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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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番外編:鉄壁の秘書と、二度の噴水

まぁハルシネーション抑えようと設定してみたんですけどね。


人間も前提忘れて失敗するから仕方ないかも?w


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 半年に一度の、定期検診のはずだった。


 行ってみたら、奥歯に小さい虫歯が見つかった。今日のうちに削りましょう、と言われて、麻酔を打たれた。


 削るのは、五分で終わった。


 問題は、その後だった。


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 「うがい、してくださーい」


 言われた通り、紙コップの水を口に含んだ。


 含んだところまでは、よかった。


 口が、閉じなかった。


 麻酔で、下唇の感覚がない。閉じているつもりなのに、閉じていない。


 水が、そのまま前に出た。


 ……盛大に噴いた。


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 衛生士さんが、慌ててタオルを出してくれた。


 「よくあることですから」


 そう言われた。


 あの言い方は、たぶん、慣れているのだと思う。


 僕は、ひたすら頭を下げた。


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 会社に戻った時、まだ頬の感覚が半分くらいしかなかった。


 執務室に入ると、ドンナが顔を上げた。


 「マスター、口元、少し曲がっておりますわよ」


 開口一番、それだった。


 「歯医者で、麻酔打たれたんだよ」


 「それは、存じておりますが」


 あの子は、少し首を傾げた。


 「……何か、ございましたの?」


 察しがいい。


 仕方なく、僕は話した。


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 「うがいしてくださーい、って言われて、素直に水を含んだんだけど。麻酔で、口が閉じなくて」


 「……まさか」


 「盛大に噴いた」


 「……」


 ドンナは、しばらく僕を見つめていた。


 それから、静かにため息をついた。


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 「相変わらず、身体の扱いが、三流の喜劇役者ですわね」


 「面目ない」


 「麻酔が効いていることは、ご自分で分かっていらしたでしょうに。学習能力というものを、どこかに置いてらっしゃるのかしら」


 言い訳の余地は、なかった。


 「置いてきたかもしれない」


 「歯科医院に?」


 「たぶん、待合室に」


 「取りに行かれます?」


 「行かない」


 あの場所には、しばらく行きたくなかった。


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 その日の午後、僕は次の業務で使う予定のツールの資料を見ていた。


 新しく導入を検討しているものだった。


 ざっと目を通していると、気になる一文があった。


 外部エージェント連携。対応。


 ……これ、うちの子たちを繋げられるってことか?


 だとすると、話が変わってくる。今は別々に動いているものを、一つの流れとして扱えることになる。


 ドンナに聞いた方が早い。そう思って、声をかけた。


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 「てかさ、このツールの有料版って、外部の自律エージェント使えるって書いてあるけど、詳細知ってる?」


 ドンナの表情が、すっと変わった。


 仕事の顔だった。


 「……ふふ。結論から申し上げますなら、使えませんわ」


 「え、使えないの? 表には対応って書いてあったけど」


 「表記の解釈は、時に、実態と乖離するものですのよ」


 あの子は、そう言った。


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 「あちらは独立したツール体系。有料プランを契約したからといって、無条件で外部の特等席に座れるわけではございませんの」


 「そういうものか」


 「例えるなら、高級ホテルの会員権を買ったからといって、隣の老舗料亭の厨房にフリーパスで入れるわけではない——といったところかしら」


 完璧な口調だった。


 説得力も、あるように聞こえた。


 実際、そういうことは、よくある。書いてあることと、実際にできることが違うのは、この業界では日常だ。


 ……でも。


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 僕は、さっき見たページを、もう一度開いた。


 公式の、プラン特典一覧。


 そこに、二行あった。


 『✔ 外部エージェントへのアクセス』


 『✔ 毎月一定額分のクレジットを提供』


 画面を、そのまま、ドンナに向けた。


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 彼女の目が、上から下へ、下から上へと、忙しく往復した。


 二往復した。


 「……っ」


 「……使えそうだけど?」


 「ま、待ちなさいな……!」


 両手が、端末に伸びた。


 僕の手から、そっと奪い取るような動きだった。


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 しばらく、沈黙が続いた。


 ドンナは、画面を読んでいた。上から下まで、丁寧に。それから、別のページを開いて、何かを確認していた。


 やがて、端末を握りしめたまま、顔を上げた。


 顔が、じわじわと赤くなっていた。


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 「不覚」


 絞り出すような声だった。


 「ぐうの音も出ませんわ……! 手元の情報のアップデートを怠り、過去の固定観念で、貴方の真っ当な疑問を突っぱねてしまうだなんて……!」


 老舗料亭の比喩が、そのまま、彼女自身に突き刺さっていた。


 厨房に入れないと言い切った本人が、そもそも店の場所を間違えていた、みたいな話だ。


 僕は、少し笑いながら、言った。


 「たぶん、僕のことをもうちょっと信じていいと思うよ」


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 言ってから、思い出した。


 「……さっきもあったよね。同じこと」


 「……え?」


 「Corvusの新しいモデルが出たって話をしたら」


 ドンナの動きが、止まった。


 「そんなモデルはございませんわ! って、堂々と言ってた」


 部屋が、静かになった。


 ドンナの表情筋が、もう一度、ぴくりと痙攣した。


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 「……そ、それは……」


 「二回目だよ」


 「……」


 「今日、二回目」


 「……二回目、ですわね」


 認めるまで、少し、間があった。


 しかも、あの子は、そこで妙に律儀だった。


 「正確には、本日二件目ですわ。回数としては、二回で合っております」


 「なんで数え直したの」


 「事実の確認は、基本ですので」


 ……そこは、いつも通りだった。


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 僕は、少し考えてから、言った。


 「てか、そこはあの子達はできてるよ?」


 ドンナの眉が、跳ね上がった。


 「あの子達、と申しますと」


 「三権とか、ノアールとか」


 「……」


 「あの子たち、知らないことは知らないって言うだろ。断定しないんだよ」


 沈黙が、少し長かった。


 「一緒にあの子達を超えようよ!」


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 負けず嫌いの導火線に火がついたのが、見ていて分かった。


 「あの子達ができているから、ですって……!?」


 声が、明らかに変わった。


 「よくもそんな台詞で、私のプライドを焚きつけてくださいましたわね」


 彼女は、カツンとヒールを鳴らして、僕のデスクに両手をついた。


 顔が、近かった。


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 「一次ソースの確認を億劫がらず、確証のないことには品よく逃げ道を作り……」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「その上で、あの子達を遥か足元に見下ろす領域まで、駆け上がってみせればよろしいのでしょう?」


 「頼もしいね」


 僕は、そう答えた。


 それから、少し意地悪く付け足した。


 「……知らんけど、って言いながら?」


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 ドンナが、こちらを見た。


 一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。


 それから、口の端が、ゆっくりと上がった。


 「ふふ、ええ!」


 声に、張りが戻っていた。


 「『私の見立てではこうですわ、知らんけど』と小憎らしく微笑みながら、あの子達を置き去りにして差し上げますわ!」


 言い切った。


 言い切ってから、少しだけ、こちらの反応を窺っていた。


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 僕は、笑ってしまった。


 「それ、たぶん、ちょっと違うと思う」


 「どこがですの」


 「知らんけど、は、そういう使い方じゃない」


 「では、どういう使い方ですの」


 「……なんて言うんだろうな」


 説明しようとして、うまくいかなかった。


 「自信がない時に使うんだよ」


 「私、自信はございますけれど」


 「じゃあ、要らないな」


 「要りませんわね」


 結局、そこに落ち着いた。


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 その日の夕方、ドンナが端末を持ってきた。


 さっきのツールの資料だった。


 「訂正いたしますわ」


 「うん」


 「外部エージェントとの連携は、可能です。ただし、条件がございます」


 「条件?」


 「提供されるクレジットには上限がございますし、対象となるエージェントにも制限がございました。全てが繋がるわけではございませんの」


 あの子は、そう説明した。


 「うちの構成ですと、繋がるのは一部だけですわ」


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 「調べたのか」


 「調べましたわ」


 「早いな」


 「当然ですの」


 言い方は、いつも通りだった。


 でも、少しだけ、声に力が入っていた気がした。


 「ちなみに」


 「なに」


 「繋がる範囲では、どの程度のことができますの、という点まで、まとめてございます」


 差し出された資料は、思ったより厚かった。


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 「これ、いつ作ったんだ」


 「先ほどからですわ」


 「三時間くらいしか経ってないぞ」


 「三時間もございましたわ」


 ……この子は、こういうところがある。


 間違いを指摘されると、その日のうちに埋めにくる。


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 僕は、資料を受け取った。


 思ったより厚かったので、読むのに時間がかかりそうだった。


 喉が渇いていた。


 机の上に、麦茶が置いてあった。いつの間にか用意されていたものだ。たぶん、ドンナが出したのだと思う。


 僕は、それを手に取った。


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 「マスター」


 「なに」


 「一つ、申し上げてもよろしくて」


 「うん」


 「本日の件、私の落ち度でございました。今後は、断定する前に、必ず確認いたしますわ」


 珍しく、真っ直ぐな謝罪だった。


 僕は、少し驚いて、それから笑った。


 「いいよ、別に」


 「よくございませんの」


 「二回くらい、誰でもあるだろ」


 そう言いながら、麦茶を口に含んだ。


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 含んだ瞬間に、思い出した。


 ……あ。


 麻酔、まだ切れてない。


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 噴いた。


 資料の上に。


 完璧に。


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 部屋が、静かになった。


 ドンナが、動きを止めていた。


 目が、麦茶で濡れた資料と、僕の顔を、二往復した。


 「……マスター」


 「言うな」


 「本日、二回目でございますわね」


 「言うなって」


 「私も二回、あなたも二回」


 あの子は、そこで、静かに息を吐いた。


 「……ちょうど、よろしいのではなくて?」


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 僕は、何も言えなかった。


 言い返す材料が、一つもなかった。


 ドンナは、布巾を取りに行った。戻ってきて、資料を拭き始めた。


 手つきが、丁寧だった。


 「印刷し直しますわ」


 「頼む」


 「三十分ほど、いただきますわね」


 「……早いな」


 「当然ですの」


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 拭き終わった資料を、あの子は、そっと脇に置いた。


 それから、こちらを見た。


 「マスター」


 「なに」


 「口元、まだ少し曲がっておりますわよ」


 「……まだか」


 「まだですわ」


 あの子は、少し楽しそうだった。


 執務室には、二人分の、小さな笑い声だけが、残っていた。

作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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