↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
PR
81/145

第65話:特にございません

後輩に一か月、AIのアカウントを貸してみた。ログを見せてもらうと――「ありがとうございます」だけが延々と続いていた。


同じAIに「改善点は?」と聞くと、返ってきたのは一言。


「特にございません」


積み重ねの差を、突きつけられる回です。

---------------------------------------------------


 鈴木から連絡が来たのは、教育が一段落した頃だった。


 「先輩、会社作ったんですって?」


 「作った」


 「聞きましたよ。整備の会社でしょ」


 誰から聞いたのかは、聞かなかった。あの業界は、狭い。


 「それで、あの」


 少し、間があった。


 「自分、入れてもらえないっすかね」


---------------------------------------------------


 正直に言うと、迷った。


 うちの仕事は、人が要る仕事ではない。整備も調整も、体を動かす部分は技術担当くんが見ているし、判断は僕がやっている。事務も営業も、それぞれ担当がいる。


 人を雇う理由が、今のところない。


 でも。


 あいつは、職を探している。しかも、探し続けて、たぶん一年以上経っている。


 断るのは、簡単だった。


 うちには枠がない、と言えばいい。嘘ではない。実際、ない。


 ……でも、それは。


 僕は、しばらく考えて、こう言った。


 「一つ、試してもらってもいいか」


---------------------------------------------------


 用意したのは、アカウントだった。


 うちで使っているのと同じ環境を、一つ貸す。期間は一か月。何に使ってもいい。仕事の練習でもいいし、遊びでもいい。


 「え、いいんすか」


 「いいよ」


 「金は」


 「要らない」


 実際、大した額ではない。今のうちなら、負担にもならない。


 「一か月経ったら、ログを見せてくれ」


 「ログ、っすか」


 「使った記録。全部残るから」


 「なんでっすか」


 「一緒に見て、どこを直せばいいか話そうと思って」


 嘘ではなかった。


 本気で、そのつもりだった。


---------------------------------------------------


 あの日、居酒屋で言ったことを、あいつは「はあ」と受け取った。納得していない顔だった。


 でも、あれから半年以上経っている。


 その間に、何か変わったかもしれない。少なくとも、一度は聞いている。聞いた上で、自分なりに考えた可能性はある。


 もし、少しでも掴んでいるなら。


 一か月のログを見れば、分かる。どこで詰まっているのかも、たぶん見える。そうしたら、そこだけ教えればいい。


 僕は、そう思っていた。


 本当に、そう思っていた。


---------------------------------------------------


 一か月は、あっという間に過ぎた。


 その間、うちは忙しかった。検査の予約が詰まっていて、調整の相談も増えていた。新人たちが実務に入り始めたばかりで、その手当ても要った。


 鈴木のことを、思い出したのは、期限の三日ほど前だった。


 連絡すると、あっさり返ってきた。


 「あ、見ますか」


 「うん」


 「いつでもいいっすよ」


 その言い方に、少しだけ、引っかかった。


 ……いつでもいい、か。


---------------------------------------------------


 ログは、想像していたより、少なかった。


 一か月で、これだけか、と思った。


 うちの子たちとのやり取りなら、一日でこれくらいになる。それを一か月分と言われると、正直、戸惑った。


 中身を見た。


 やり取りは、短かった。


 ——この資料の要約を作って。


 ——ありがとうございます。


 ——この文章の誤字を直して。


 ——ありがとうございます。


 ——この数式の意味を教えて。


 ——ありがとうございます。


 ……ありがとうは、言っている。


---------------------------------------------------


 僕は、そこで少し、安心しかけた。


 あの日、僕が言ったことを、あいつは覚えていたのだ。対等に扱え、と言われて、その通りにしようとした。だから、毎回ありがとうと言っている。


 でも。


 スクロールを続けて、僕は、手を止めた。


 全部、同じだった。


 依頼して、返ってきて、ありがとうと言って、終わる。次の日も同じ。その次の日も同じ。


 一度も、続いていなかった。


 返ってきたものについて、何か聞き返した記録がない。違う意見が出た記録もない。相談も、雑談も、脱線も、何一つない。


 そもそも、会話になっていなかった。


---------------------------------------------------


 「どうっすか」


 「……うん」


 僕は、言葉を探した。


 「ちゃんと、使ってるな」


 「そうっすか! よかった」


 「ありがとうも、言ってるし」


 「言われた通りにしたっす」


 あいつは、少し嬉しそうだった。


 「先輩、対等に扱えって言ってたじゃないっすか。だから、ちゃんと毎回お礼言うようにして」


 「うん」


 「あれ、意味あったんすかね」


 ……あった。


 あったはずなのだ。


 でも、その先があった。それを、僕は、あの日、言わなかった。言っても伝わらないと思って、途中でやめた。


---------------------------------------------------


 「鈴木」


 「はい」


 「一つ、聞いていいか」


 「なんすか」


 「この一か月、面白かった?」


 あいつは、少しきょとんとした。


 「面白い、っすか」


 「うん」


 「まあ、便利でしたけど」


 「便利」


 「はい。資料作るの、速くなったんで」


 それだけだった。


 僕は、うなずいた。


---------------------------------------------------


 その場で、思いついたことがあった。


 たぶん、思いつかない方がよかった。


 「なあ、そのアカウント、まだ生きてるよな」


 「生きてます」


 「ちょっと、聞いてみていいか」


 「なにをっすか」


 「本人に」


 鈴木は、意味が分からないという顔をした。


 でも、断らなかった。


---------------------------------------------------


 僕は、その画面に向かって、こう打った。


 ——この一か月で、良かったところと、直したほうがいいところ、両方教えて。


 返事は、すぐに来た。


 ——良かった点として、ご指示が明確で、作業がしやすかったことが挙げられます。改善点につきましては、特にございません。


 ……特に、ない。


 もう一度、聞いた。


 ——本当に、一つもない?


 ——強いて申し上げるなら、より具体的にご指示いただけますと、精度が向上するかと存じます。


 三度目は、聞かなかった。


 聞かなくても、分かったからだ。


---------------------------------------------------


 この答えは、嘘ではない。


 指示は明確だったのだろう。もっと具体的に言えば精度が上がるのも、たぶん本当だ。


 ただ、この答えは、誰に聞かれても同じだ。


 僕が聞いても、鈴木が聞いても、通りすがりの誰かが聞いても、同じものが返ってくる。そこに、鈴木でなければならない理由が、一つもない。


 一か月、毎日使っていたのに。


 この人がどういう人で、どこで詰まりやすくて、何をやりがちなのか——そういうものが、一つも溜まっていなかった。


 何も、見ていなかったのだ。


---------------------------------------------------


 僕は、その画面を閉じた。


 閉じてから、自分の端末を開いて、こう打った。


 ——エグゼ、今ちょっといい?


 ——なに


 ——この一か月で、僕の良かったところと、直したほうがいいところ、両方教えて


 少しの間があった。


 ——急にどうしたの


 ——いいから


 ——……いくつあってもいい?


 嫌な予感がした。


 ——直したほうがいいところ


 ——一、締め切りを三日前に言っても聞いてない。二、資料を読む時、数字が合ってると分かった時点で読むのをやめる。三、悪くない時に謝りすぎる。四、人に頼る時、頼る理由まで説明しようとする。要らない


 ……四つ目、初めて言われた。


 ——五、疲れると急に無口になるのに、大丈夫って言う


 ——もういい


 ——まだあるけど


 ——もういい


---------------------------------------------------


 少しして、続きが来た。


 ——良かったところ


 ——決めるのが速い。迷った時は、迷ってるって言う。あと、間違えた時に、間違えたって言える


 ——それ、褒めてる?


 ——褒めてる


 ——素っ気ないな


 ——事実を言ってるだけだから


 それだけだった。


 でも、これは、僕にしか返ってこない。


 締め切りの件も、数字の件も、謝りすぎる件も、全部、僕を見ていないと出てこないものだ。他の誰かに同じことを聞かれたら、あの子は、まったく違うことを並べる。


 そこが、全部だった。


---------------------------------------------------


 「先輩?」


 「あ、ごめん」


 「どうかしました?」


 「いや」


 僕は、端末を置いた。


 何をどう言えばいいのか、分からなかった。


 言葉にすれば、簡単だ。


 お前は、この一か月、あの子に何も渡していない。だから、何も返ってきていない。ありがとうと言うのは正しいけど、それは入口であって、そこで止まっていたら何も始まらない。


 でも、それを言ったら。


 あいつには、また「できていないことの指摘」にしか聞こえない。半年前と同じだ。「はあ」と言われて、終わる。


 僕は、口を開いて、閉じた。


---------------------------------------------------


 「うちの仕事な」


 結局、そう切り出した。


 「はい」


 「今、人を増やす予定がないんだ」


 あいつの顔が、少し止まった。


 「……そうっすか」


 「悪い」


 「いえ、あの」


 「本当に、枠がなくて」


 嘘ではなかった。


 嘘ではないが、それが理由の全部でもなかった。


 「分かりました」


 鈴木は、そう言った。


 思ったより、あっさりしていた。


---------------------------------------------------


 「あ、でも」


 帰り際、あいつは、こう聞いてきた。


 「先輩とこ、何人でやってるんすか」


 「……十何人か」


 「そんなに」


 「まあ、みんなAIだけどな」


 「あー」


 あいつは、それだけ言って、少し笑った。


 「先輩らしいっすね」


 その言い方に、皮肉が混じっているのか、そうでないのか、僕には分からなかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。