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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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第66話:こいつ、最近どんくさくてな

ある日、初老の男性がいらっしゃいました。

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 その依頼が来たのは、朝一番だった。


 電話ではなく、直接来た。予約もなしに、作業場の入口に立っていた。


 七十くらいの男だった。作務衣に、前掛け。手が大きくて、指が太い。何かを長年やってきた人の手だった。


 その後ろに、一体立っていた。


 「ここ、直してくれるんか」


 「はい、うちで見られると思います」


 「そうか」


 男は、後ろを親指で指した。


 「こいつ、最近どんくさくてな」


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 弟子だ、と言われた。


 和菓子屋の弟子。ずいぶん長いこと、一緒にやっているらしい。


 「うちに来た時、まだ家庭用が出たばっかりの頃やったな」


 「……そんな前からですか」


 「そうや。なんや、悪いんか」


 「いえ」


 悪くはない。ただ、珍しい。


 あの世代の個体を、まだ現役で使っている家は、そう多くない。たいていは、途中で買い替える。


 「見せてもらえますか」


 「頼むわ」


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 技術担当くんを呼んだ。


 「右腕、ですね」


 持ち込まれた時の歩き方を見ただけで、そう言った。


 「分かるの?」


 「腕の振り方が、左右で違います」


 台に寝かせて、動かし始めた。


 僕は、そこで手を引いた。体の方は、この子の領分だ。僕が横から口を出すと、かえって遅くなる。


 「どれくらいかかる?」


 「検査に半日いただければ」


 「そんなに?」


 「原因の特定に、それだけかかります。交換自体は、すぐ終わりますので」


 なるほど、と思った。


 直すより、どこが悪いかを見つける方が時間がかかる。それは、僕の仕事も同じだった。


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 「親方さん、半日ほどかかるそうです」


 「そうか」


 「どこかで時間を潰してもらっても」


 「ええわ。ここにおる」


 あっさり言われた。


 「邪魔か」


 「いえ」


 「なら、おらせてもらうわ」


 男は、作業場の隅の椅子に、勝手に座った。


 ……この人、待つ気だ。


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 仕方がないので、お茶を出した。


 「悪いな」


 「いえ」


 「あんた、社長やろ。こんなことせんでも」


 「他にやることないので」


 実際、そうだった。技術担当くんが見ている間、僕にできることはない。


 男は、湯呑みを両手で持って、しばらく黙っていた。


 それから、こう聞いてきた。


 「あいつ、悪いんか」


 「まだ分かりません。ただ、故障ではないと思います」


 「なんでや」


 「動いてるからです。故障なら、止まります」


 「……そうか」


 少し、安心したように見えた。


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 作業台の方から、時々、声が聞こえた。


 技術担当くんが、弟子に何かを聞いている。腕を上げてください、その角度で止めてください、もう少しゆっくり。淡々とした指示だった。


 男は、それを見ていた。


 「丁寧やな」


 「そうですね」


 「大手やと、こうはいかんで」


 「行かれたことが?」


 「二年に一回、検査に出しとる。義務やからな」


 男は、湯呑みを置いた。


 「番号呼ばれて、預けて、二時間後に取りに行く。判子押した紙もらって、終いや」


 「……そうですか」


 「早いのはええねん。せやけど、なんちゅうか」


 言葉を探しているようだった。


 「機械の点検やな。あれは」


 僕は、何も言わなかった。


 その通りだからだ。実際、検査というのは機械の点検だ。決められた項目を見て、基準を満たしていれば通す。それ以上のことをする理由が、どこにもない。


 「あんたとこは、なんか違うな」


 「うちが小さいだけです」


 「そうかもしれんな」


 男は、そう言って、また作業台の方を見た。


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 「あの子、名前はあるんですか」


 僕は、そう聞いてみた。


 「名前?」


 「弟子さんの」


 男が、少し変な顔をした。


 「そんなもん、ないわ」


 「呼ぶ時は」


 「おい、とか、お前、とか」


 「……そうですか」


 「なんや、いるんか」


 「うちは、ありますね」


 「ふうん」


 男は、それきり黙った。


 しばらくして、こう言った。


 「あいつ、来た時から、そのままやからな。名前つけるっちゅう発想が、なかったわ」


 言い訳のようにも、少し悔いているようにも聞こえた。


 僕は、それ以上は聞かなかった。


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 結果が出たのは、昼を回った頃だった。


 「肘の関節部です」


 技術担当くんが、そう言った。


 「部品の摩耗ですね。同じ動作を長年繰り返すと、どうしても減ります。特に、細かい力加減をする作業だと、負荷が一箇所に集まるので」


 「直るんか」


 「交換すれば、直ります。在庫がありますので、今日中に終わります」


 「今日中?」


 「一時間もかかりません」


 男が、少し驚いた顔をした。


 「そんなもんか」


 「そんなものです。時間がかかったのは、どこが減っているかを見つける方でした」


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 「あと、一点」


 技術担当くんが、こちらを見た。


 「本人に、確認したいことがあります」


 「どうぞ」


 彼は、台の上の弟子に向き直った。


 「ずれは、いつから出ていましたか」


 少しの間があった。


 「三か月ほど前からです」


 「痛みは」


 「ありません。ただ、細かい作業の時に、意図した位置とわずかにずれます。0.5ミリ程度ですが」


 「気づいていたんですね」


 「はい」


 技術担当くんが、僕を見た。


 言うべきかどうか、迷っている顔だった。


 僕は、うなずいた。


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 「親方さん」


 「なんや」


 「三か月前から、この子、少しずれてたそうです」


 男の顔が、変わった。


 「……なんやて」


 「本人が、そう言ってます」


 「おい、お前」


 弟子の方を向いて、声が大きくなった。


 「なんで言わへんかったんや」


 「支障がありませんでしたので」


 「あるやろが! 0.5ミリずれとったら、こしあんの厚みが変わるやろ!」


 ……分かるのか。


 「気づいてはった?」


 「……いや」


 男は、そこで少し、口ごもった。


 「ここんとこ、味が落ちた気がしとった。せやけど、こいつのせいや思わんかった。わしの舌がおかしなったんか思て」


 言いにくそうだった。


 「なんで言わへんのや」


 「言えば、修理に出すことになります」


 弟子は、淡々と言った。


 「その間、店の作業が回りません」


 男が、黙った。


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 交換は、その日のうちに終わった。


 動作を確認して、引き渡したのは、夕方だった。


 「なんぼや」


 金額を言うと、男は少し驚いた顔をした。


 「安いな」


 「部品代と、工賃だけなので」


 「大手やと、こんなもんちゃうで」


 「うちは小さいので」


 男は、それ以上は言わなかった。


 ただ、財布を出しながら、こう聞いてきた。


 「あんた、ここ、いつからやっとるんや」


 「まだ、そんなに経ってません」


 「そうか」


 「商店街、どのあたりですか」


 「駅の北側や。知らんか」


 「通ったことは」


 「あるやろな。何もない方や」


 自嘲する言い方だった。


 「昔は、賑やかやったんやで。八百屋も、魚屋も、飯屋も、みんなあった。今は、半分空いとる」


 「……そうですか」


 「わしが会長やっとる。商店会のな」


 男は、そこで少し、間を置いた。


 「まあ、なりたくてなったわけやないけどな。順番や」


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 話は、そこから、少しずつ広がった。


 人が来ない。地元の人は、そもそも出歩かない。買い物は、家で頼めば届く。わざわざ商店街まで歩く理由がない。


 外から来る人もいない。存在を知られていないからだ。


 「宣伝したことは」


 「あるで。何年か前に、業者に頼んだ」


 「どうなりました」


 「金だけ取られた」


 あっさり言った。


 「立派なもん作ってくれたわ。写真も綺麗やったし、動画もあった。せやけど、誰も見に来んかった」


 「……」


 「あとで聞いたら、うちらの街、そもそも検索されとらんかったらしいわ。名前を知らん人間が、名前で探すわけないわな」


 その通りだった。


---------------------------------------------------


 「今は、どうされてるんですか」


 「なんもしとらん」


 「なんも」


 「金がないからな」


 男は、そこで、こちらを見た。


 「あんた、そういうのも、やっとるんか」


 「え」


 「看板に、書いてあったやろ。広告なんとかって」


 書いてあった。


 会社を作った時、業務内容の欄に一行だけ入れておいたものだ。昔、広告関係の仕事に携わっていた時期があって、それで入れた。実際にやったことは、まだ一件もない。


 「やってます」


 ……言ってしまった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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