」
「読む人によって、必要な形が違うからです」
僕は、その一枚の書面を、もう一度見た。
平易な言葉で、五つの項目。
これなら、あの人も読めるだろう。読めて、それで、安心できるだろう。
届く範囲を広げるというのは、こういうことの積み重ねなのかもしれなかった。
作者Xはこちら↓
https://x.com/SepGaGotoku
小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓
https://www.youtube.com/@sepudayo
noteの記事はこちら
https://note.com/natty_walrus3755




